03 都合の良い提案
「あの……私が殿下の女性関係に嫉妬して、女性に嫌がらせをしたんだと思います!」
私は確信を持って言った。婚約破棄された原因は、99%の確率で、これよ……っていうか、他に何か理由ある?
悪役令嬢のほとんどは、ヒロインに嫌がらせして、断罪されるよね? っていうか、存在自体がそういう必要性に基づいたキャラクターでしょう。
悪役令嬢は乙女ゲームなどで、ヒロインの邪魔する存在なんだから。多分、検索したら大体の辞書にだって、そう掲載されてあると思う。
「将来結婚する相手なのならば、異性関係への嫉妬は当たり前のことでしょう。その程度のことで、幼い頃から婚約していた公爵令嬢にあのような場で婚約破棄を告げるとは……本当に、信じられないです。許し難い」
私の話を聞いたヴィクトルは美しい金の瞳を見開いて、言葉通りに信じがたいと言わんばかりの表情だった。
ここで何の関係もない感想だけど、ヴィクトルはどんな表情を浮かべていても、本当に格好良い。素敵。結婚します?
出来れば会話することなんて忘れて、何時間かほうっと見惚れていたい。
けど、実際は私たちは会話している訳で……私の反応を待っているヴィクトルに、気がついて慌ててお礼を言った。
「ありがとうございます。けど、ああして婚約破棄されたからには、自分の非を認めて、これからは清く正しく生きていくつもりです」
ええ。今のところ自分が何したかわからないけど、悪事なんて働かないに越したことはない。
十分ほど前に前世の記憶を思い出して、まるで実感はないけど、婚約破棄されても結構なんとかなっているヒロインを数多く読んでこの異世界に転生して来ているので、私だってきっと大丈夫なはず!
……多分。うん。多分ね。
「……田舎は、好きですか?」
こうして話している間も、器用に歩みを止めないヴィクトルさんの唐突な質問に、私は首を傾げつつも答えた。
「あ。好きです」
田舎は、好き好き。大都会東京で生まれ育った私だけど、地方出身の両親の実家には、長い休みがあれば必ず帰っていた。
のんびりとした別世界に行ったような感覚を味わい、忙しない日常へ戻る時はいつも嫌だった。
田舎に住めるのなら、それは最高かもしれない。
「レティシア……今なら、僕の恋人になれます。なりませんか」
それを言ったヴィクトルの目の下は赤く、ひどく緊張しているようだった。
……わかる。真剣な愛の告白は、誰だって緊張すると思う……けど、そうよ。私に?
「……え?」
急展開過ぎて、すぐには脳が理解不能だったけど、これって、ヴィクトルは私に愛の告白しているよね?
私は少し前に、婚約者に婚約破棄されたばっかりで、間違いなく誰とも付き合っていなくてフリーな状態なので……ここで頷いても、全く問題ない訳で。
「どうか、返事を。レティシア」
「まっ……待ってください。わっ……私で良いんですか……?」
私がどういうスペックなのか知らないけど、物凄く話が早い。おそらく、絶世の美女なのかもしれない。鏡が早く見たい。
「むしろ、君でないと駄目ですね」
などと、彼に横抱きにされたままで、完璧な容姿を持つ辺境伯に、これを言われた時の心境を述べよ。
もうっ……胸のときめきが暴走列車で、身体中からハート型の花火が打ち上がる幻想まで見るしかないよね。
……待って。待って! 何もかもが上手く行き過ぎて、なんだか、怪し過ぎる。
これって、よく出来た結婚詐欺ではないよね。そんな訳ないけど、それを疑うくらいに上手くいき過ぎだよね? 色んな情報源からの失敗談を聞いている耳年魔な喪女の嗅覚舐めないで。
……さっき婚約破棄されて、今がこれでしょう?
確か乙女ゲーム攻略対象からの告白って、攻略直前好感度90パーセントは超えてないと、起こらないイベントだったような気がする。
これがもし小説で私が読者だったら、展開早過ぎてラブストーリーなら、もう少しヒーローの告白は溜めた方が良くないですかって感想を、作者に書いちゃうところだよ!
「あのっ……話が……早過ぎないですか? ヴィクトルはそれで、大丈夫ですか?」
私が言うのもなんだけど、さっき……さっき、私たち会ったところだよ! 恋人になるのなら、もう少しお互いを知ったりした方が良くない?
私の言わんとしていることなどお見通しなのか、ヴィクトルは片眉を上げて苦笑した。
はーっ……そういった男くさい顔も眼福です……ありがとうございます。
「……僕は辺境を守る辺境伯で、危険な国境を守るのが仕事です。最近国境沿いにある隣国との緊張が増していて、今夜にでも帰らねばなりません。王都に滞在している時間はないので、レティシアが僕と行くと決めるならば、今すぐが嬉しいです」
困った表情になったヴィクトルが、早く私に告白せねばと思っていた理由がこれで理解出来た。
「……それで、私に今すぐに恋人にならないかって、聞いたんですね」
なっ……なるほど! ヴィクトルは今夜領地に帰らないといけないから、ここで私を連れて行きたいって、すぐに告白をしたんだ。
「ええ。特別に陛下に呼び出されていたんです。だから、レティシアを僕の守る辺境デストレへ連れ帰るのも、今夜決めねばなりません」
「それで、さっき……リアム殿下も辺境伯のヴィクトルが、この城に居たことに驚いていたんですか」
二人の会話の中で、私が不思議だなと思っていた部分の謎が解けた。ヴィクトルはいつもここに居ないから、何故ここに居るとリアム殿下に質問されていた。
「そうです……僕と一緒に、デストレまで来てくれますか。レティシア。君は婚約破棄されていれば、社交界での目は自ずと冷たくなりますが、僕の居る辺境に居れば、彼らとほぼ会うことはありません」
えっ……何。私にとって、都合良すぎて怖い。
そうだよ。ヴィクトルに辺境に一緒に連れて行ってもらえれば、さっきリアム殿下に、王族に婚約破棄されたという貴族令嬢としてのデメリットが、これで全部消えてしまう。
そして、ヴィクトルの妻である辺境伯夫人として、確固たる地位が築けるという、そういう好条件の提案だった。
これは、乗るしかないビッグウェーブだよね? 自然と喉が鳴った。
ヴィクトルは婚約破棄直後に転んでしまった私を助けてくれて、こうして愛の告白もしてくれた。誠実だよね。ちゃんとしてるっていうか。
あまりに話が早すぎるのが少し不安だけど、結婚って好きの度合いよりも、必要性とタイミングって言うし……何より、私がヴィクトルが好み。
「けど……その、私の両親の許可が」
懸念事項として真っ先に浮かんだのが、これ。記憶を取り戻した私も会ったことのない両親にも説明が要るのではないかと問えば、ヴィクトルはにっこりと微笑んで言った。
「安心してください。ルブラン公爵は、父の代から懇意にして頂いています。きっと、殿下から婚約破棄されたから、顔を合わせるのが憂鬱なんでしょう」
「はい……その通りです」
政略結婚なのに、先方からの婚約破棄されるって、両親には絶対に怒られると思う。
「後で僕の方から全て説明しますので、レティシアは何の心配も要りません……すぐに、僕の領地に発ちます。ゆっくりと、そちらで傷心を癒やしてください」
実はこれまでにレティシアとして過ごした記憶がないので、婚約破棄された後で、両親にもどう説明しようと心のどこかで思っていた。
あんな風に婚約破棄されたくらいだから、絶対にヒロインに悪事を働いていると思うし……言い訳しようにも、記憶がない。
つまり、ヴィクトルが私の恋人になり領地に連れて行きたいと言う提案は、前世の記憶取り戻したての悪役令嬢な私に都合良過ぎて、少し怖いまである。
ええい……女は度胸よ! しかも、騙されても本望なくらい、ヴィクトルは素敵だし!
「そっ……そうしたら、友人からお願いします」
心の中での気合いとは裏腹に、もごもごと返事した私に、ヴィクトルは頷いて背中を軽く撫でた。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「……はい」
その時、彼が見せた笑顔は本当に嬉しそうで、私も自然と微笑んだ。
やっ……やったー! これで、断罪された悪役令嬢だけど、素敵な辺境伯と、ハッピーエンドルート開通!