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◆4-5:サラウエーダ アトラス号艦橋(1)

「作戦司令。たった今、ドッキングシークエンスのコントロールを喪失しました」


 アトラス号の艦橋がにわかに慌ただしさを増す。

 アトラス号はすでに宇宙探査艦ベルゲンから離脱したと見られるE16避難区画の至近距離まで近付き、それを包み込む〈宇宙クラゲ〉の内部にまで侵入を果たしていた。

 三日を掛け、十分に減速した〈宇宙クラゲ〉は、すでに宇宙相対時速百万㎞を割り込む、ほとんど静止していると言ってもよい微速で漂い浮かんでいた。


 元の数十分の一に引き千切られながらも、未だ百㎞超の全長を持つ巨大有機生命体の大きさは、E16区画とアトラス号を包み込んで十分に余りある。

 〈宇宙クラゲ〉は後方から接近するアトラス号を検知すると、一本の長大な触手を新たに生え伸ばし、赤く輝く船体に触れ、被膜の内側へと吸い寄せたのだった。

 アトラス号は緩やかにうねるトンネルを運ばれ、この〈宇宙クラゲ〉の核ともいうべきE16区画のドッキングベイに接弦する。そうなる以前にアトラス号は推進動力を落とし慣性航行に切り替えてある。

 すべて〈宇宙クラゲ〉に内包されたナノマシンによって制御されるオートマチックなドッキングシークエンスである。


 万事順調。あとはもう、居住区画とアトラス号の昇降ゲートを繋ぎ、物理的に行き来できるようにする最終工程を残すのみとなったところで、彼らはそのトラブルに見舞われたのだ。


「原因は?」


 報告に対し問い返すサラウエーダの声には僅かに緊張の色が見られる。


「相手側のリクエストです。手動で中断された模様」


 問題が生じた割に、オペレーターの声は終始落ち着いて聞こえた。

 緊急時にも容易に取り乱すことがないよう、日頃からそのような訓練を受けているのかもしれない。


「向こうのシステムへの強制介入はできる?」

「可能です」


「…………」

「実行しますか?」


 オペレーターから催促を受けてもサラウエーダはなかなか返事をしようとはしなかった。

 彼女の判断を待ち、アトラス号はその動きを止めている。

 その間もオペレーターらは次に下るであろう指示の準備に余念がない。実行可能なアクションリスト。それらに対する〈オラクル〉の支持率の問い合わせ。関連する各種パラメータのチェック。

 水面下でそれらの処理を走らせながら、艦橋にいる皆が、現場の指揮官たる彼女が次に発する声に耳をそばだてていた。


「待って。その前に話をしてみましょう」


 彼女が下した判断は十分に穏当なものであった。

 子供だけが乗る艇だという前情報さえなければ、真っ先に実行されていたであろう通信の確立である。


「相手方艦橋への呼び出しを開始します」


 実際、かなりの確率でそうなるだろうと予期していたオペレーターは、待機させていたコマンド群を遅滞なく開放した。


「応答がない場合は緊急チャンネルから艇全体へ放送を流すこともできますが」


 サラウエーダの斜め後背から声を掛けたのは彼女の副官として付けられているシトロフロロである。


「あまり刺激したくはないわ。実行の前には確認を取ってもらえる?」

「承知しました」


 シトロフロロの提案に答えたのち、サラウエーダは艦長席に深く掛け直す。

 焦ることはない。これぐらいはトラブルのうちにも入らない。そう心の中で呟いて自分を落ち着かせようとした。


 彼女の手元の端末には、遠隔でこの艦橋をモニターしているアドバイザーチームからのメッセージが幾つも重なって表示されていた。

 特に主張が激しいのは安易にコンタクトを取ることで精神汚染が生じる懸念を表明するメッセージだ。

 サラウエーダはそういった可能性にも十分留意していることを示すためメッセージに既読を付けて黙らせる。


 それらのメッセージの発信者はサラウエーダの研究局とは競合の立場にある科学者だった。このアトラス号が発進する直前まで同乗をせがんできた彼らを諦めさせることには随分と骨が折れたことだろう。

 その調整はサラウエーダではなく連盟政府の仕事だったが、絶えず流れてくるメッセージの苛烈さを見るに、その苦労は容易に推し量れるというものだ。

 サラウエーダにしたところで、もし作戦指揮に選ばれたのが自分のチームではなく、別のチームであったのなら、自分だって同じように発狂せんばかりの警告をこの艇に向けて送り続けていただろうと思う。


 サラウエーダたちがE16区画に呼び掛けを始めてからほどなく、艦橋に一人の若い男が駆けこんできた。

 その飛び跳ねるような足取りだけで彼の興奮──昂揚が読み取れる。

 ソリド族特有の直線的な稜線を描く頭部。頭髪はなく、代わりに蓄光のような鈍い輝きで彩られた外見は、有機生命体というよりもアンドロイドのような印象を持ってしまう。

 男はサラウエーダが所属している研究局のナパという局員であった。


「局長。見てください、これ。かつてない数値です。桁がこれ……ごお、ろく……七桁は違いますよ」

「局長ではなく今は作戦司令よ」


 サラウエーダはナパが突き出してくる端末を片手で払う仕草で遠ざけた。

 それから怪訝な顔をするナパに向かって自分の手元の端末を指差してやる。同じデータは自分も見ているのだと安心させてやるために。


「今は細かい数値は追わなくていいわ。それよりタイムスタンプの同期は取れてる?」


 それでようやく、ナパは自分の見出した驚きが取るに足らないものだと捨て置かれたわけではないのだと理解する。

 まごつきながらも彼の上官に向かってうんうんと何度も頷いてみせた。


「は、はい。はい司令。大丈夫、のはずです」


「ちゃんと確認して。あとでリューベックの観測データと照合するんだから」

「はい」


「あと、待機中の〈ヴォーグ〉の値からも目を離さないで」

「はい」


「分かってると思うけど、パイロットの認知齟齬テストも実行を続けさせて」

「はい」


「あと……」

「はい」


「貴方、やっぱりここにいなさい。危なっかしくて、側で見ておかないと心配だわ」


 サラウエーダは一瞬躊躇(ためら)ったのち、そう言って、彼女の視界の端の席を指差した。

 作戦司令直々に指示を受けたナパは周囲に愛想を振り撒きつつ、空席だったオペレーター用のシートに着席する。


 E16区画から応答があったのはその直後である。

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