06 辺境デストレ
これから私が住むことになるデストレ辺境伯ヴィクトルの居城は、巨大だった。何故かと言うと、彼の守護するデストレ地方は険しい山脈に囲まれ、一つしか通れる道がない。
だけど、その道を守るため巨大な門が造られ、囲うように砦、そして、高い位置に城が作られていて、いわゆる城塞都市だったのだ。
その中にある、広い部屋を特別に与えられて、昨夜から念願だった鏡を見た私は息をのんだ。
「え……すごい……美女……」
美しく艶やな金髪に、烟るような長いまつ毛の下には、輝く宝石のような青色。絶妙に配置された顔には、驚いた表情。
うん……当たり前か、私、驚いているものね。これは私。
ええ。自分が美女過ぎて、驚きました。仕方ないでしょ。これが初見だし。ずーっと見ていても、飽きない。あまりにも造形が整い、美しすぎて。
婚約破棄したあのリアム殿下と同じ色合いで、彼と並べば、まるで対の人形のように見えただろう。
この女性ならば、偶然に助けてくれることになったヴィクトルも、婚約破棄されたばかりの私に交際を申し込んでもおかしくはない……だって、その上にドレスの裾踏んで転んで、本当にこの子可哀想まであるもの。
「コホン……」
わざとらしい咳が聞こえて、部屋には誰も居ないと思っていた私は、恥ずかしくて顔から火が吹き出しそうになった。
待って……待って!
そうです。確かに自分を美女だと思ったんだけど、多分、そちらの思っているような理由ではなくてですね!
「あの……よろしいですか。レティシア様」
「はっ、はい」
そこに居たのはメイド服を着ていた気難しそうな中年女性で、いつから居たんだろう……私は鏡に映る美女に夢中で、全く気がつかなかった。
嘘嘘うそ。やめて。はっ……恥ずかしい!
けど、貴族は使用人が部屋に居ることが当たり前で、彼らを同じ人と見なさず、何を見られても特に気にしないんだっけ。
それは、無理ですよね。私、東京の下町に住むきさくな庶民だったし……人は人だよ。
美女って鏡にある自分の顔に見惚れている時に、こういう声掛けがあったら時、どうやってその場を切り抜けるの?
美女になったのがこれで初めてなので、気の利いた対応わからない……本当にすみません……異世界転生していたという、ごちゃついた理由説明もここでは出来ず、言い訳も何も出来ないけど、すみません。
心の中で謝り倒している私に変な顔をしつつ、音もなく部屋の中に居たメイドさんは頭を下げた。
「私はメイド長のテレーズです。城主ヴィクトル様よりご命令で、レティシア様に仕えさせて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします」
「は、はい」
……メイド長?
それって、メイドの中での一番上の人のような気がするけど、なんせこの世界も貴族も常識が分からないし、余計なこと言わず、はいはい言って切り抜けよう。
「ヴィクトル様が、朝食を共にと……レティシア様が、移動に疲れてお疲れのようでしたら、そのようにお伝えしますが」
「だっ……大丈夫です!」
慌てて頷いた私に胡乱げな視線を向けつつも、彼女は手をパンパンと叩き、それを合図に数人のメイドが私の部屋へ入って来た。
「それでは、これから湯浴みと着替えを……それで。よろしいですね?」
「はいっ……」
私は昨夜の夜会からずっと着ていたドレスを脱ぎ。コルセットを外してもらい、それでも今まで苦しくなかった自分が不思議だった。
この体が……窮屈な格好に、慣れ親しんでいるせいかしら?
浴室で磨き上げられ、装飾の少ないデイドレスに着替えると、食堂へと案内された。
忙しそうに書類を見ていたヴィクトルが私を待っていたとするなら、かなり長い時間待たせてしまっていたはず。けど、彼はそんなことをおくびにも出さずに立ち上がった。
私が空いている席へと腰掛けると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「レティシア。そのドレスもよく似合う……それは、嫁いだ姉の古着だが、近く街からお針子を呼ばせるから、いくらでも新しく服を作らせると良い」
あ。これは……彼のお姉様のドレスだったのね。
けれど、体型にも合うし、全然古くない。真新しかった下着含め、デザインのセンスも良くて、生地も縫製もしっかりしていた。
「ありがとうございます。けど、お針子は、また次の機会に。私の新しいドレスは、ここに住むことに慣れてからで構いませんわ」
私……とりあえず、転生したこの異世界に慣れないと……見るもの見るもの新鮮だし、いちいち驚いていても疲れるし。
ヴィクトルのお姉様の古着が、これ以外にも何枚かあるのなら、当分はそれで構わない。
「ああ……何でも、君の好きにすると良いよ。では、朝食を……レティシア。昨夜も言った通り、隣国の対応もある上に近くの洞窟に今までにないくらい魔物が増えていて、対応に追われているんだ」
「まあ……大変ですね」
そうなんだ。魔法だってあるし……魔物も居る世界線なの? なるほど、RPGゲームのような世界なのかもしれない。
「僕がここに君を連れて来たと言うのに、寂しくさせたら申し訳ないが、ゆっくりと過ごしてくれ」
「ヴィクトル、気にしないでください。私……その間に、辺境伯夫人としての勉強しますわ」
胸を手で押さえながら私がそう言うと、ヴィクトルは目を見開き驚いた後で、機嫌良く笑った。
「ああ。君ならば、そう言うと思っていた。安心したよ」
朝日に照らされた顔が、かっ……格好良い。結婚します? 私は今すぐでも良いです。大丈夫です。
ヴィクトルの整った顔をうっとり眺める私の気持ちを知ってか知らずか、彼は微笑み言葉を続けた。
「レティシアもわかっていると思うが、もし……婚約することになっても、君と僕との婚約は一年待つことになる。それまでに、結婚の準備も済ませ、すぐに式を執り行おうか」
婚約破棄されたら一年待たないと再度婚約出来ないという、この国ではそういう法律でもあるのかな……?
けど、結婚式もすぐなのなら、未婚貴族令嬢として嫁入り先をさっさと見つけなければならない私だって願ったり叶ったりのはず。
「はい……あ。このスープ、美味しいですね!」
「そうですか。それは、この辺りでしか取れないセキョンという珍しい獣のスープで、この国でもどこでも食べれるという訳ではないんですよ」
「珍しい……何だか、特別なスープなんですね」
「ええ。これはデストレでしか、食べられませんから」
そんな地域限定のスープをおかわりしてお腹を満たすと、ヴィクトルは早々に仕事へ向かって行った。忙しそう……。