13.召喚後に起きた淡い恋心と、親友との絆
◆視点:天条院 義孝◆
俺は今、考え事をしながら王城の中庭を歩いていた。
昼間の陽射しは石畳に柔らかく反射し、風が草花をなでるかすかな音が耳に届く。だが、その静かな風景の中にあっても、俺の心はまるで落ち着かなかった。
……ほんの数時間前までは、学校の帰り道だったんだ。
いつものように帰り道を歩いていると、友莉と奏が獅童と口論になっている所に出くわしたから、俺は慌てて止めに入った――そのはずだった。
なのに、気が付けば異世界だ。召喚、魔法陣、光……頭の理解が追い付かず、とにかく状況を把握しようと思い周りを見たけど、さらに混乱することになるだけだった。
泣きじゃくっている奏を、友莉は必死になだめる。獅童は獅童で、何やらニヤニヤしながら不穏な顔をしていて……。だが正直、あの時は誰かを気遣う余裕すら俺にはなかった。状況に必死に食らいついていくので精一杯だったんだ。
その後、俺たちは一旦解散となり、それぞれの部屋に案内された。
少し時間を置いてから奏の様子が気になって見に行こうとしたんだが……部屋の前で友莉に押し戻されてしまった。
「大丈夫だから、アタシに任せて」って。
友莉の強い言葉に、俺はその場から離れることにし、窓から綺麗な中庭が見えたから気分転換に歩いてるわけなんだけど……
「ふぅ……やっぱり頭の整理がつくわけないか」
無事に戻れるのかすら分からないこの状況で、何を整理すればいいかもわからない。
「まあでも気分転換にはなったかな……」
そんなことを口にし、メイドさんに自分の部屋までの道を聞いたら案内してくれることになった。
顔を真っ赤にして……
俺はこっちでも同じことが起きそうな予感がして、少しげんなりする……。
もちろん顔には出さない。
≪向こうでは散々知らない女性に告白されたけど、こっちでは勇者みたいだし……≫
多分アイドルとか俳優とかのファンで止まってくれるだろうと俺は考えている。
そんなことを思いながら歩いていると、ふいに前方から声がした。
『またね! ユウト!』
……え? 今の……?
あれって、もしかして。
思わず足を止めると、とても美しい少女と二人の男女が並んでこちらに向かって歩いてくるところだった。
彼女の銀髪が光を受けて淡く煌めき、視界に入った瞬間、俺は呼吸を忘れそうになった。
声をかけたい。だが言葉が浮かばない。喉が張りついて声が出ず、視線だけが縫い付けられたように相手を追っていた。
結局、三人はそのまま俺の前を通り過ぎて行った。
残されたのは彼女の残り香と、胸の中に広がる熱だけ。
その後ろ姿を呆然と見送りながら、俺は心の中でつぶやいていた。――やっぱり、可愛いな、と。
「あ、あの、勇者様?」
俺がボーっと彼女が通り過ぎた方を見ていたら、メイドの女性が戸惑ったように小首をかしげながら声をかけてきた。
「あ、ああごめん。立ち止まっちゃって……」
「い、いえ、大丈夫です! それよりご気分がよろしくないのでしょうか?」
心配そうにする彼女に笑顔で「大丈夫、心配してくれてありがとう」と言うと、彼女は真っ赤になりながら「そ、それなりゃよかったでひゅ!」と慌てて案内を再開してくれる。
≪そう言えば、さっきの彼女が親しそうにユウトって言ってたけど、親戚の部屋に遊びに来てたのかな?≫
今度仲良くなったら教えてもらおうと思い、俺はメイドの女性について行くのだった。
――――
◆視点:羽里 友莉◆
――時は少しさかのぼる
アタシが王城であてがわれた部屋の扉を閉めた瞬間、奏が胸に飛び込んできて、わぁわぁと泣き始めた。
細い体をぎゅっと抱き締めると、震える音と嗚咽が衣越しに伝わってくる。袖が濡れているのがわかったが、気にせずに抱きしめる力を強めた。
しばらくすると――
「ごめんね、友莉ちゃん。友莉ちゃんだって寂しいのに、私ばっかり……」
「友莉ちゃんだって泣きたいよね」と、枯れた声でアタシの心配をしてくる親友は、ホントに純粋と言えばいいのやら。
今は自分のことだけ考えてればいいのに……。
「はぁ〜、全くこの子は」
自分で言っておきながら、口の端が緩む。泣きながら申し訳なさそうに俯いている奏は、アタシのお家事情を忘れているみたいなので思い出させてあげましょうかね!
「大丈夫よ。知ってるでしょ?アタシに家族がいないってことは……」
そう、アタシには「家族」と呼べる人はいない。
両親は仕事で海外に向かう際の飛行機事故で帰ってこなかった。多忙な人たちだったから思い出らしい思い出もないし、顔も写真でしか知らない。
涙を流せって言う方が無理な話なのに、親戚たちは不気味そうに見ていたっけ。
そんなアタシを引き取ってくれたのが祖父だった。たくさんの思い出をくれたけれど、その祖父も去年亡くなってしまった――
アタシの事情を思い出したのか、奏は申し訳なさそうに「そうだけど……」と言う。そんな彼女に優しく笑いかけて言葉を続ける。
「さすがにおじいちゃんが亡くなったときは泣いたし落ち込んでたけどね……それも奏たち柊家のみんなが寄り添ってくれたじゃない。だから今はその恩返しをされてると思って、涙を枯らしてミイラになるまで泣きなさいよ!」
「それだと死んじゃってるよ!?」
「そうなったら水を掛けて戻してあげるけど?」
「それだと怖すぎるよ!?」
奏はふくれていたが、少しずつ表情が和らいでいくのがわかった。アタシもつい、クスクスと笑ってしまう。
笑い声は最良の薬だ。
お互いに笑っていると、ふいに奏がアタシに「ゴメンね」と「ありがとう」って言ってきた。
アタシはすかさず自分の濡れた制服を見下ろし、「その謝罪とお礼はアタシの制服に対してかしら?」と言ってあげる。
奏はキョトンとした顔でアタシの制服に視線を向け――青ざめる。
ぐちょぐちょだ。胸のあたりで奏の頭を抱きしめていたのだから当然なんだけど、鼻水と涙の痕で大変なことになっている。
「あ、洗お! すぐに洗お! 友莉ちゃん! じゃないと大変なことになっちゃう!」
「別にいいわよそんなの、どうせ向こうに戻れないんだし」
「だけど、このままじゃ着れる服がなくなっちゃう!」
「それ言ったら洗ってる最中のアタシはスッポンポンじゃないの」
呆れた顔で言うと、奏は慌てながら「どうしよう!どうしよう!」と周りをきょろきょろしているのが面白い。
ここは王城だからメイドさんに頼めば済むことかもしれないけど、ここには私たち二人だけだし時間もある。
アタシは幼馴染がアワアワしているのを楽しんでから、彼女の頬を引っ張ってみる。
≪この子の頬ってモチモチしててよく伸びるのよね≫
と和みながら上下左右に引っ張っていたら「ひ、ひぃたいよ! ゆりひゃん!」という抗議の声が聞こえたので、そろそろやめてあげますか。
抵抗とかしないし、引っ張ると気持ちいいからずっとしてたくなるのよね!
アタシが名残惜しそうに手を離すと、別の理由で涙目になっている奏は自分の両頬を手でさすっている。
「さてと、とりあえず奏はベッドに入って少し寝なさい」
「え?」
「こういう時は寝るのが一番よ。例え寝れなくても横になって目を閉じるだけでも効果があるわ」
アタシはそう言いながらベッドへと誘導する。
奏はもぞもぞと体を布団に潜らせ、ふにゃりとした声で「あ、あのね友莉ちゃん」と言った。アタシはそっと彼女の頭を撫でる。黒髪はサラサラで、指に滑る感触が心地よい。
「大丈夫よ。奏が寝るまで側にいてあげるから」
「ち、ちが!……くないけど、それだけじゃなくて」
奏がビックリしたように目を大きくすると、恥ずかしそうに続きを口にする。
「友莉ちゃんも一緒に寝ない?」
アタシはその言葉に、「襲われたいのかしら?」なんて思いながら――
「イタズラして寝かせないけどいいの?」
ニヤリとするアタシの顔を見て、「えぇ〜、それはやだなぁ」と苦笑する。
だいぶ落ち着いたようで何よりねと、胸の中に小さな安堵が広がる。
「一緒に寝てあげてもいいけど、その前に軽く飲み食いできるものがないか捜してくるわ」
「え、どうして?」
「今は食べられなくても、起きたときに取りに行くのは面倒でしょ」
「あ、そっか!」
アタシが外に行く理由に納得した奏は、「私も一緒に行く」と言い出したので止める。
「そんな顔を誰かに見られたいの?」
「そ、それは嫌かも……」
そう返事をする奏に、「アンタは黙って布団に包まってなさいよ!」とベッドの布団を奏の頭にかぶせてから扉に向かった。
後ろでは「わぷっ!?」という声が聞こえたけど気にしない!
そして扉に手をかけてから奏の方に振り返り口を開いた。
「じゃあ行ってくるけど、誰かが来ても中に入れちゃダメよ? たとえ義孝でもね!」
アタシがそう声をかけると、彼女は布団から顔を出して「よ、義孝くんはいいんじゃないかな?」と顔を赤くしながら言ってくるので、呆れながら「その顔を見られたいの?」と答えた。
すると、奏は顔をさらに赤くして「見られたくないです」と口にする。
ふぅ〜全く、あの子は義孝義孝って、あんな自己中のどこがいいのかしらと思いながら扉に向き直るのだった。
この後、小さな不運に見舞われるとも知らずに……。




