2.異世界美少女の恋愛フラグはバグっている
強烈な光がようやく収まり、恐る恐る目を開けた俺の視界に飛び込んできたのは――これぞまさしく、異世界召喚ものあるあるの光景だった。
厳粛で荘厳な雰囲気。天井は高く、幾本もの石柱が天へ伸び、重厚感を放っている。空間全体を照らすのは、宙に浮かぶ青白い光源。まるで巨大な宝石が浮かんでいるかのように輝きが、俺たちを中心にスポットライトのような光を落としていた。
そのせいで周囲が逆光に包まれ、詳細まではよく見えない。
「――ようこそおいでくださいました、異世界の勇者様方」
荘厳な声が空間に響いた。声の方向へ目を向けると、徐々に暗闇が晴れ、石造りの謁見の間が姿を現す。
床は大理石のように磨き抜かれており、足元を見ると光を反射して俺たちの姿を淡く映し出している。
思わず視線を足元から周囲へと滑らせた俺は、声のした方向へ顔を向けている柊や羽里の足元をちらりと見てしまう。……が、残念ながら大理石に俺が求める光景は映し出されていなかった。無念である。
もしここがラノベの世界ならサービスシーンの一つや二つ、挟まってもおかしくないのに。
まぁ俺の位置はみんなからそれなりに離れてるから見えないのは仕方ないんだろうけどさぁ~
期待したっていいじゃない!思春期だもの!!
そんなくだらないことを考えていると、突然大きな声が広間に響いた
どうやら赤城が騒ぎ始めたみたいだ。
「んだこらぁ!! ここはどこなんだよ!! 変な手品見せやがって!!」
怒鳴り声が石の間に反響する。そんな赤城の剣幕に柊が小さく悲鳴をあげ、羽里が眉を寄せ、天条院は冷静に状況を観察しているようだった。
……いやいや、赤城さんや。これはどう考えたって手品じゃないでしょ。こんな大掛かりな演出、月下の奇術師にもできるわけがないよ普通に考えてさ。もしできるなら、その人は間違いなく億万長者だし、世界中のテレビ番組から引っ張りだこだ。
だって今俺たち、異世界っぽい空間にワープしてんだぞ!?
手品どころか、超魔術。いや、SFでも説明できるか怪しいレベル。
≪もしこれがマジックショーだったら、俺は出演料もらって帰るわ。そしてその金で新作ゲーム買う!≫
俺は心の中で盛大にツッコんでおいた。
周囲のクラスメイトたちも、ようやく状況に脳が追いついたのか、ざわざわと騒ぎ始めた。
だがそのざわめきは、頭上から降ってきた甲高い少女の声によって一瞬でかき消される。
「スッテッキーーーーー!!!」
耳をつんざくほどの黄色い歓声。しかも無駄に可愛らしいイントネーションで。思わず反射的に声の方へ顔を向け――
――ドゴォーン!!
轟音とともに、視界が一瞬で真っ白に染まった。
「うわっ!? ま、眩しっ……!」
反射的に目を閉じ、耳をふさぐ。だが光は収まらない。
遮ったはずの手のひらを突き抜け、鼓膜の奥を揺さぶる轟音。頭蓋の中まで震わされ、意識ごと持っていかれそうな圧に広間全体が支配されていた。
≪な、なんだよ今度はっ!≫
叫びかけたその瞬間――
「むぐっ!?」
柔らかい何かが、突然俺の顔を覆った。
息ができない。視界もふさがれて、真っ暗――いや、これは……桃色!?
ふわふわで温かく、鼻先にはほんのり甘い香り。
……待て待て待て、これ、もしかしなくても!?
そして俺はその少女の勢いに押されて後ろへと倒れ込んでいた。だが衝撃はなかった。なぜなら――俺の頭を抱きかかえるようにして、彼女が受け止めてくれていたからだ。後頭部が床にぶつかる前に、彼女の腕がクッション代わりになっていた。
ありがたい。ありがたいのだが――問題は顔だ。
完全に、彼女の胸元に埋もれている。
「~~~~ッ!!!」
柔らかさ、温もり、鼓動。すべてが直撃。
だが息ができない。酸素が足りない。視界が暗転していく。
≪ま、まるで天国と地獄の共演じゃねぇかぁぁぁ!!!≫
心の中で絶叫する。
俺は天国だけでいい! 窒息死エンドなんて誰も望んでねぇ!
必死に手足をばたつかせながら、俺は理不尽な幸運と不運に同時に襲われているのだが……。
そんな状態でも、上から降り注ぐ女の子の声は止まらない。
「あぁ~もう……これが恋なのかな? 胸がドキドキして、抱きしめてるだけでほわほわして幸せ過ぎて……ずっとこうしてたいよ!」
蕩けるような声。熱に浮かされたように震える吐息。
その言葉にあわせて、ようやく俺を締め付けていた力が少しだけ緩んだ。顔を覆っていた柔らかさが離れ、ようやく目を開くと――その声の主の顔が、至近距離にあった。
ふわり、と光を受けて揺れる長い髪。銀糸のように透き通った髪は、光の角度によっては淡い桜色を帯び、まるで春の霞を編みこんだようだった。
腰まで届くその髪はさらさらとしていて、彼女の小さな顔を縁取る。
顔立ちは少し幼さを残しながらも整っていて、白磁のように滑らかな肌はほんのりと赤みを差している。それは周囲を取り巻く炎の揺らめきが映しているだけではなく、確かに彼女自身の羞恥や熱情の色でもあった。
頬は蒸気して赤く染まり、ぱっちりと開かれた瑠璃色の瞳がこちらを覗き込む。その瞳には、はっきりと俺の姿が映っていた。
……やばい。
そんな顔で見つめられたら、俺の酸欠なんて治るわけがない。呼吸ができるようになっても、逆に息を忘れるレベルで見惚れてしまう。
≪父さん、母さん、爺ちゃん……先立つ俺を許してくれ。俺の逝き先は、死んだ婆ちゃんと同じ天国です……≫
内心で妙にしんみりした遺言をつぶやく俺。
……いや、ここ異世界だけど天国って共通なのか? 宗教観とかはどうなってんだ?
そんなことを考えながらも、限界は近づいていた。俺はようやく我に返り、慌てて息を吸い込み、ついでに深呼吸までして心を落ち着ける。
……エロ過ぎて危険な欲求がわき上がるのを、俺は必死に押し殺した。ここだけの話マジで紳士の所業だと思う。
自分で言うのもなんだが、こんな危険な状態で理性を保てた褒めてやりたいくらいだ!
何がそんなに危険かって?
目の前には、童顔の顔に似合わず出るところが出過ぎている美少女が、まるでパーティードレスのような華やかな衣装で俺にまたがっているんだぞ!?
しかも顔が息がかかりそうな距離にあって、ちょっと視線を下げれば谷間が拝めるという最高のポジション。
これで耐え抜いた俺が紳士じゃなかったら、ソイツらは神か伝説級の聖人だ!
……あ、神のこと思い出したらイライラしてきた。
俺のゲームライフを奪いやがって!
だけどそんな気持ちも、彼女の顔を見た瞬間には吹き飛んだ。
現金すぎ? 仕方ねぇだろ、こんな美少女に見つめられてんだぞ。
緊張で声が震えそうになる。俺の陰キャハートはバクバクうるさい。
それでも、なんとか彼女に声をかけた。
「えっと……君は誰?」
ごくごく当たり前の質問をしたつもりだった。だが――なぜかその一言で、少女のテンションは爆発的に上昇した。
「あぁ~ん! 声まで最高! なんで? どうして!? こんなのズルいよ!?」
……いや、あのお嬢さん。それはこっちのセリフですよ?なんで質問しただけでそんな反応が返ってくるのか聞きたいんだけど??
「もうダメ! 我慢できない!! ねぇ私、あなたとの子供が欲しい!!!」
……え?
思考回路が一瞬でフリーズした俺は正常だと思う。
ちょっと、待って。いきなり結婚どころか出産希望!?
告白もデートもキスもすっ飛ばして、いきなり最終ステージ直行か!?
こんな恋愛スキップバグなんて聞いたことないんだけど!?
ここが異世界だからなのか?
恋愛フラグってここじゃこういう仕様なのか??
頼む、誰か説明してくれ!!
混乱しきった俺の頭に、さらなる混乱が降りかかる。
すぅ、と影が落ちてきたかと思った次の瞬間――
ドゴンッ!!!
とてつもない衝撃音と一緒に目の前の美少女が突如として地面に叩きつけられ、その顔ごと床にめり込んでいた。
言っとくけど比喩表現じゃないからな?
≪……いやいやいやいや。≫
俺の混乱した脳に、さらに混乱を追加しないでもらえますか?
しかもこの床、どう見ても磨き抜かれた大理石製ですよね?普通なら鼻血どころか顔面骨折コース……
下手したら俺の人生で初めて告白してくれた女の子が天国へ旅立っちゃうくらいの音だったよ!?




