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東堂 明仁

「まさか、東堂の世話役になるとは俺もついてないな…。」


「知ってる奴なんですか?」

俺のため息まじりのぼやきに反応したのは、俺の席から真向かいに座る。

後藤という後輩だ。


ちなみに任務のことは伏せられているが、東堂の世話役になることは1課の人間は、全員知っている。じゃないと共に行動できなくなるしな。


「中学の時の同級生なんだ。」

「へえ〜嫌いな奴だったんすか?」

後藤は面白そうな話だと言わんばかりにニヤニヤ顔になる。


俺はずり落ちたメガネを押し戻しながら、まあなと一言いうと、それ以上は聞くなと言わんばかりに机の引き出しから、愛読書『異能能力辞典』を引っ張りだし、ページをめくる。


そんな空気はおかまいなくとして、後藤は時計に目をやった。


「東堂って人が来るのは、十時からでしたよね? 俺、仲良くなれたら朝倉先輩の中学時代のことを根掘り葉掘り聞き出そうっと。情報集めって、刑事課にとって大事なスキルでしょ? それを磨かせて頂こうと思って。」


「ほう、情報集めのスキル磨きか。とても良い心掛けだが、後藤にそれは無理だと思うぞ。」


「えっ何故です? 俺ってけっこう愛嬌あるし、相手の心を開かせるのには自信があるんですよ。」


そう後藤は、こう見えてとても優秀な奴だ。おちゃらけて見えて頭も良いし、判断力もある。

一課の人間の中で仲間とのコニュニケーションも一番取れていて、連携もできる。

おまけに後藤の異能能力は一課の中では一番強力で、バトルとなるととても頼もしい。


俺は、いつか後藤に追い越されて先輩という地位を剥奪されるのではないか?といつも内心ヒヤヒヤものだが、絶対にそれは表面には出さないように取り繕っている。


いつも余裕ぶってはいるが、こいつ、密かにそんな俺を面白がって、弱みを握ろうとしてるんじゃないだろうな?

とか考えたりもするが、東堂という人間を知っている以上、そんな心配はいらなかった。


「お前も東堂っていう、人間と会ったらすぐにわかる。お前は、相手がどんな人間かすぐに見抜いてしまうだろう? だから余計にな。」


「…なんだか、気になる言い方しますね。余計に気になっちゃうじゃなすっか!」

後藤はらしくないムっとした表情で拗ねた真似をし始める。


『ああ、もうすぐか…。』

そんな後藤を横目に俺は、移り変わる時計の針を追いかける。


くそ…。心の平静を保つために、愛読書を開いたのに集中できやしない。

そう思って苛立ちながら、2ページ目の異能『影を操る者』を開いた時だった。


時計の長い針が50分を指して、カチリとなったと同時に捜査一課の扉が開く。


「…あのB地区の捜査一課って、ここで合ってますか?」


長い前髪で隠れてしまいそうな、瞳と真っ直ぐに目が合う。

ああ、こいつ全然変わってないな。最初にすぐそう思った。


目の前の全ての人間に興味のなさそうな、冷たい瞳。虚空とは、これを言うのだろう。

いつもお前は空っぽだ。そして俺が一番、苦手な類の人間だ。


「本日、所属となった東堂 明仁か? 俺は朝倉 誠司。君の世話役を任せられている。

今日から、よろしくな。」

俺は作り笑いを浮かべる。

東堂は、俺の名前を聞いても一切、反応を示さず、そのままの瞳のままで俺を見返す。


「ああ。」

疑問形なのか、返事なのか、よくわからない軽い返事だった。

まあ、こいつのことだからなんにも感じてないし、なんとも思ってないのだろう。


ただ、その表情のない顔がより一層、作り物のように出来た端正な顔立ちを際立たせ、独特の存在感を醸し出すのだった。


「おい、そろそろ昼食にしよう。東堂お前、今日は飯持ってきてるか?」


机で、今回俺達が担当することになった事件の資料に一通り目を通していた東堂の背中に俺は声を掛ける。

真向かいに座る後藤はというと、東堂の様子にスッカリ興味を失っていて、俺達のやり取りにも全くは反応を示さなくなっていた。


優秀だからこそ判断が早く、諦めも早いのがこいつの欠点とも言えるだろう。

粘り強さや経験というものが身に付けば、きっと星野部長に並ぶほどの実力を兼ね備えているのに、実に俺は後藤のこういう所がもったいないなといつも思う。


俺達が扱う事件は、いつだって生きてる生身の人間が相手だ。機械とかではない。

心がないように見えて、感情や思考、心を持ってる奴らが相手なのだ。

だからこそ、粘り強く相手を観察し、隙を伺い、向き合い続ける覚悟こそがこの仕事では必要だと俺は常々そう思っている。


というわけで俺は、東堂の瞳に俺という存在が映り込んでいないとしても臆せず声を掛けることができる。

「…いえ、持ってきていません。」


「それじゃあ、飯を一緒に食いに行かないか? 仕事で説明しないといけないことはまだまだあるからな。」


「…はあ…。」東堂は面倒だなという表情を隠さず返事をするが、俺はそんな東堂の様子に気付かないとして、東堂の肩をポンポン押しながら、事務所から連れ出すことに成功したのだった。



 俺たちは、職場から徒歩10分もしない所のファミレスに入って、二人で一緒に食事をする。

そうして、俺は東堂から色々と情報を聞き出す予定だった。なのに…。


「アッキー!!私のこのポテトあげるから、ほら、口開けて♡♡」


どうして、こうなったのだろう。俺は目の前の光景を見ながら、唖然としてしまって思考を一旦停止してしまう。


「俺ポテトいらない。それ自分で食べろよ。」

俺の向かい座る東堂は、隣から差し出されるポテトに嫌悪しながら、首を振る。


東堂の横に座るピンクベージュの髪の長い女性は、そんな東堂の様子に頬を膨らませ、拗ねた様子を見せていた。


ああ、俺はこの女性を知っている。本当に嫌になる。


奴も東堂と同じ中学生の時の同級生である。

いつも、東堂の周りをうろついていた女で、確か幼馴染かなんかだっけ? 

俺はそう記憶している。


そういえば、いつも一緒にいたな。

でも、確かもう一人…。


「あっれ〜?? そういえば、この男の人って誰? アッキーの知り合いか何か?」


ピンクベージュの女は、俺の視線に気付くと大げさに首を傾げる。


「俺の新しい職場の先輩だよ。」

東堂は何ともないように、スープを口に運びながら答えた。


「ふーん。」


「…でっ、少し疑問なんだが、東堂の連れがなんでここにいるんだ。」

俺は怪訝な表情を女に向ける。


仕事の休憩時間の入り、またこのファミレスで食事をすることもたまたまだったはずなのに、なんでこの女はさも当たり前のようにここにいるんだろうか。


「うわぁ〜怖い顔浮かべちゃって、この人怖い〜。」

「俺が連絡したんです。」


東堂は顔を上げると、悪びれる様子もなく俺の瞳を真っ直ぐにみつめる。

「はぁ?」


俺と事務所から出て、10分もの間、携帯を取り出したりとか、そんな素ぶり一切見せなかったじゃないか。

いつ連絡したんだよ。と俺が言いかけた所で、東堂は続けて口を開く。


「先輩が少しトイレに入った時、玲菜から『今どこにいるの?』と連絡が来たので、それに答えただけです。」


そしたら、この女はものの数分でこのファミレスでやって来たということか。


恐ろしい女だ…。


ああ、やっと思い出した。確か、葉月はづき 玲菜れいなとかいう名前だったか。


俺がジトと葉月の顔を見ながら、名前をボンヤリ思い出していると、葉月の方も、ハッと閃いた表情になる。


「あっ!あれ! さっきから、何処かで見た顔だなって思ってたんだけど!

あなた『メガネ』じゃない!?」


俺は昔の呼び名を聞いて、ブッと飲みかけのコーヒーを吐き出しそうになる。


くそぅ…。やっぱり、覚えていたか。

このまま、気付かれずにやり過ごそうと思っていたのに…。


「ほら、ほら、やっぱりそうでしょ? ねっ?アッキーもわかるでしょ??」


「…あぁ、やっぱり『メガネ』だったのか。」

東堂はしれっとした顔で頷いてみせる。


お前も、気付いていたのかよ…。

くそっ全然、表情に出さないから気付いてないかと思ってた。


 俺が東堂の世話役を嫌がっていたわけは、東堂が苦手な奴だったから、嫌いな奴だったからという単純な理由ではなく、俺がもっとも思い出したくない暗黒時代を中学の同級生達は知っているからだ。


「しかし、随分たくましくなったのね! 見違えたじゃない。一瞬、誰かわからないほど。」


「ああ、そうかい。それは、どうも。きっと、こういう職業やってるから鍛えられたんだろうな。」

俺は薄ら笑いを浮かべて答える。


こうなると、色々と観念するしかない。


「異能警察なのよね。アッキーの先輩ということは。凄いじゃない〜大出世ね。

当時の中学のクラスメイトが知ったらビックリするでしょうね。

『あのメガネが?』って。しかも、アッキーの先輩だなんて。」

と葉月はクスクスと俺の顔を見ながら笑う。


おいおい、俺らはもう27歳なんだぞ。


こいつ、今だに自分がスクールカーストの上位にいるとでも思い込んでやがるのか?

葉月の言葉で一気に中学時代に感じていた息苦しさを思い出す。


なるほど、そういえばこんな感覚だったな。


忘れていたよ。

ただ、もう俺はこいつらが作り出す枠に興味もないし、付き合うつもりもなかった。


「そういう葉月は、今何やってるんだ?」


俺は少し呆れた表情で葉月を見ると彼女の眉がピクリと動く。


「私?私はね、ここから5分ほどの所にある会社のOLしてる。」


彼女の視線は下の方に下がっていき、なんだか自信なさげだ。


「ふーん。そうか。」


別にOLだって良いじゃないかと俺は思ったが、このあと俺が何を言ったとしても、彼女のプライドに引っ掛かりそうな雰囲気だ。


「なるほど、職場から近かったからここにすぐ来れたわけだ。これから、東堂と気兼ねなく会えるから良かったな。」

と俺はコーヒーを啜っていると、葉月は少しムッとした表情になる。


「そうやっていつまでアッキーの先輩面していられるか見ものね。

あなたなんて、すぐにアッキーが追い越してしまうんだから。」


彼女の強気な瞳がガンと俺にぶつかってくる。


「そうか。そうなってくれれば頼もしいな。」


俺は葉月から視線を少し右にズラしながら答えた。


本当にこの瞬間、俺は大きな溜息を吐いてやりたかった。

たくっ、本当になんて面倒なんだ。


異能警察がそんなに甘い職業ではないこと。

一から十まで説明してやりたい所だ。


目の前の女が、どんなにイケ好かない奴であろうと犯罪が起こってしまっている以上、

見過ごすことはできない。


本当は気付かないフリをしてやりたがったんだが、しょうがない。

これが俺の仕事だから。


俺は、葉月のスカートの裾に伸びる手をガシッと掴むと大きく引き上げる。


すると、俺たちの席のテーブルの下から、ガン!と大きな音を立てながら、無精ひげの大柄の男がぬっと姿を現す。


「きゃあぁぁぁーーー!!!」


突然の不審人物の登場で、葉月は恐怖で青ざめ、これ以上ない悲鳴を上げた。


「なっなっなっ何なの!?この人!?」


ファミレス店内の客や従業員など、そこにいた全ての人間の視線が一気に俺たちの席に集中した。


ざわざわしていた店内は、一瞬にして雑音がピタリと止まり、

人々は、俺がガッシリ掴んだ男の姿を見て凍りついていた。


「こいつは、お前のスカートをめくってビデオで隠し撮りしようとしていたんだ。」


「そっそんな! だって、そんなの全然気付かなかったわよ!? どうして!? なに?これは何なの!?」


葉月は驚いた拍子に立ち上がり、混乱のあまりに他にも早口で色々な質問を俺にぶつけまくる。

それを途中で、溜息と共にさえぎった俺は、捕えた男をキッと睨んだ。


「お前、他人の脳をイジれるタイプの異能能力者だな?」


図星だったのか、男は動揺を隠せないようだった。ガクガクと男の体は震えだす。


この手のタイプの異能は、自分の頭でイメージする幻覚、錯覚を周囲の人間に見せることができる。

つまり、相手の視覚、脳内イメージを自分の思うがままに操ることができるのだ。

俺が思うにもっとも厄介なタイプの能力だ。


ただし、この能力に目覚める人間は、極小数の中の少数だ。

滅多に現れることはない。


だから、同じ異能警察の人間でも、まずすぐにこのタイプの能力だと推論することや捕らえることは難しいだろう。


異能は多種多様に様々な能力がある。


葉月に気付かれずに、近付くことができる能力をザッと思いつくと、空間と空間を繋ぎ、空中から手だけをテーブルの下から出すとか、時間を止めるとか、光を操り物質や自身の体を透過させて透明人間になるとか、色々と方法はある。


しかし、大海都の全ての建物には法律で『時空間管理機』を設置することが定められているので、空間を弄ったり、捻じ曲げる痕跡が少しでも発生すると『時空間管理機』の警報が発動し、直ちに異能警察が出動することになっている。


なので、大海都内なら時間や空間を操る異能者対策は完璧に近いのだが、この男のように人の脳をイジれるタイプの能力による対策はまだまだ完璧にはほど遠いのが現状だ。


対策としては、防犯カメラとそれを常に読み込んでいるAIによって異能犯罪のリスクを減らせるように取り組んではいるが、AIの性能が低いとそれを掻い潜ることは可能だ。


しかし建物内のAI性能が高ければ、たとえ人を操れたとしても撹乱することは普通難しい。

ここのファミレスのオーナーは防犯意識が低いのだろう。

AIにあまりお金をかけてないようだ。


「どっどうして、わかった? お前も完全に俺の能力に掛かっていたはずなのに…。」


その男の言葉に俺は頭をボリボリと掻き始める。


「よくもまあ、異能警察の俺に能力を使うよな? いい度胸だ。まったく。」


「いっ異能警察!??」


男はその言葉を聞いて観念したように、肩をガクっと落とし視線を下に向ける。


そんな男の様子に俺は、たくっと垂れ下がったメガネをクイッとあげる。

俺は上着の裏生地ポケットから、強制リングを取り出すと男の腕に嵌めた。

これで、能力は使用不可となる。


「えーと、時間は12時46分 異能を使用した強制わいせつの罪で男を確保っと…。」


俺はポケットから、ゴソゴソと携帯を取り出すと、署に電話して男を捕えたことを伝える。

恐らく、10分もしない内に異能警官が俺の元に駆けつけて、男を連行していってくれるだろう。

報告書は後で書くということにしておいて。

それではと、俺は呆然と今の様子を眺めていた葉月の方に目を向ける。


「葉月、あと少ししたらここに署の連中達がやってくる。お前には被害者として状況説明をお願いしたい。署まで少し同行をお願いできるかな?」


「…ちょっちょっちょっと待ってよ。今から会社に電話するから。もう!お昼休憩オーバーしちゃうじゃない!」


そう言って、葉月はショルダーバックの中をゴソゴソし始めた。

これで邪魔者はいなくなりそうだ。

俺は安堵すると東堂の様子をチラッと確認する。


東堂は相変わらず、我関せずといった様子で表情に変わりはなかった。

何も考えていないのか、はたして何も感じていないのか。


本当にどうでもいいが、仮にもお前は今日から異能警察になったんだぞ。

少しは興味を持てって!




「…ということは、あの男の『アンティア』は三日前だったんだな? ああ、ああ、なるほど。経験が浅くて助かった。ああいう能力の芽は早めに摘んでおかないとな。ああ、報告わざわざありがとう。それじゃあな。」


俺はそう言うとピっと携帯を閉じる。


「……『アンティア』?」


俺の後ろの方で電話の内容を聞いていたであろう東堂から、そんな疑問符が聞こえてくる。


俺は階段を上がり切った所で振り返り、階段の支柱にもたれながら東堂を見下ろした。


「異能者というのは、何も生まれたばかりの人間が皆、異能を持ってるわけではないだろう? 異能の目覚めは個人個人で時期が異なる。


例えば、思春期、成人、遅くても晩年に目覚めることもあるよな。何らかの環境の変化、精神への刺激や負荷によって目覚めたりもする。その突然の異能能力に目覚めたことを俺達はアンティア–開花–と呼んでいるんだ。アンティアに目覚めたばかりの人間は犯罪を犯しやすい傾向にあるからな。」


「ふーん。」


東堂が階段を上がりきると、音を切るように風が勢いをついて流れていく。


「すごい風だな、ここは。気分転換には持ってこいの場所だ。」


「…休憩時間、とっくに過ぎているのにいいのか?」


「ああ、情報集めしていたと言えば何とでもなる。それより、早くこっちに来てみろよ。」


丘の上には、特殊なデザインが施された街灯が、木の枝のようにふんわりと広がり、その下に一つだけあるベンチの存在を際立たせていた。


ベンチの向こう側には、大海都B地区の景色を見渡せるようになっており、左にはシェルターの巨大な羽の頭上部が見える以外は、空の下に沢山の大きなビル群の海が見える。


目を凝らせば、有象無象の人の群れ。それを東堂は風を受けながら、見下ろしていた。


「なっすごいだろ? 大海都の景色がよく見える。俺はここによく来て考えごとをしたりする。異能警察で働くということはどういうことかをな。」


俺はベンチに座って足を組む。


「なぁ?俺のアンティアは中学2年生だった。お前も同じクラスだったから、俺の能力が初めて発動した時、お前も目撃してたんだろう?」


「…ああ、見ていた。」


「俺はあの時から、異能者になって色々と考えたんだ。社会に俺の能力を役立たせたいとな。ついでに人の命も守れたら誇らしいからな。」


「ふーん。」


「東堂、お前の能力は俺以上に沢山の人の命を守れるし、役立たせることができる。何の為にその能力を持って生まれてきたのか、よく考えて使ってくれよ。」


俺はそう言うと、大海都の景色の中で見える人々に目をやった。

そして、少し間ができ、何も返答がない東堂に視線を戻すと彼の表情が険しく曇っていたことに気づく。


「うざっ…。」


しばらくの沈黙が流れた後、今の空気を破かんばかりの低い声が東堂の口から漏れた。


「…どうして、メガネにそんな偉そうに言われなくちゃいけないんだ?」


東堂は少し小声で、しかし、しっかり俺の耳にも届くように悪態をついて言った。


俺はそれを聞いて、やっと、彼の感情の一端を引き出すことに成功したかな?と、とりあえず一歩前進できたことに安堵する。


そんな俺と視線がかち合うと、より一層、東堂の顔は険しくなった。


「無能な人間が死のうが、苦しもうが俺には関係ない。自分の身を自分で守れない人間が悪い。」


俺が中学生の時に見た冷めた瞳がそこにはあった。


「じゃあ、何か? さっき、葉月が犯罪の被害者になりかけたが、あのまま何もせず、葉月が性被害に合っていたとしても、それは本人が自分を守る術がないから、本人が悪いとそうなるのか? もし葉月が泣いていたら、そこでお前は同じ言葉を投げつけるのか?」


俺がそう言うと東堂は、目を俺から少し離す。


「…ああ、そうだよ。俺は同じことを言う。本当にうるさいな。さっき、たまたま犯罪者を捕まえたからって偉そうに…。」


「…じゃあ、なんで異能警察になったんだよ?」


「給料も待遇も良いから。それに今回の事件が落ち着いたら、楽な部署に配属してくれるって約束してくれたから。」


それを聞いて、俺は大きくため息をつく。


「あ〜そうか。」


上の連中め、よくもこんな奴の面倒を任してくれたよな。


「…これ以上ゴチャゴチャ言うなら、俺は今すぐこの仕事を辞めてもいい。」


東堂は、ベンチに座る俺をチラッと横目で見ながらボヤいた。

そう言うことで俺の苦い顔が見たいのかもしれないな。


「はぁ〜わかった。仕方ないな…。でも、しっかり仕事だけはしてくれよ。」


「メガネにそんなこと押し付けられる筋合いはない。」

俺は東堂に嫌味ったらしく、そう言われて頭をカリカリ掻きむしっていた時だった。


ドゴォォン!!!


大きな衝撃音が大海都の空に響いたと思ったら、目の前に並ぶビル群の中のビル一つが、大きく地響きを上げながら崩れていく。


「…もしかして、あれは!!」


俺はすぐに状況を察して立ち上がった。隣を見ると、目を見開きながら何も言わずに固まっている東堂がいる。


俺は勢いよく、やつの腕をガシっと掴むと東堂に考える間も与えず、そのまま丘の柵を飛び越えた。


「えっ!ちょっ…」

焦った東堂の声が少し隣から聞こえたが、すでに俺たちの足元から地面は消えている。

俺達は丘の上から、そのまま大海都の景色に大きく飛び込むようにして落ちていった。


落ちながら目を凝らすと、被害現場の方向には異質な存在が蠢いているのが見える。


「…やっぱり、そうか! 早く、現場を収めないと!」


「やめろよ! お前!俺を殺す気なのか!!」


東堂は隣で落ちていく恐怖で錯乱しながら、色々と喚き散らしている。


俺はしっかり、東堂の腕を掴む手に力を込めると、一歩前に右足を空中で突き出した。

そして、すぐさま二歩目の左足を前に踏み出す。


「安心しろよ!お前、俺の異能能力を忘れたのか?」

俺は空中で笑いながら、焦った東堂の表情を見る。


「さぁ!現場に急ぐぞ!!」


俺は東堂を引っ張り上げながら、文字通り空を駆け足で駆けていった。






 渦巻く黒い渦の中心にそれはいた。


この世の醜さを全て凝縮させたかのような存在だった。

周りのビル群のほとんどが既に崩壊状態。まるで地獄絵図。


恐らく、一つのビルが倒れてドミノ倒しに崩れていった結果なのだろう。

ここに今立っているだけで世界の終わりを疑わずにはいられないほどの景色がそこには広がっていた。


…市民は既に避難をした後なのか?


わからない。ここまでの現場に遭遇するのは俺も実は初めてだった。

状況を確認しようにも、黒い怪物がビルをウネウネと虫のように貪って食っている以外、わからない。


「…なんだこれ…。」


地面に尻をへたりとつけていた東堂が口を震わせながら目の前のものを見上げる。


…さて、現場に来たものの次はどうするか?


俺は肝心なことを何も知らない。というか知らされていない。


上層部も何も確かなことは情報を収集できていないのだ。

それで手一杯になり、俺にその一部を丸投げしたというわけだ。


「おい!!!!怪物!!!!!こっち向け!!!!!!」


俺は力の限り、声を張り上げる。

怪物の動きがピタリと止まった。次の一言まで、張り詰めた緊張の糸が限界を超える。


「こっちだ!!!!!」


俺の叫びと同時に怪物は俺達二人に飛び掛かってくる。


これで本当に良いのか…?

俺はチラリと隣にいる東堂に目をやった。

東堂はわなわな震えてはいたが、そこから一切動こうとはしなかった。


俺は怪物を避けようと走り出しながら、東堂への観察を怠らない。

あいつの瞳は、なんだが不思議だった。


あれ?こいつ今の状況を全く怖がってない?

俺がそう思った瞬間だった。


「あああああああああああああああああああああ!!!!!」

東堂が自分の頭を抱えながら叫ぶ。


そして、怪物が東堂に届くあと一歩というところで大きな衝撃音と衝撃がこの辺り一帯に広がる。


「くそっ!!しっかり見ておかないと!!」


俺は根性で目を大きく見開く。


しかし、それでも眼球に追うことのできない凄まじい勢いで、あの恐ろしく醜い怪物は跡形もなく、文字通り目の前から消滅した。


破裂したとかではない。肉片はどこにも飛び散ることもない。

綺麗に一瞬で消滅してしまったのだ。


俺は大きな緊張の糸から、開放されると溜息をつきながら空を大きく見上げる。


先ほどの暗雲も嘘だったかのように消え去り、青い晴天が空には広がっていた。


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