◆10
「多くの人が愛を見失い、絶望の中を生きる世の中です。ですが忘れないでください。皆様は望まれて生まれてきました。皆様は愛されるに値する人間であると。アババ教ある限りそれは紛うことなき事実です。我々アババ教は皆様をいつまでも応援しています。」
マザーの言葉で合宿は締めくくられた。
アババ教の真の姿を見せられた日の事を考えると随分と複雑な心境だったのは言うまでもないだろう。
俺たちは着替えを済ませ施設を出ようとした。
「待ちなさい」
突然俺たちは呼び止められた。
声の方を見ると護衛のツバキが居た。
「あなた達が雑誌の記事を書くためにここに来たことは知っているわ」
「あ、はい」と俺は随分と気の抜けた返事をしてしまった。
「どうするの?マザーとの話のことも記事にするのかしら」
「まぁ・・・考え中です、やっぱり不味いですかね?」
「アババ教を舐めないで。貴方が何を書こうが我々の信仰が揺らぐことはないわ。けど書くなら覚悟しなさい。我々の信仰を阻む問題に我々は徹底的に対処するわ」
「あ、はい。忠告ありがとうございます」
ツバキは難しそうな顔をした。
「呆れた男ね、覚えておきなさい。貴方は我々の秘密を知ってしまったのよ。今後口を開く時は常に気をつけなさい」
「秘密?そんな大層なことは聞いたつもりはないですけど」
「あなたがどう思おうが関係はない。余所者の分際でマザーと気安く口をきくからこうなるのよ」
「分かりました。以後気を付けます」
それを聞いてツバキは去って行った。
アババ教の施設を出た後メグミが俺に聞いた。
「ああは言ってましたけど、書かないことには何も始まらないのですよね?」
「そうだな」
「じゃあ書いてくださいね。私の10万円のために!」
「取材費返してもらってないんだが」
そう聞いたメグミは舌打ちで返事をした。
「しかし50万円のためにアババ教に狙われたらたまったもんじゃないよな」と、ケンジは珍しくマトモなことを言った。
「でも私のために頑張ってくださいね!」
メグミは相変わらず悠長なことを言っていた。
「あっ」
しかしそんなメグミを見て俺は一つのアイデアを思い付いた。
「10万円のために協力してくれるかな?」
俺はメグミに聞いた。
「私?」
メグミは随分と不思議そうな顔をしていた。
「ふーん」
ミカは俺の原稿を気だるそうに読んでいた。
「【宇宙の果て、地球外生命体に思いを馳せた竜水教の知られざる信仰に迫る!】ねえ・・・」
ミカは随分と考え込んでいた。
「どうですかね?」
「どうですかね?じゃないでしょ!絶対大丈夫なもん持ってきなさいよ!」
「だからあなたの匙加減じゃないですか!」
「まぁでもいいわ」
「え?」
「宇宙の果て、地球外生命体、んー・・・ムーさんの本にはピッタリなチョイスだから、これで良しとします」
そう言ってミカは懐から札束を取り出して、それで俺の頬を思い切り叩いた。
「痛っ!だから何で叩くんすか!」
「いらないの?」
いつかのように札束で俺の顔面を扇ぐミカ。
「・・・ありがとうございます」
俺はそう言って両手を差し出す。
それを見てミカは扇いでいた札束を手のひらに叩きつけた。
「ご苦労様」
それを聞いて俺は一言「うす」と返事をしてその場を後にした。
数奇な運命を感じた一枚の求人誌によって動いた物語はこうしてあっけなく終わってしまった。
とてもじゃないが人に自慢できるような人物に出会えたとは思えなかったというのが正直な意見だ。
不安を感じたこと、腹が立つことばかりで、とてもじゃないが楽しかったとは言い難い。
それなのにどうしてか、帰路に立つ俺の心境はとてつもなく寂しいものであった。
アババ教のように思考したとして、俺の内なる赤ん坊は今何を思っているのか。
あんな面倒くさい連中に未練を感じているとでも言うのだろうか。
俺は色々考えた末、たった今出てきた建物に再度戻って行った。




