◆4-6:サラウエーダ アトラス号艦橋(2)
正面の巨大モニターに映し出されたのは、長いスカイブルーの髪の間から尖った両耳をV字に広げたスペースヴァンパイアの少女だった。
救助部隊が持たされたリストに照らせば彼女の名はイザベル・テニスカヤ。
先の量子結節通信でリューベックのオペレーターとやり取りをしたのも彼女だった。
探査艦ブリュージュ在住。初等教育学校の最終学年で、年齢は十二歳となっているが、胸から上の切り抜きだけを見ればもっと大人びた年齢にも見える。
どこから持ち出したのか、格の高い夜会にでも出席するような水色のイブニングドレスで着飾っている点が玉に瑕で、気負いが過ぎて今の彼女らが置かれた状況的には似つかわしくない。
モニターを見上げた皆が、そこに十二歳の少女なりの精神性を見て取ってしまう。
「ごきげんよう。レディ・イザベル」
「はじめまして。貴女は……」
「サラウエーダ・フィライドです。今回の救助部隊の指揮を執らせていただいています」
「失礼しましたミズ・サラウエーダ。少々準備に手間取ってしまって」
大人相手の受け答えはなかなか堂に入っている。
社交辞令が古臭いプロトコルなのはサラウエーダがそうやって始めたせいだが、もとはと言えばイザベルの衣装に引き摺られたからであって、要するにお互い様である。
「いいのよ。艇の操作は難しいでしょう? 〈オラクル〉の助けもなしに救難信号を送ってこられた優秀な子供たちだってみんな感心しているのよ」
そこでイザベルが返答を探して言い淀む気配があった。
このくらいの年齢の子供は扱いが難しい。イザベルの反応を見て、サラウエーダはご機嫌取りが見え透いていただろうかと反省する。
「……あの救難信号はちゃんと届いたのかしら? 宇宙の……隅々まで」
「ん? ……どうしてそんな心配をするの?」
予想外の質問に思わず素の反応が出てしまった。
現にコンタクトが取れて、その結果として救助艇が目の前に来ているときに、今さら気を揉むような話ではない。
「い、いいの。今の忘れて」
画面向こうのイザベルは慌てて取り消すが、サラウエーダの胸の内にはしこりのような懸念が残された。どうにも納まりが悪い。
彼女をサポートするアドバイザーチームのチャットでも、少女の精神的な不安定さを指摘する発言が飛び交っていた。
「実はちょっとトラブルがあって、さっきまで順調に動いてたドッキングシークエンスが途切れてしまったの。誰か、そっちで設定をいじっちゃった? 何もせず待っていてくれるだけで良かったんだけど」
自分の抱いた不安を払拭するかのようにサラウエーダは問題の解決を急ぐ。
物事を複雑にせず、極力紛れを起こさないように努めることが彼女がこの救助作戦で優先したい基本方針だった。
任務自体は子供たちをピックアップし、E16区画に検証チームを置いて帰るだけのことなのだ。何も難しいことはない。
「イザベル? 今その艇をコントロールしているのは貴女なの? それとも──」
「いいえ。私ではないわ。私は合宿のリーダーだから代表して話してるだけ」
イザベルの顔と口調が硬さを増す。
サラウエーダはその言葉の裏に、何かを仄めかすような含みを感じていた。
──これは挑発?
敵愾心はなさそうだけど、彼女は明らかに何かを隠している。いや、怯えている? 一体何に?
アドバイザーチームは、もっと情報を訊き出せという意見と、すぐにでも強硬突入すべきだという意見で割れていた。
「誰がやってるの? 操作が難しそうならこちらからサポートできるけど」
「違うの。さっきの質問に答えてなかったわね。ドッキングシークエンスが中断されたのは操作ミスじゃない。私たちが必要だと判断してそうしたの」
「……どういうことか説明してくれるかしら」
できるだけ穏やかに聞こえるように努めながらサラウエーダが続きを促す。
実際、十分に穏やかに見えるその顔の裏では、これは少々辛抱が必要だぞと身構えていた。
「そんなに難しいことじゃないわ。少し警戒した方がいいって思っただけよ。救助に現れたのがハンザ艦隊の所属艦じゃなくて、ミリィのツアーバスだって分かったから」
それを聞いてサラウエーダの気持ちが少しだけ緩む。
ろくな情報も与えられず、三日間も放置された子供たちが抱く不安としては至極妥当に思えたからだ。
そうだ。無理に難しく考える必要はない。
「ごめんね。先に伝えられていたら良かったんだけど。いろいろ事情があって……」
「そのいろいろが知りたいです」
「えっと……、一番の理由はこのアトラス号が小回りの利く艇だったってことかしら」
そう答えながらサラウエーダはシトロフロロを振り返り、彼と目を合わせる。
全く動じるふうなく見返す男の無表情をサラウエーダは自分への一任と受け取った。
「リューベックや、ハンザ艦隊の他の艦の予定航路を変更するよりよっぽどスマートだからよ。連盟政府からミリィのプロジェクトチームに協力を仰いだの」
全くの嘘ではないが、それはこのアトラス号が選ばれた理由の全てを説明してはいなかった。
リューベックや他の艦を迎えに寄こさない理由は、これが可能な限り隠密に行うべきミッションだったからだ。
〈見えざる者〉、あるいは、そのシンパが連盟内にどこまで根を張っているか分からない以上、ベルゲンの生き残りがいるという情報はできるだけ伏せておきたいという事情があった。
だが、そこまで詳しく説明して子供たちを無駄に怖がらせても仕方がないだろう。
「今、その艇にミリィは乗ってるんですか?」
「……期待させても悪いから予め白状しておくけど、この艇には乗ってないわ」
「じゃあ、彼女は今どこに?」
サラウエーダには艦橋内の空気が緩みつつあるのが明確に感じ取れた。
二人の会話に耳を傾けていたオペレーターたちが、会話の成り行きをおおよそ察したからだ。
これは駄々をこねる子供をあやすための時間なのだ。サラウエーダも半分はそういうことだと思い込んでいた。
「今はリューベックにいるわ」
「ミリィはベルゲンに滞在してたはずですけど。私やセスはもしかしたらオフのミリィに会えるかもしれないって理由で合宿に参加したんだから」
「彼女は運が良かったの。リューベックからベルゲンに向けて出発する予定が数日遅れて。そのお陰で難を逃れた。すぐには無理だけど、リューベックに着いたらみんなを彼女に会わせてあげられないか、私から頼んでみるわね」
「あのー。ちょっといいですか?」
サラウエーダとイザベルの会話に不躾に割り込んできたのは、角張った頭を光らせたソリド族のナパであった。
モニター上に、唐突に切り分けられて出現したワイプに対し、イザベルが驚いた表情を見せる。
「何……? ナパ君」
手が届く距離にいたなら即座に張り倒していたところだが、自分が同席を許した手前、怒鳴りつけることもできない。彼の無作法は自分の責任のうちだ。
サラウエーダは頬の片側を引き攣らせながら発言を許した。
「ミリィさんならさっき外ですれ違いましたよ? もったいぶらずに会わせてあげればいいじゃないですか」
何を言い出すのだという顔で自分の部下を見つめるサラウエーダ。その視線が流れるように動き、今度は彼女の背後の補佐官の方へと向かう。
知っているのかと無言で問われたシトロフロロは、きまり悪そうに手を口元にやり、咳払いを一つ入れてから打ち明ける。
「実は、そうでして。艇を供与する代わりに自分も同行させろと」
「そ、そうなの? 聞いてなかったものだから……」
隠し事をされていたのは不満だが、この場合は助け舟になるに違いない。
何しろ彼女はミリィの大ファンらしいのだ。事前に配布された連盟の調査資料でもそうなっている。
ミリィが同行しているという事実には彼女も警戒を解くだろうと期待して自然と表情が和らぐ。
だが、モニターから視線を外していたせいで、サラウエーダは自分とは逆に、表情を強張らせたイザベルの変化に気付かない。
「彼女からいろいろ訊かれたんですが、僕じゃあ答えられない質問ばかりで」
調子付いたナパが再びしゃしゃり出る。
「なんでも彼女の関係者が避難艇に同乗している可能性が高いのだとかで……」
シトロフロロが仕方なくナパの発言を補足した。
ほら、それです、という感じにサラウエーダが手元で広げたホロディスプレイの一つを視線で示す。
「ああ、そうね。これも確認しなければならなかったのだわ」
サラウエーダは少しのあいだ端末を操作して、複雑に並んだホロのレイヤー共々、自分の頭の中を整理する。
「イザベルさん。もしかしたらお辛いことを訊いてしまうことになるかもしれませんが」
「……なんでしょう?」
「データ的には、その避難艇の現在の管理者となっているかたについてです。彼は今どこに?」
「彼?」
「お名前はメラン・ミットナーさんとなっています」
「え、待って。メラン? 誰?」
イザベルの問い掛けに対し、即座に応えるようにモニター上に赤い髪をした若い男の顔写真が映し出される。
会話の流れを察してオペレーターの一人が気を利かせたのだった。
「トライデンアッシュ社の……、ああ、警備会社の名前ね。資料ではベルゲンに着任したばかりの警備員となっているけど。艇のコントロールには、彼のIDでアクセスしているのではないの?」
イザベルは目に見えて動揺し、瞼や唇を細かく震わせ始めた。
「重症を負って動けないとか……、そのう……こちらではそういう可能性を検討していたんだけど……。もしかして、彼とは直接会ってはいないのかしら?」
理由が分からないながらも、サラウエーダは慮る口調でゆっくりと問い質す。
「あ──」
イザベルが何かを思い立ち、大きく口を開いた瞬間、艦橋の巨大モニターに映し出されていた彼女の映像がプツリと消えた。
入れ替わりに、これまで小さなワイプの中にいたナパの顔がでかでかと映し出される。
「あれ? どうしたの?」
そのナパは何が起きたのか事態が飲み込めず、キョロキョロと周りのオペレーターに助けを求める。
彼ほどの間抜け面ではないものの、訳が分からないのはサラウエーダも同じだった。
「通信、切断されました」
「内部生体反応に異常は認められず」
「アトラス号艦内システムは異常なし」
「外部通信も異常なし」
「切断! ベイの電源もです。通信回線に続いて切断されました。たった今」
次々と挙がる報告に負けじとサラウエーダも急いで自分の頭を働かせる。
「電源が切られたっていうのは? 障害ではなく手動で?」
オペレーターに向かって声を張り上げたのだが、それに答えたのは彼女の側に立つシトロフロロだった。
「そうです。落ちる瞬間まで内部のコントロールをモニターしていましたから、まず間違いなく。ですが、こうなってはこちらから電子的にアクセスする手段がありません」
──何故こうなったのか。どこで歯車が食い違ったのか。
サラウエーダはその答えを求めてアドバイザーチームが垂れ流し続けるメッセージ群に懸命に目を走らせる。
「強硬接舷しますか? 我々ならこの状態からでも三通りの現実的なプランを実行可能ですが」
こうして彼を振り返るのは何度目になるだろう。
シトロフロロの力強く見開かれた金色の瞳と視線を絡め付かせながら、サラウエーダが奥歯をきつく噛み締める。
──違う。これでは自分がここに座っている意味がない。
サラウエーダが自分の過ちに思い至るまでには数秒も要らなかった。
「待って……。待ってよ……?」
サラウエーダは再び自分の端末を繰り始める。アドバイザーチームからのメッセージ群は視界に入らないよう奥の方へと押し込んだ。
彼女がいま求めていたのは、外野からの助けではなく、彼女がその人生の大半を捧げた研究から得られたデータ群であった。
そこには先ほどからリアルタイムでモニターし続けている、とある〈力場〉の観測値がグラフ化されて示されていた。
やがて顔を上げたサラウエーダが決意に満ちた目で艦橋を見回して告げる。
「〈ヴォーグ〉を使いましょう」




