08 王子様の事情
「なっ……なんで、そんなことを?」
私が頭に浮かんだままで問うと、リアム殿下ははーっと大きくため息をついた。
「俺の祖母……皇太后の希望だ。あの人は珍しい死病に侵され、余命いくばくもない。だが、そんな時に何百年振りに神殿に現れた聖女が現れた。それは、何故か記憶を失っているはずのレティシアも知っているようだが?」
皮肉めいた口調は、聖女様のことを誰かが誤解して、私に言い含めたと思っているらしい。
けど、それって私が婚約破棄ものを読みすぎていて、きっとこんな感じだよね! と、思ってしまった間違った思い込みのせいだったので、完全に勘違いだし、多分彼の中で犯人にされているヴィクトルには何の罪はない。
それは……彼には言えないけど。
「初代王が異世界から来た聖女と結ばれてしまったせいか、皇太后には、聖女には特別な思い入れがあるんだ」
「それは、聞きました……」
ヴィクトルも以前に言っていた通り、聖女が現れた時の王族は、聖女と結婚しているらしい。
「だから、俺に君との婚約を解消し、聖女ミユとの結婚をするようにと要求して来た。だが、俺とミユ自身にはその気はない。死を前にした人の要求は流石に強く断れないし、あの人も病床にあろうが権力者だ。自分の要求に従わないと、レティシアに対して嫌がらせも酷かった」
「えっ……」
死に近い祖母の要求って、たまに聞いたことあるけど、孫の結婚を見て天国に行く前に安心したいとか……そういう可愛い要求でもなく、自分のお気に入りと結婚しろ案件もあるんだ。
もしかして、私って聖女ヒロインを虐めてなんていないし、悪役令嬢でもなかったってこと?
逆に皇太后から、嫌がらせを受けていたから……それなら、偽装した婚約破棄をすることになって?
「だから、俺たち三人は相談して、一旦はミユと婚約したことで、それで皇太后に納得して貰うことにしたんだ。結婚さえしなければ、後で何とでもなる。それには、皇太后が疑わぬよう婚約破棄の場を出来るだけ多くの貴族に目撃される必要があった」
「……あっ……それで」
はっ……恥ずかしい。全部が全部、私の勘違いだったんだ……何なの。
だって、リアム殿下だって浮気してないし何も悪くなかった。
「だから……レティシアは俺に婚約破棄された場で、確たる証拠もなく適当な罪状で破棄された代償として、公爵令嬢に相応しい男を俺に紹介するように求める予定だった」
「……それって、どういうことですか?」
婚約破棄に対する、代償……当たり前のようで、罪に対する罰ならば関係なさそうだけど?
「婚約を解消してしまえば、君ならばすぐに違う男が求婚者に名乗りをあげるだろう。ここの、デストレ辺境伯と同じようにな」
「……そうですね」
ヴィクトルの名前を出して苦笑したリアム殿下に、私は何度か頷くしかない。実際のところ、彼の言うその通りでしたし。
「だが、そうしてしまえば、俺が紹介する男以外近づけないし、レティシアも誰にも言い寄られる心配がないし……問題が解決して、すべての真実を明かすまでの隠れ蓑のつもりだったんだ」
やっ……ややこしい!
けど、人気のある公爵令嬢を、隠れ婚約者としてキープしておくには、これが必要だったってこと?
「あ……けど、私があの時、婚約破棄に頷いてしまったから?」
婚約破棄されたけど、そういう演技が必要なことをまるっと忘れた私は、すんなりと頷いて……それで、彼はどうしてと驚いていたんだ。
「ああ。驚いた。だが……やはり、君に記憶がなかったんだな。そうだと思っていたし、レティシアを信じていたが、すぐにそのままデストレにまで連れ去られてしまったことには驚いた」
「リアム殿下。ごめんなさい……」
これは、私が申し訳なく、謝るしかない。記憶を失っていると言えど、全部、私の勘違いから起こったことだもの。
「レティシアが謝ることはない。良かった……ずっと、心配だった。君に会えなくて」
リアム殿下は私の身体をぎゅうっと抱きしめて、彼の切ない気持ちが伝わってくるような声音に、私は不覚にもきゅんとした。
一緒に演技していたはずの婚約者は、いきなり辺境伯に攫われてしまって会えなくなったんだから、それはすっごく心配だと思う。
「私……すごく、失礼なことをして……その」
「もし……あの夜から、これまで俺がどんな気持ちを味わったかを試したら、辛くて死にたくなることは間違いないよ。俺は結婚するのなら、レティシア以外は考えられないから」
ひーっ……嘘でしょう。リアム殿下の顔が良過ぎて話が入って来ないのかと思ったら、甘い言葉の相乗効果で致死量のときめきが体内に注入されて、美形な王子様に殺される。
「ごっ……ごめんなさい」
安易に謝れば良いってものでもないけど、混乱した思考回路は、謝罪とときめきを行ったり来たりする進路を固定されてしまっていて、私はここでは謝るしか出来ない。
「いや……俺が祖母の要求を跳ね除けられなかったのが、すべて悪いんだ。悪かった。年齢を重ねたせいで、こうしろと言い出せば誰の意見も聞かないんだ。どちらにせよ、もう命は長くないと思われるし、俺は……」
「リアム殿下。驚きましたよ。王太子があの高い壁を単身登られたんですか。盗賊にでも職を変えた方が良くないですか。その身体能力があれば、どんな邸にでも侵入出来ますよ」
いきなり低い声が聞こえて振り向くと、なんと……そこに立っていたのは、迫り来る魔物の対応に追われて多忙のはずのヴィクトルだった。