◆4-3:ケネスとメラン 通用路(1)
その話をイザベルから打ち明けられたとき、ケネスは神妙に頷きながら、これがそうなのか、という天啓の如き閃きを密かに噛み締めていた。
〈F3回路〉が紡ぐ、全宇宙の命運すら巻き込んだ壮大な物語の帰結のことである。
そうだと決めつけて考えれば、デバイスがあの赤髪の男の手からケネスの手へと渡った経緯についてもおおよその見当が付こうというものだ。
おそらくは、あの赤髪の男が死の際に託した願い──そうと意識しなくとも、無意識に紡いだ物語が、あのユフィという名の少女が救われる未来だったのだろう。
彼女はほとんどあり得ない幸運の重なりによって、沈みゆく定めの艦からの生還を果たしている。
その一事に関しては、ケネスも含め、今この艦にいる子供たち全員に当てはまることだが、あり得なさの度合いではやはりユフィが一際群を抜いている。
むしろケネスたちは、ユフィが生存するための条件として、奇跡のおこぼれに預かったと見なすべきではないだろうか。
それがケネスが組み立てた推論であった。
ケネスが成り行きで彼女を外殻の海から救い出すことになったのも。そして、ケネスの手にデバイスが戻ってきたことも。きっとその大きな流れの中にある。
赤髪の男の胸に兆した儚い願いはケネスによって引継がれたのだ。
二人の描いた物語が重なり、縒り合わされることで、目に見えぬ因果はさらに巨大な奔流となって渦巻いた。
数千年に渡って紡がれ、宇宙全体を覆い尽くす原初の因果すらも、いっとき上回ってみせるほどに荒々しく。
そうして、最終的に果たされるのが、ユフィという少女の生存──統一銀河連盟の版図からの逃避という結末であるに違いない。
イザベルの説明では詳しい理由まではよく分からなかったが、どうやらユフィは何者かによって命を狙われる身であるらしい。
救助艇の到着を間近に控えたこのタイミングでイザベルからその提案を受けたとき、ケネスは自らが果たすべき役割を直感した。
イザベルに頼まれたのは、相手の出方が分かるまでは皆から離れた場所で身を隠していて欲しいということに過ぎない。
だがそれは、このまま銀連政府に身柄を拘束されるわけにはいかないケネスの事情や思惑と十分に噛み合うシナジーがあった。
普通に考えればこの状況からの脱出など、絶対に叶うはずもない不可能任務であるが、少女の救出という文脈に載せれば、それは極めて確からしい現実味を帯びてくる。
途轍もなく薄い、極少の確率の上に為った物語であるほど現実化してしまうという、〈F3〉が生み出すパラドクス的な力である。
その出力のつまみは今現在も最大に振り切られていた。
ケネスは目の前でイザベルが今後の方針について説明を続けているさなか、既に心ここに在らずで、頭の中にこのE16区画の立体構造を思い出していた。
どの場所であればそれが最適だろうかと。ヴェエッチャたちが駆る宇宙艇をダイナミックにヒッチハイクするさまに思いを馳せていた。
*
一方。ユフィ──もといメランは、あれ以来自我を喪失したまま、長い混濁の時間を過ごしていた。
ユフィとしての彼は健在であり、ドッドフと戯れたり、ヘルハリリエたちのグループによって着せ替え遊びの人形役をやらされたりと、他愛のない遊びに興じていたのだが、自分をメランだと認識する元の自我の方は深い水底へと沈み、一度として浮かび上がることはなかった。
理由は、ケネスのことを危険視したアキラが、彼をユフィから遠ざけるよう画策したためである。
ケネスに警戒しろと彼の耳元で囁いたユフィと、皆の前で幼児のように振舞うユフィとが別の人格であることにはすぐに気付いたアキラであったが、彼女の自我を取り戻す鍵がケネスとの接触にあることにまではたどり着けなかった。
正確には、鍵となるのはケネスとの身体的接触ではなく、彼が隠し持ったデバイス──〈F3回路〉に接近することだったのだが、いずれにしろ、それをもってアキラを責めることはできないだろう。
遺伝子操作による地球人化を果たした後のノイテニア族では、これは過去に例のないことであり、つまるところ憶測の域を出ないのだが、生命の危機に瀕し幼生退行を起こしたノイテニア族にとってはおそらく、脳の中枢神経までもリセットし、丸っきり新たな個体としてやり直すというのが《《正常な》》生態反応らしいのだ。
その理を捻じ曲げ、メランの記憶と人格を押し留められた要因は、彼の燃え盛る情熱と執念……もあるが、ケネスが持つデバイスが創り出す力場の存在はそれ以上に欠かせぬものであった。
ヘルハリリエたちに横恋慕を詰られ囃されしながらも、ユフィに付きまとうことをやめず、彼女の覚醒を待つアキラであったが、その行為が却ってメランの妨げとなっていることに彼は気付けない。
救助艇の到着を目前に控え、イザベルがケネスにユフィを匿うよう頼んだことにも当然難色を示した。
そもそもアキラはユフィとミリィの謎めいた関係を知らない。
故にイザベルたちが抱く危機感も彼にはまるで伝わっていないのだった。
*
「どこまで付いて来る気だ?」
窮屈そうに首を後ろに回し、ケネスがアキラに問い掛ける。
「逆に訊くが、どこまで連れて行く気なんだ?」
ケネスは今度は身体全体を捩じり、彼の身体にベッタリしがみ付いて離れない緑髪の少女を見下ろした。
久しぶりに顔を合わせた途端にこの有り様である。
だが、彼が脱出の鍵と見なすユフィが、自ら寄って来てくれるのは実に都合がよかった。
多少歩き難かったり、身体的接触に気が咎めるくらいのことには目をつぶるべきだろう。
「俺たちは最下層の端まで行こうと思っている。君は戻った方がいい」
一緒にいると君に危害が及ぶおそれがあると、そんな趣旨のことを言い添えようとしたが、それでは何かを予見していたように疑われかねないためケネスはそこで言葉を切った。
これから起こることは──何が起こるにせよ──偶発的な事故として扱われなくてはならなかったからだ。
「俺も一緒に隠れる。お前ら二人だけになんてできるかよ」
「駄目だ。君は合宿の名簿とやらに名前があるのだろう? 皆と同じ場所にいなければ、艦内の捜索が始まってしまう」
「どっちにしろ救助隊が到着したら隅々まで調べるだろ?」
「…………」
確かにそうだと思ってしまったケネスは無言になるしかなかった。
実際、連盟の大人連中が本気になれば、一々歩き回って探すまでもなく、この艇全体をスキャニングすることなど造作もないはずだ。
隠れ潜むこと自体に意味はない。
ケネスは再びユフィを引き摺って歩き出しながら、最悪このアキラという少年も一緒に連れ去らねばならないだろうかと、アドリブの余地について考えていた。




