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本当かどうかは知らないが、ウンコを我慢する生き物は人間だけだと聞いたことがある。
それはつまりウンコを我慢することは生物学的に非常に不自然と言うことになるのかもしれない。
突如現れたリアルタイムウンコマンはウンコがしたくなったと同時に実を投下する凶悪なモンスターであるが、彼の曇り無き眼はさながらその生物的正当性を誇示し、我々一般的人間の方がむしろ異端であると言わんばかりだった。
そしてまことに遺憾ながら、この軽度のテロ行為とも言うべきケンジの行動を教団は全面的に支持した。
「素晴らしい、なかなか勇気ある判断だと思います」
と一人の信徒が賞賛を送り、その後に彼らなりの見解を述べた。
信徒曰く、排泄物は等しく毒素であり、速やかに体外に排出されるのが望ましいのだそうだ。
体内を健やかに保つ行い、これも我々が信仰する赤ん坊の導きであると、話を締めくくり、その信徒はリアルタイムウンコマンと硬い悪手をした。
すくなくともケンジにそんな意図はなかったと思う。
何故かオムツを履いてからやたら凛々しい表情を浮かべるケンジがそんな合理的な思考か出来るとはどうしても思えないからだ。
「はう!」
突然ケンジが悲痛な表情を浮かべて叫んだ。
まさかいきなり便意が襲ってきたのか?
彼はリアルタイムウンコマン、投下の際にカウントダウンはない。
「みんな離れろ!」
俺は叫んでいた、何事かと周囲の人間がこちらを見た時だった。
ゲェェ・・・と言うケンジのゲップが部屋に響いた。
「あれ?どした?」
とぼけた顔で周囲を見るケンジ。
クスクスと笑う周囲。
俺はただひたすらにケンジと言う人間がムカついて仕方がなかった。
その日の夜壁際で寛いでる俺のところにメグミがやってきた。
「どうですか?記事書けそうですか?」
例の如くメグミは俺にそう聞いてきた。
「アババ教、リアルタイムウンコマンを大絶賛とかどうかな?」
「なかなか良いと思います、出来れば後2つくらいネタがあると助かりますね」
思いのほか理性的な返答をされて少し驚いた自分がいた。
汚い大人ではあるのだろうが、笑顔で前向きな言葉を語るその姿を見ると一人の女性であったことを思い出した。
「どうかしましたか?」
「いや、あと2つもネタが思いつくかなと思って」
「そうですね、教団側が赤ちゃんプレイでも提供してくれれば楽出来たんですけどね」
「ケンジならそのうち教団側にお願いするかもな」
それを聞いてメグミは笑った。
「メグミさんの竜水教って水を信仰してたんだよね?何か理由はあるの?」
何気なく俺はメグミに尋ねた。
メグミは少々困った顔をした。
「タケシさんは地球外生命体について考えたことはありますか?」
「いや」
「物理法則を用いて宇宙の果てのことを考えたことは?」
「ないね」
突然話が飛躍し、少し不安を覚えたが、彼女をイカレた女だと判断するのは先を聞いてからにしようと思った。
「周期表ってあるじゃないですか?あれって宇宙の全てを形作るものなわけですよ、宇宙の果てまで行っても周期表の元素で世界は形作られてるわけです。」
「なるほどね」
「もし地球外生命体がいたとしても地球と同様の元素でその生命は成立するわけですよ。その過程で生命を維持するには化学反応を起こしにくい液体がとっても重要になってくるわけです。そう考えると必然的にその液体は水に落ち着くわけです。」
「へぇ・・・」
「しかし、水が存在するには恒星に近すぎても遠すぎてもいけないわけです。金星にも火星にも水がないように、絶妙な距離で惑星が存在しなければ生命は誕生しないわけですよ。つまり水は宇宙が生んだ奇跡なのです。信仰対象としてこれほど相応しいものを私は知りません」
「・・・・・・」
随分と壮大な物語を聞いて俺は言葉を失った。
仮にもマルチ商法で人を陥れようとした人間であるにもかかわらず、水の神秘を語るその横顔はさながら聖女のようだった。
「あれ、ケンジさん、どうしたんでしょう」
ケンジは周囲を目立つくらいキョロキョロと大袈裟に警戒して、部屋の隅の扉にじわじわとすり寄っていた。
扉の上には関係者以外立ち入り禁止と書いてあった。
ふとケンジと目が合う。
ケンジはこちらに敬礼して、扉の中に飛び込んだ。
「何してんだあのバカ!」
俺とメグミはケンジを追った。




