イザナミとカリプソフィア
大海都の歴史始まって以来の最恐最悪な事件は、今から1年ほど前に突如として現れ、
人々を混乱と恐怖の渦に巻き込んだ。
最初はC地区の区画街で起こった事件がこの事件の幕開けとなる。
それは夏のある日
火葬場にて、燃え盛る炎の中で死んだはずの人間が二本の足で立ち上がり、頑丈な扉から現れ出てきた。
彼の名前は『西山 幸人』三十三歳の若さで交通事故によって死んだ人物だった。
しかし、扉から出てきた彼の姿は生前の姿とはかなりかけ離れた怪物だった。
もはや人間とは違うその生物はDNAの突然変異?
それとも彼から生まれた怪物じゃないものが、この火葬場から突然出てきた?
沢山の人々を混乱の渦に巻き込んだそれは、異能警察の出動によって、鎮圧はされたのだが、その怪物を抑えるのに、各地区の署からトップレベルの異能能力者二十人をかき集めて、ようやくといったところだった。
これは異能警察組織が形成されて以来、今まで起こった事件の中で史上最強最悪な事件に数えられるようになった。
異能警察に所属するトップレベルの異能能力者は、元々の能力が強力な上に日々訓練を欠かしていない。
そんなトップレベルの異能警察の能力者は、一人だけでも、軍兵器二十機分と言われている。
そんな異能警察署の組織力を最大限に動員してもギリギリな戦いを強いられたのだ。
この怪物の脅威がいかに恐ろしいものだったか、その場に居合わせたものはこの世の終わりをも感じたともいう。
大海都の市民には、混乱と不安を与えない為に怪物や細かい詳細な情報が流れないように、別事件としてニュースに公表され隠されたことは言うまでもない。
そして怪物が鎮圧された後、すぐにこの怪物の謎の究明が急がれた結果
体自体は西山 幸人のもので間違いないことが判明。
しかし一部分、西山 幸人とは違う細胞が発見された。
これが突如、細胞分裂で増殖し恐ろしい怪物が誕生した理由のようだった。
怪物を制圧できた理由としては、細胞分裂で増殖する時間には制限があり、その制限が来てしまうと死んだ生物を動かし続けることは不可能になるようだった。
つまり、死んだ人間だったから
今回、異能警察は勝利できたのだ。
西山幸人から採取された本人のものではない細胞は、どう考えても誰かが意図的に西山幸人に埋め込まれたものだった。
今後とも同じような事件が起きる可能性があることが示唆される。
異能警察はこの事件を最重要課題事件として、全力で捜査することとなる。
以後この事件を『黄泉国の怪物事件』と呼ぶようになる。
そして、生物を怪物化させる異常な謎の細胞をイザナミと名付けた。
その後、半年後に第二の事件が起きる。
今度は生きてる動物であり、何者かにイザナミが埋め込まれた。
その個体は鼠だった。
鼠は恐ろしい怪物に変異して、人と同じくらいの大きさまでになっていた。
今度は前回の事件で採取した細胞から、対策した攻撃手段で攻撃。
細胞分裂を止める薬、また細胞分裂を抑える為にその部位を集中攻撃、細胞を燃やすことに特化した異能などで、第二の事件は異能警察署トップレベルの異能者十数名で撃破することに成功することができた。
さて、それからさらに3ヶ月後
第三の事件が起こる。
今度の生物は猫だった。
猫は人以上の大きさの怪物に変化した。
そこに居合わせたのが、東堂明仁という当時26歳の男だった。
近所に住んでて、たまたまバイトからの帰り道に猫の怪物に出くわした東堂は恐怖で足がすくんで動けなくなった。
目撃者の証言によると、その数秒からたった一瞬で怪物は跡形もなく綺麗に消え去ってしまったという。
明らかに東堂が発動した異能で怪物は消滅したと思われ、異能警察署はそんな彼の異能に注目するようになった。
現在、イザナミが埋め込まれた生物は鼠や猫などだが
恐らく今後は生きてる人間にも埋め込まれる可能性がある。
その時、もっとも強力な怪物が誕生してしまうであろうと考えた署の上層部連中は、少しでも多くの強力な戦力が欲しいと考えた。
そこで現れた東堂の存在を署の連中はほっとけるはずがなかったのだ。
しかし、ここで大きな問題が生じた。
東堂の異能は謎すぎたのだ。
今までの歴史の中で、東堂のような異能の記録はなく、一瞬で生物が消えてしまう等という異能は、どんな条件で発動されているのか?
全くわからなかったのである。
本人ですらよくわかっておらず、しっかり使いこなせていない様子だった。
しかし、喉から手が出てきそうなほど欲しい逸材。こんな強力な異能を署はほっけるはずがなかった。
その後に起こる第四事件の怪物も東堂の能力でアッサリ消え失せてしまったからである。
そこで異能警察署は彼をスカウトし、この俺に東堂の異能の解明及び発動条件を探るようにパートナーとして付くように指令を出した。
また東堂が異能をコントロールできるようになるようサポートも命じられた。
これが俺の署の上層部から与えられた任務の大まかな詳細というわけだ。
しかし、異能能力オタクの俺が目の前で東堂の能力を見ても、さっぱり能力の詳細についてよくわからなかった。
「それで今回の事件はどうだった?第四の事件に引き続き、今回も変異体の本体は人間だったようだが…。」
刑事部部長の一室で回転椅子に座り直した星野部長は手を組みながら、俺を見る。
「今回も問題なく、東堂の能力は発動し怪物は跡形もなく消滅しました。しかし、観察はずっと怠らなかったのですが、何もわからずじまいでした。」
「そうか…。何か一つでもわかることがあれば良いのだがな。なかなか、そう簡単にはいかないか。」
「…ところで、今回はどんな人物にイザナミが埋め込まれたのか、もうわかったのですか?」
「今回は周囲の人間の目撃情報と生き残っていたAIの防犯カメラ映像から、フリーターの野々村 誠(27歳)が被害者だと思われる。野々村は、あそこでティッシュ配りをしていたんだ。それが突然、変異を起こした。」
「野々村に近づく周囲の怪しい人間は確認できなかったのですか?」
「…色々まだ調査中だが、野々村はバイト中にイザナミを埋め込まれていない。おそらく、その前に既に埋め込まれていたんだろうな…。」
「…なるほど、今回も何もわからずじまいですか…。東堂の能力発動後では、何も残らないから遺体も調べることもできないし。」
「ああ、だから野々村との交流関係があった者、最近接触のあった者を調査中だ。」
「前回の変異体の人物は、ホームレスで情報が少なすぎましたからね。」
「…ああ、前回に比べて調べやすいが今回の事件には何も繋がっていないのが現状だ。」
「そうですか。」
「今回の怪物の目撃者もカリプソフィアの認可が下りて、異能で記憶を消しておいた。まぁ、記憶を消すということは負担が大きいから封印だな。ビルも元通り、時間の巻き戻しで何もかもなかったことになっている。」
「今回も事件処理班が大きく動いたのですね。後で大きな反動がなければ良いのですが…。」
「ああ、何度もこんな危険なことはやっていられない。早く、事件を解決する必要がある。その為にも朝倉、お前の任務はそれだけにとても重いぞ。」
「…わかっています。」
俺が視線を星野部長から、下に下げた時だった。
星野部長の携帯の着信音が部屋に響き渡る。
「もしもし俺だ…。なんだ?どうした?」
星野部長は携帯を取り、話始めるとみるみるうちに表情が先ほどより険しくなっていく。
「…どういうことだ? …ああ、わかった。当然だが、至急調べてくれ。」
「…どうしたんですか?そんなに焦って…。」
「…怪物の情報が、何故かネットにアップされた。」
「!!!」
「どこからか、漏れてしまったんだろう。」
星野部長は傍に置いて合ったパソコンを立ち上げる。
「これを見てみろ。」
「…これは。」
パソコンの中には異形な怪物の姿の画像と、大海都を支えるAIカリプソフィアについての強烈な批判だった。
『カリプソフィアは狂った。異能警察を使って事件を揉み消しているが、都市の人口を減らすべく、人々を私達の知らない間に抹殺している。あなた達の周りで行方不明者はいないだろうか?』
「…。」
「人々の混乱が広がっていく前に、このネット記事を書いた者を特定して対処しないとな…。」
「今回の事件で被害にあった者はおよそ何人いたんでしょうか?」
「事件処理班が動いて、怪我した者はすぐに治療して完治してる。しかし、救援が間に合わず、命を落とした者は30人いた。」
「…。」
俺はネット記事の文言をもう一度チラリと見る。
『カリプソフィアは人類を滅ぼす計画を遂行しようとしている。警戒されたし。』