◆4-1:サラウエーダ 艦橋
「予定宙域に到達。現時より減速を開始します」
オペレーターによる事務的な報告。
それを包み込む静寂が余韻を残す。
正面にシアター状のメインモニターを頂く艦橋。
単独でのワープと亜光速航行が可能な宇宙船のそれとしては狭い部類にあたるが、そこに詰めている人々が心に宿す微妙な距離感が、彼ら自身に見た目以上の広さを感じさせていた。
各々自席に着座し、黙々と作業を続けているのは僅か三日前に招集を受けて集まったスタッフ十数名である。
もともとこの宇宙船の操舵を職務としていたクルーが半数で、残りの半数は主に銀河連盟の軍事部門に属する者たち。
さらにそこへ、少数ではあるがそのどちらにも属さない研究局上がりの人員が加わる。
いずれもハンザ艦隊旗艦リューベックにたまたま乗り合わせていたことを除けばほとんど接点を持たぬ者たちである。
彼らは四日前に突如消息を絶った宇宙探査艦ベルゲンの、唯一の生存者と見られる子供たちを救助するために、極秘かつ緊急に編成された特別チームであった。
作戦の指揮を執るのはこの中でも最も少ない派閥に属する年配の女性で、そのことが彼らの間に働く力学を、より複雑で繊細なものとしていた。
三日前までの彼女の職能は研究機関のいち局長に過ぎない。
彼女にこの種の作戦指揮経験などあるはずもなく、艦の航行と作戦行動自体はすべて軍部のプロトコルに沿って運用されていた。
軍に属する者たちには、任務遂行に支障ありと判断すれば、すぐさま彼女を更迭し、その任を引き継ぐようにという内示もなされている。
そして、元研究局長の彼女にしても、それぐらいのことを察する政治的嗅覚は持ち合わせていた。
「ありがとう。予定どおりにお願いします」
故に彼女が発する号令もおよそ現場の指揮官らしくない外様の物言いである。
決して彼らをコントロールしようという気配は見せず、承認だけを与える役割に徹する。
彼女──サラウエーダ・フィライドは今の任を解かれることを恐れていた。
ただしそれは、なにも彼女のキャリアや体面に傷が付くことを恐れていたわけではない。
彼女の精神は出世や保身などという個の欲とは遥かに遠い場所にあった。
彼女は、彼女の判断が必要となるときに、その場にいられないことを恐れていたのである。
表向きこれは、取り残された子供たちを救助するだけの単純なミッションであったが、ここでの対応を誤ることは、統一銀河連盟に属する人類全体の後退を意味するとサラウエーダは信じていた。
〈見えざる者〉に対し、自分たちは既に後塵を拝しているという自覚がそうさせたと言っていい。
銀連政府中枢の大多数は、40年前に起きたリョウザンパク艦隊の一大消失事件を、これまで向かうところ敵なしの快進撃(これは文字どおりの意味で。敵らしき存在などこの九千年来皆無であったからだ)を続けていた統一銀河連盟が外敵に対して喫した初めての敗北とみなしていた。
だが、サラウエーダは決してそうは思っていなかった。
敗北というなら自分たちは最初から負け続けていたのだ。
負けているという自覚もないままに。
自分たちよりも遥かに先をいく科学技術を有する何者か──〈見えざる者〉が、初めて立てたさざ波によって、自分たちはその存在をようやく知覚することができた。
自分たちの小舟が浮かぶ水面の裏側にずっと潜み続けていた別の意思。その背中を、影法師を、ほんの一瞬でも視界に収めることができたのである。
分かっていることといえば、直径1光年程度の空間距離で編隊を組んでいた108隻の宇宙艦隊が、何一つ異常を報せる間もなく突然に消息を絶った事実のみ。
サラウエーダが属するM理論研究局はそんな、姿も目的も能力も分からぬ〈敵〉に対する備えとして連盟内に数多く発足した研究機関のうちの一つであった。
自分が生きている間に彼らと相対する機会が巡ってくるとは思っていなかったが、ここに居合わせた以上、このチャンスは必ずものにしなければと思う。
ここでの失敗は単なる失敗では片付けられない。
仮に、彼女たちのアプローチが誤りであったと連盟の上層部が判断するようなことがあれば、M理論研究局は縮小、あるいは遺棄される恐れがある。
そうなれば、銀河連盟が彼らに追い付くための試みは大きく後退することになるだろう。
最悪の場合、彼らの痕跡に迫るチャンスはこれで最後になるかもしれない。
些か悲観的過ぎるようにも思えるそのシナリオは、彼らが操る力の正体に対するサラウエーダの見立て──M理論が正しいとするのなら、十分にあり得るシナリオであった。
「相手は子供よ。刺激だけはしないように気を付けてね」
急造のチームとはいえ、彼らとてプロである。
素人の彼女に言われずとも状況と要諦は把握しているはずであるが、それでもサラウエーダはそう念押しせずにはいられなかった。
すでに粛々となすべき仕事に取り掛かっている彼らにしてみれば、彼女のそれは間を外して呟かれた単なる独り言のように思えたであろう。
サラウエーダが身体を艦長席に深く埋め、視線を落とし掛けたそのとき、彼女の補佐として付いた軍属の男が口を開いた。名前は、確かシトロフロロ──。
「接舷までまだ時間はありますが、呼び掛けを始めますか?」
思いがけない問い返し。
さして重要とは思われない確認ではあったが、それは自分を単なるお飾りの位置に押し留めていたサラウエーダの意識を変える。
それがこちらの意見を尊重する気があるという意思表示であると彼女は受け止め、気を新たにする。
「ありがとう。そうね。彼女たちが常にオペレーションルームにいるとは思えないから、今は予定どおりに。私たちの接近と到着予定時刻を表示して報せるだけでいいわ」
「了解しました。司令。他に確認なされたいことは?」
「そうね……。こちらの船籍は、あちらに伝わっているかしら?」
「はい。航宙法に則り、常にオープンにしております」
「そう。ありがとう。折角ですものね。軍艦が迎えに来るよりはきっと安心するでしょう」
「はい」
軍属の男の言葉は短く、かしこまってはいるが威圧的ではない。
突然重責を荷わされることになった司令官に対し十分に気を遣われたものであった。
大丈夫。きっと無事にやり通せる。
サラウエーダは張り詰めていた気をようやっと緩め、椅子の背もたれに深く身体を沈み込ませ、そのまま接弦のときを待つことにした。
何かをつまむように狭められた指と指の間に、個人用のホロディスプレイが浮かぶ。
そこに表示されているのは、これから彼女たちが救助に向かおうとしている相手──ベルゲン主催の社会体験合宿の参加者。それに参加したことにより、不運にも事故に巻き込まれ、そして、計り知れない幸運によりそこから生還を果たした子供たち15名のリストであった。




