ルチル アル・コーン
署での昼下がり、俺は頭に描いていたシナリオ通りに東堂を飯に誘う。
今日は邪魔者が入らないように対策済みだ。
「ほら、やるよ。」
「これは?」
「俺が預かってる子が毎朝、弁当を作ってくれるようになったんだ。しかし、張り切って作りすぎてしまったみたいでな。」
と俺は歩君に頼んで作って貰った東堂用の弁当を押し付ける。
「ふ〜ん、まぁ飯代が浮くから貰っておきますか。」
東堂は受け取った弁当の包を剥がし、蓋を開ける。
そこには白いご飯とその上に『バカ』と形作られた海苔が乗っていた。
それを見た俺は一瞬、目が点となったが反射的にすぐに手が動く。
「おーすまん! こっちが俺の弁当だった!」
俺は咄嗟に豪華な食材が乗った弁当と東堂の弁当を交換する。
「…」
「…なんだよ。その目は」
「…いや、先輩ずいぶんと嫌われてるんだなっと思って。」
「くっ!!」ニヤと笑う東堂に違うとも言えず、俺は苦悶しながらバカと書かれた海苔とご飯を口に掻き込むしかなかった。
署の屋上では綺麗な空が顔を出している。
それをふいに見上げながら、俺はあることを思い出していた。
「そういえば、葉月は何であんなにもお前にベッタリなんだ?恋愛感情があるという風には見えないんだが。」
「さぁ?俺と一緒にいると安心するんだってさ。前にそんなことを言われたよ。」
東堂はモグモグと弁当を食べ始める。
「俺も葉月と一緒にいると、なんだか安心する。」
「ふーん、そうなのか。」
それを聞いた俺はなんなく2人の闇を感じたような気がした。
バァンッ!!
「!?」
「先輩!こんな所にいたんですか!」
振り向くと後ろの扉から後藤が勢いよく入ってくる。
「どうしたんだ?何か事件か?」
「違いますよぅ〜たまには一緒に飯が食いたいと思って、探してたんです!」
と後藤は俺の隣に座って、いそいそと弁当の包みを開ける。
「なんだか、えらく機嫌が良いなぁ」
「彼女がね、俺に弁当作ってくれたんすよ〜」
「へぇ〜そうか。お前、同棲してたっけ?」
「同棲はまだですよ。昨日、俺ん家で泊まっていってくれたんで、そんで今日、朝起きた時に弁当作ってくれてて〜」
「ふーん。そうか。」
「俺の為に5時起きで作ってくれてて、これをサプライズって言うんすかね?」
「ふーん。そうか。」
「じゃーん。どうすか?これ!!」
後藤は弁当の蓋を開けて、豪勢な具材が詰められた中身を見せびらかす。
「ふーん。良かったな。」
俺は棒読みでそう言った後に自分の弁当をもう1度見てしまう。
ご飯を一生懸命、口の中に運んではいるがまだ『バカ』という文字がなかなか消えてくれない。
「先輩、なんすか?その弁当?」
「ほっとけ。」
俺はひたすらご飯を口に運ぶ。
それをジーと東堂が黙って見ていた。
「……」
俺がなんだよ?と東堂に振り向くと
「ふーん。そうか。」と東堂がポツリとそう呟いた。
「早くサッサと弁当食えよ。食わないなら返して貰うぞ!」
俺がそう言うと東堂は、またモグモグと弁当を食べ始める。
「そういえば、例の事件ネットで流出しちゃいましたね。」
「そうだな。」
「俺、思ったんすけど、ネット記事を書いた奴が今回の事件を起こしてる犯人じゃないすかね?」
「まぁ、普通はそう思うよな。今まで、犯人の動機がわからなかったが、カリプソフィアへの不信感を市民に与えたいっていうのが目的で、あのネット記事を書いた。犯人なら安全な場所から、怪物の写真も撮れるだろうし、事件処理班の包囲網も掻い潜ることができるだろうしな。」
「犯人じゃなくても、今回の事件について何かしら知ってる可能性が高いですもんね。なんとか誰があれを書いたのか特定できたら良いんすけど…」
「…そうだな。」
ウゥゥゥゥゥ!!!!
B地区で異能が使用された時に反応する、署のベルが地響きのごとく鳴り響く。
「!!」
「異能事件のようだな。」
『今、手が空いてる者は事件現場に緊急テレポートを行います。ただちに…』
こういう緊急事態の時に控えているテレポート持ちの署の人間が、マイクでアナウンスを流す。
「東堂、この胸のバッチのボタンを押せ!」
そう言ったが東堂が焦った表情で押したがらなかったので、俺が無理やり東堂のバッチを押す。
「あっ!!」
バッチを押した瞬間、光が目の前の視界ギリギリまで一気に広がり、周りの景色が一瞬見えなくなる。
気持ちの悪い浮遊感を感じたなと思ったら足元にいきなり突如としてまた地面が現れる。
視界が広がってくるとガラス貼りでできた建物が見えてきた。
その壇上に立つ1人の女性。
俺達がテレポートで到着した瞬間、パリンと音を立ててガラスの壇上は崩れ落ちて行く。
俺はすぐさま、女性の元に走った。
後藤は異能者である犯人に異能の力を放つ。
ガランガラン、パリンパリンとガラスは次々と地面に叩きつけられて、土砂降りの雨のように割れてゆく。
俺はその中で彼女を身をていして庇う形で、宙に浮きながら安全な所まで走った。
後ろを振り返ると後藤が、犯人に重力の力を思いっきりかけて、足止めを喰らわせているのが見えてホッする。
「離してください!!」
何かに一瞬叩かれたのか?と思うほどの勢いのある声量に驚いて、思わず腕に抱えていた彼女を手から離してしまう。
華麗な身のこなしで地面に降りたった彼女は俺を見上げるとキッと鋭い目つきを向けた。
「君は…」
それは昨晩も見た顔だった。
「まだ途中なんです!ここでスピーチを終わらせるわけにはいきません!」
ルチル アル・コーンの1人、日上明日香は、そう叫ぶと急いで先程の壇上が合った場所に戻ろうとする。
「やめろ!君は今、何者かに攻撃を受けたんだぞ!」
俺は急いで彼女の肩をガシッと掴んで引き止める。
「離してください!」
「それに…君は怪我をしてる!」
俺は彼女の足に視線を向ける。
その視線に嫌悪感を感じたのか、彼女はすぐにスカートの裾を引っ張り、怪我を隠す仕草を見せる。
「私は怪我もしてませんし、平気です!」
そう言うと彼女は俺の手を払い落として、スタスタと歩いて行った。
太陽の光に反射されたガラスの破片達がキラキラと光っていく。
その破片の山の上を日上明日香は、颯爽と登って行った。
「皆さん、私の声がまだ聞こえているでしょうか?」
壇上の外にあった数台のカメラに向かって、彼女は話しかける。
彼女の中にある張り詰めた空気が一瞬にして、波紋するかのごとく周囲へと広がりをみせる。
その瞬間に、その場にいた全ての者が彼女の姿にグッと引き込まれてしまったのだ。
「私は信じています。私たちには、自身で明るい未来を築く力があると。どうか、皆さんも目の前にいる私を信じてください。私はここにいます。」
彼女は一瞬、周囲にいる一人一人を見つめるように目を巡らせた。
「私はこの命を懸けて、大海都に住む皆さんを先導していくと誓います!
皆さん一人一人のご決断と意志が未来を変えていくのです。私と共により良い未来を作りあげていきましょう。」
頭上のカメラに向けて、彼女は手を伸ばした。
彼女の衣服には、あちらこちらと血が滲み、ポタポタと血が滴り落ちる。
「どうか、皆さんの清き一票をこの私にください!」