◆4-11:イザベル コントロールルーム
「あれも駄目。これも駄目。やっぱり認証通さないとなーんにも始まんないねー」
イザベルがお手上げというように身体を机の上に突っ伏す。
状況はユフィの生体認証を使ってログインする前の、頑固一徹な全力拒否モードまで完全に巻き戻ってしまっていた。
いや、寧ろあのときよりも輪を掛けて酷い。
ネムリが用意していたプランCはこのE16区画の管制系を悉く沈黙させ、以前まで使えていたはずの艦内放送などのインフラすら使えなくなっていた。
ただ一応、乗員の生命を維持する居住区としての機能は残されており、一旦非常灯の明かりのみとなったコントロールルームは、音声入力による命令一つで普段どおりの明るさを取り戻していた。
であるのなら、いちいち照明を落とす必要などないのに、この年代物のモジュール区画はつくづく思わせぶりな造りをしている。
「ベルゥ? やっぱりアキラも二人に付いてったってさ」
外から戻ってきたセスがドアが締まるのも待たずにユフィ探しの成果を報告する。
「それが分かっても意味ないよ。どうせ端末の通信機能も死んでるんだし」
イザベルは突っ伏したまま首を横に倒して自分の腕を枕にしていた。
セスがだらけきった彼女の隣のシートに乱暴に腰を沈めると、その反動でシートが回転を始める。
「端末の方なら復旧するかもしれないじゃない」
ゆっくりと自転する椅子の上で胡坐をかきながらセスが自分の端末を立ち上げた。
だが、先ほど確かめたときと同じく、登録された全ての連絡先には通話不可のアイコンが表示されたままだった。
「無理。端末は壊れてるわけじゃない。たぶんジャミングされてる」
先ほどからずっと自分の端末を弄り続けているネムリが口を挟む。
そう言いつつも彼女自身、端末を触ることをやめられないでいるようだった。
「ジャミングって、妨害されてるってこと? 一体どこの誰がそんなこと……」
ネムリが顔を上げ、任せたとばかりにたっぷりとした間を作るので、仕方なくイザベルは身体を起こしセスと向き合った。肘を突き掌に顎を載せるというアンニュイさで。優雅なドレス姿も相まって姫様か女王様といったていである。
「……そりゃあ、あの人らなんじゃない?」
イザベルの目線は、先ほどまでサラウエーダの姿が大映しとなっていた正面のモニターの方を向いていた。
「なんでよ?」
「知らなぁい。あっちはあっちで警戒してんのかもね。うちらのこと」
「警戒って……、こっちは子供しかいないのに」
「向こうはそう思ってない。セスが変なところで通信切断するからよ」
「う……」
セスが顔を伏せ耳を塞ぐ仕草をした。その件は反省してるからもう責めないでと言っているのだ。
ただ、相手の誤解や不審を招く思わせぶりな態度を取ったという意味ではイザベルも共犯だと言えた。
ユフィの存在を明かしても安全かどうか、相手の身元について探りを入れるために。舐められないようにするための駆け引きの一環として、子供たち以外の同乗者がいる可能性を匂わせたつもりだったのだが、とんだ結果を招いたものである。
いや、今にして思うと、イザベルがどんな振る舞いをしようとも、彼らは最初からその可能性を想定していたようであるが。
サラウエーダとの会話中に顔写真がポップしたメラン・ミットナーなる人物。
あれは間違いなくイザベルたちがベルゲンの農場区画で出会った警備員の片方であった。
何故ここで彼のIDが関係してくるのか。イザベルには皆目見当が付かない。
どういうことか訊きたかったのはイザベルの方なのだ。
セスが焦って邪魔さえしなければ案外、なんだそういうことだったのか、とお互い笑って済ませられるほどの単純な行き違いであったかもしれないのに……。
しかし、とは言えあれからかれこれ三十分だ。コンタクトを拒絶したのはこちらの方からだし、相手も子供の安全を優先し、色々な可能性を考えて慎重になっているのかもしれないが。それにしても時間が掛かり過ぎている。
「ミリィの件は? こっそり同行してたっていうミリィと、他の人たちで揉めてるのかもしれないよ? 今頃アトラス号の中は、二つの派閥で銃撃戦の真っ最中なのかも」
「セス。あんたやっぱりドラマの見すぎよ」
イザベルとてそういった可能性を考えないではなかったが、そんなことはおくびにも出さず否定する。
サラウエーダと名乗ったあの女性の、あれが演技でないとすれば、作戦司令も知らないところで、あの船にミリィが乗り込んでいたことになる。
それが彼女のクローンを抹殺し、証拠を隠滅するためのミッションの一環なのではと想像することは容易かったが、それが他人からは子供っぽい空想だと見なされることも今のイザベルは自覚していた。
なんとはなしにネムリの上で留まっていたイザベルの視線が、次いでセスの方に流れて止まる。
彼女の瑞々《みずみず》しい緑色の肌を眺めるうち、ふと思い付く。
「あ、セス。そう言えばあんたフィライドじゃん」
「それが何?」
「司令のあの人もフィライド族だったでしょ? テレパシー送って状況教えてもらえない?」
「はあ? 何百世代前の話してんのよ。それってハラスメントだからね」
「えっ、私の友達はやってみせてくれたよ? あれ、できたのって兄弟だったから?」
「担がれたのよ。同種族間の念話が使えたのなんて初期も初期。あとドラマの中だけ」
「ええーっ。うっそ。ロマンないじゃん。何それー」
軽口を叩き合い戯れる二人の側では、ネムリが今しがた検索で手繰り寄せたニュース記事を見つめ、ひとり静かに考えに耽っていた。
彼女のの未接続の端末に蓄えておける情報には限りがある。
一警備会社の社員リストなど望むべくもなし。半年前にリューベックで行われた武術大会のニュース記事が残っていたのは、まだしも上々の部類に入るだろう。
優勝トロフィーを手に笑顔で写真に映る赤い髪の好青年の画像には、メラン・ミットナーという優勝者の名前とともに、彼の遺伝因子の主系統がネオテニア族であることが書き添えられていた。




