15.爆笑食堂と隠キャ勇者の受難
◆視点:悠斗◆
「……うぅ、あれ?もしかして寝てた?」
シアたち兄妹が帰ったあと、ベッドに潜り込んで頭を整理するつもりが、気づいたら寝落ちしていたらしい。
どんだけ疲れてたんだよ俺。
「……まあでも、よく寝れたからいいかぁ」
目を開けると、部屋は薄暗い。カーテンの隙間から差し込む月明かりが、壁や床をぼんやりと照らしている。
外を覗けば、城内の灯りはほとんど落ちていて、中庭や廊下をランプのような明かりが移動しているのが見えるくらい。
つまり――
「これ、夕飯逃したんじゃねぇの……?」
俺の胃袋から『ぐぅ~』っと、情けない音が静かな室内に鳴り響いた。
仕方なく、枕元に置いてあった水差しからコップに注いで一気飲む。
≪……う~ん、紛らわすために飲んだのに、余計に腹が減った気がする≫
結局、腹の虫をなだめることもできず、涙目で枕を抱きしめながら二度寝することになった。
――勇者召喚されて初日の夜がこれってどうなんだ。
そんな惨めエピソードを、俺は翌朝の食堂で、目の前の友莉と奏に話してしまった。
いや、正直「やめとけ」って心のどこかでブレーキを踏んでたんだ。けれど、俺があまりに幸せそうに食べてたからか、逆にすごく心配されたのがいたたまれなくて……
「……で、そんな感じで枕を涙で濡らしてふて寝ましたとさ」
箸を動かしながらぼそりと告白すると――
「あははは! あーっはははは!!」
机を叩いて爆笑する友莉。
その隣では、奏が心底かわいそうなものを見る目で俺に視線を送ってきた。
「ゆ、友莉ちゃん!さすがに笑いすぎだよ!」
奏が慌てて止めるけど、ダメだ。友莉はツボに入って完全に笑い崩れている。
≪頼む奏……!むしろお前も一緒に笑ってくれ!同情の視線の方がツライから!≫
「いいのよ、奏!こういう時は慰めるよりも爆笑してやった方が、悠斗にとっても気が楽なん……ブハッ!」
「だとしても笑いすぎだと思うんだけど……」
「いいじゃない!だって悠斗はアタシたちを見捨てようとしたんだから!」
「なっ!してないだろ!」
思わず声が裏返った。失敬な!仮にもクラスメイトを見捨てるような真似は――
「してたわよ! アンタ、アタシたちが召喚されそうになってるとき、“いってらっしゃーい”みたいに手を振ってたじゃないの!」
なんなら、その手に白いハンカチの幻影が見えたわよ!と言う友莉の言葉に俺は記憶を探り――
「……あの時か!」
鮮明に思い出した俺は声に出してしまった。
「えっと……悠斗くん?」
「いや、奏。確かに見送ろうとしたけどな?一般人の俺にどうにかできると思うか?」
「……あ、そっか。確かにそうだよね」
奏は素直に納得してくれた。だが、友莉は容赦がない。
「だとしてもさ、異世界召喚されようとしてるクラスメイトを、当然の顔で見送るってどうなのよ?」
フンッと鼻を鳴らし、椅子の背もたれにポスッと寄りかかる友莉だったが、すぐにニヤリと笑う。
「まあいいわ。どうせならこの状況、楽しんでやるわよ!リアル獣人の犬耳猫耳をもふもふしたり、エルフやドワーフにも会えるだなんて最高だもん!」
「……お前、意外と順応早いな」
「当たり前!アタシ、ラノベもゲームも大好物なのよ!」
「私も、友莉ちゃんに勧められてから、よく読むようになったんだよ!」
奏がニコニコと付け加える。
なるほど……布教済みか。友莉、恐ろしい女。
ちなみに今、俺が友莉や奏を呼び捨てにしてるのは、二人の意向だ。
「数少ない同郷なんだから、いちいち敬語や苗字なんてやめなさい」って押し切られた。
さらには「義孝も獅童も呼び捨てでOK!」って友莉が勝手に決めてるし。
――せめて二人から許可をもらってほしい……
これがはカースト上位のコミュ力。恐るべし。
「まあ、名前呼びにするかどうかは流れに任せるとして……天条院は一緒に来なかったのか?」
俺がそう訊くと、友莉は呆れ顔でため息をついた。
「アンタも律儀ねぇ。もう義孝って呼び捨てにすればいいのに」
「……うるせぇ。こっちとら魂まで隠キャなんだよ」
俺は呆れた表情でツッコミを入れる。
よく考えてみろよ。面識薄い奴をいきなり呼び捨てしたら「コイツ馴れ馴れしくね?」って思われるだろ?
赤城なんか相手なら、「ナメてんのか?」ってグーパン飛んでくる未来しか見えねぇ!
そう心の中で嘆いていると――
「――あ、噂をすれば影ってやつね」
友莉が顔をこちらに向かってくる人物に向ける。
その先には、笑顔で歩いてくる義孝の姿があった。
「……おはよう!奏たちはもう食堂に来てたんだ!」
低く落ち着いた声でそう言う義孝に、俺は喉を鳴らしながら答えた。
「お、おはよう……」
振り向いた先にいたのは、爽やかさをこれでもかと前面に押し出したイケメンスマイルの陽キャ界隈の王子。
髪はきっちり整えられ、寝起き感ゼロ。制服の着こなしすら様になっている。
そんな相手にいきなり声かけられたら俺の心臓はバクバクと音を鳴らす。
……いや、別に嫌いじゃないんだ。苦手なだけで。
「まあね。義孝もさっさと座んなさいよ」
友莉が素っ気なく返す。
「あぁ!」
そう言って天条院は迷いなく俺の隣の席に腰を下ろした。なんか、陽の光が一緒にくっついてきたみたいな圧を感じる。
すぐにメイドさんが料理を並べる。
どうやらこの城の使用人さんたちは、俺たちに合わせて一人ずつ出来立てを用意してくれているらしい。
準備される料理はどれも温かい。
≪これ、最初見た時どうやってんのか気になったけど……よく考えればここって異世界だもんなぁ≫
「ありがとう!」と天条院が笑顔で礼を言うと、その爽やかな笑みにメイドさんは思わず頬を染め、慌てて一礼して下がっていった。
その光景に俺は≪あーあ、また始まったよ……≫と呆れた顔をしていたと思う。友莉と目が合った瞬間、同じことを考えていたことをさとり思わず苦笑い。
「あれ、そう言えばお前……」と唐突に天条院が俺に話しかけてきて――
「俺と同じ制服着てるってことは同じ学校の生徒か! はじめまして、俺は天条院義孝だ! よろしくな!」
……その場がピシッと凍りついた。
≪天条院さんや……俺、アンタと同じクラスですぜ!≫
予想はしていた。していたけど……こうも堂々と忘れ去られていたことを突き付けられると、ショックは大きいらしい。
「義孝くん……さすがにそれは……」
奏は苦い笑いを浮かべつつも、やんわりとたしなめる。
「アンタって本当に失礼な奴よね。 悠斗はアタシたちと同じクラスでしょうが!」
友莉がすごく冷たい目になって軽蔑する視線を向ける。
「え? あれ? クラスメイトなのか?」
本気で困惑した顔を見せる義孝。
友莉は呆れ果てていて、奏は困ったように視線を逸らしていた
……いいよ。陽キャにとっての隠キャなんて、こんな扱いだろ。
「わ、悪い! 全然絡んだことなかったから忘れてた」
義孝は気まずそうに笑いながら謝ってきた。意外と素直だ。
そこにすかさず友莉が口を挟む。
「義孝、罰として悠斗がアンタのこと呼び捨てにしてもいいわよね!」
「いや、別に気にしないけど……それ、罰になるのか?」
首をかしげる義孝をよそに、「だってさ、悠斗!」と友莉は得意げにウインクしてくる。……本当に強引だなコイツ。
「え、えっと……じゃあ……これからよろしくな、義孝」
俺は少しぎこちなく名前を呼び捨てにした。
「おう! 本当にゴメンな……それから、これからよろしく、悠斗!」
そう言って、義孝が差し出してきた手を見て、俺は戸惑いながらもその手を握り返す。
≪めっちゃはずい!≫
そんな俺たちを見て、友莉が「はいはい青春青春」と呟いて笑い、奏は「よかったぁ」と安堵したように微笑む。




