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◆4-9:ケネス 倉庫(2)

 メランとアキラが二人で声を潜め話し合うさなか。倉庫の奥まった場所では、ケネスが一人で声を潜め囁いていた。

 呼び掛ける先はヴェエッチャの個人端末である。三日前に亜光速ですれ違ったあのときと同じ手段で通信を試みる。


 あのときは、現実的にはあり得ない幸運を引き寄せることで交信を実現させていたわけだが、E16区画が常識的な速度で慣性運動を続ける今は、ケネスの手持ちの貧弱な機器でも交信が担保され得る条件が揃っていた。

 もっとも、E16区画を中心としたこの宙域は銀河連盟の科学力のすいを集めた様々な観測機器で見張られており、その網に掛かることなく交信を成し得たことについては、やはり、彼らが作り出す〈場〉によって生じる確率の歪みを説明に加えねばならないだろう。


『俺だ』


 指向性スピーカーからヴェエッチャのダミ声が流れた瞬間、ケネスは自分が巻き起こした因果の渦が依然健在で、その潮流に自分が乗ったままでいることを確信する。


「今どこにいる?」

『すぐ近くさ』


「今すぐ拾いに来られるか?」

『おい。分かってると思うが〈転送クーポン〉は使えねーぞ?』


「それは期待してない。いま最下層の倉庫のような場所にいる。子供たちから離れた場所だ。モジュールごと切り離して、引っ張って逃げられないか?」

『馬鹿言え。奴らの艇が接弦してるとこにノコノコ姿を見せろって言うのか』


「常識的に可能かどうかじゃない。物理的な距離を訊いてるんだ。こっちで何かが起きたとしたら何秒で来られる?」

『何かとはなんだ? こっちにも準備ってもんがあるだろーが』


「なんでもいい。そっちのタイミングでやりたいなら、そっちから切っ掛けを作れ」


 そう答えながらケネスは自分の周囲を囲うコンテナ群を見回す。

 その多くはフレームがひしゃげ、いくつかは中の資材がこぼれ出していた。

 ケネスの見立てが確かなら、おそらくなんの準備もせずとも結果的に決まった終局図を得るはずであったが、できれば死ぬような思いはしたくない。気密服か、それに類する備えは自前の努力で調達しておくべきだろう。


『チッ。ここまで呼び付けといて、まさかのプランなしかよ』

「小賢しい計画は逆に足枷あしかせだ」


『そりゃ道理だが、無理だな。適当にそっちにブッ放してみて、上手い具合に船体が千切れるように祈ってみるかぁ?』

「それでいい。やってくれ」


『アホか! どこまで能天気なんだよ』


 ヴェエッチャたちが乗り込む小型艇は戦闘用ではなく、その兵装は貧弱だったが、ほぼ静止しているに等しい目標に当てるだけなら難しい話ではない。

 そして、当たりさえすれば、E16区画程度の質量は、綺麗に蒸発させてしまうくらいの威力を余裕で備えていた。


「大丈夫だ。多分。そんな気がする」


 ケネスの頭には、ユフィを救うために飛び込んだあの〈宇宙クラゲ〉のイメージが思い起こされている。

 自分たちの科学技術には類する物がない、不思議な有機素材だ。確証はないが、あの被膜さえあれば何が起きたとしても自分たちを守る緩衝材の役目を果たすのではないかというぼんやりとした期待がある。

 それを口に出して説明してしまうと、その幸運が成就しない気がするのでこの場でははぐらかすしかないのだが。


『駄目だ。忘れてるようだから言ってやるが、〈F3〉は常に幸運だけをもたらすものじゃねえ。敵も味方もねえ。平等に確率極小の未来を引き寄せるだけだ。お前が思い描いてるような作為見え見えの行動なんざ、まるっきり裏目に出るに決まってやがるぜ』

「ならどうする。放っておけば俺は奴らに捕まる。尋問には耐えてみせるつもりだが、俺の身柄が奴らの手に渡るだけで隠しておきたいことの大半は伝わるぞ」


『俺たちは身を潜めたままここで待つ。お前は自力でどうにか脱出して来い。それ以上の譲歩はできねえ』


 そこで一方的に通信が切られたことに顔をしかめるケネス。

 だが、それほど落胆した様子はない。

 交渉が不調に終わったことにも意味があるはずだと、すぐに頭を切り替え、今の自分ができることを探し始めていた。

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