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◆3-15:メラン (2)

 途切れ途切れに訪れる短い覚醒を経て、あるときメランは自分がユフィの名で呼ばれていることに気付く。

 ユフィはメランの妹の名であった。

 単なる偶然の一致か。それともどこかから誤って情報を照会でもしたのか。おそらくは前者であろうが、仮に後者であったとしても、その取り違えには幾らか頷ける節もある。


 ノイテニア族の血を強く継いで生まれた双子の兄妹は、物心ついたときから〈超順応分子ウィッグ〉を付け、本当の髪の色と、性別が未分化である事実を隠して過ごしていた。

 性別を持たない赤髪の幼児が周囲から奇異の目で見られることを危惧した両親がそうさせた。いや、半分は単に二人を識別する都合だったのだろうと思う。

 幼年期のメランが付けていたウィッグは金色。そして妹のユフィのウィッグは、今のメランがしているのと同じ、明るいライムグリーンだった。統一銀河連盟のデータベースに残されている彼女の、最新にして最後の識別画像もそう。

 容姿からデータベースを逆引きし、何らかの拍子で誤ってユフィの画像がヒットした──。そういう可能性ならば、絶対にないとは言いきれない。成人する前の二人は、髪の色を除けば両親でも見分けが付かないほどよく似ていたからだ。

 七年前に途切れた彼女のプロファイルが、そんな偶然によって新たなログが刻むことになったと考えると感慨深いものがあった。


 もし自分が妹のユフィと混同されているのだとすれば、じきに誰かがその不整合に気が付くだろうか。

 それからベルゲンに警備員として配属されていたその兄メランと遺伝情報が一致することを突き止め、治療を試みてくれる?


 そこまで考えて、メランは随分と虫のいい空想だと自嘲する(今はククと喉を鳴らす自由すら与えられていないのだが)。徹頭徹尾、他人任せ過ぎるし、それはメランの性分ではない。

 何もかも受け身で事が運ぶのなら何も考える必要はない。考える力があるということはその力が必要だからだ。僅かでも残ったこの力が。


 メランは意識が覚醒している間の限られた時間の中で、自分の身の回りで起きている事象を可能な限り観察しようと努めた。未来に備えて記憶した。どこかに自分の身体の主導権を取り戻すためのヒントはないかと抗い続けた。

 不規則に揺蕩たゆたう意識と無意識の並びに何か法則性はないのだろうかと考える。

 果たして自分は回復しつつあるのか。それとも僅かに明滅を繰り返すこの自我も、徐々に失われようとしているのだろうか。


 だが、前回の覚醒から次までの間に、どれだけの時間が経過したのかという、そんな些細な情報すらも今のメランには満足に知る術がなかった。

 気が付けば餌付けをされるひなのように口に物を運ばれているし、気が付けば裸にされ熱い湯で洗われている。

 ただそれを感じているだけの微睡まどろみのような時間。それが大半であったが、それでも時折、明晰な思考を働かせることができるスイートスポットと呼ぶべき時間帯が訪れた。

 自分の脳神経に何が起きているのか、メラン当人には到底分かるはずもない。故にほとんど直感的な思い付き──便宜上のイメージに過ぎなかったが、分断された神経回路が奇跡的な結節を果たし、自分を取り戻す瞬間がある。メランにはそのように捉えられていた。


 そして、何度かそれが繰り返されると、その奇跡のような瞬間に、とある共通項があることに気が付くのだった。

 メランが明晰に思考を働かせられるとき、決まって近くに美しい銀髪の少年がいるのだ。

 探査船団社会において、極端に地球系に寄せた容姿は別段珍しくないのだが、どことなく他の子供たちとは違って見える。落ち着いた物腰と、憂いがちな表情の少年。

 彼の存在がメランの脳神経を活発にするのか。あるいは思考が明晰になるのは何か別の理由であって、偶々そのとき近くにいるから彼のことが気になってしまうのか。

 どちらが正しいかは分からないが。この際、理屈はいい。

 メランにとっては僅かに見出したその規則性だけが光明であった。


 自由にならない自分の肉体に向かって、幼児のように振舞うもう一人の自分に向かって、メランは懸命に語り掛ける。

 あの少年を追えと。

 自分には彼が必要なのだ。

 できるだけ近くに、なるべく長い時間一緒にいることが必要だ。

 理由は分からないが、あの少年の存在は自分のズタズタに引き裂かれた脳神経を繋いで賦活させるようなのだ。

 ただの思い込みかもしれない。だが、そのように強く信じることにも意味があるはずだと、自分に暗示を掛けるようにして言い聞かせ、そのことだけに専心する。その思い込みにすがりつく。


 狂気にも似たその熱が遂には壁を徹し、現実に介入せしめたのだろうか。

 それとも単に、もう一人の幼い自分の人格が彼のことを気に入っただけかもしれないが、メランが望んだとおり、皆からユフィと呼ばれる少女は、ケネスと呼ばれる少年によくまとわりつくようになった。

 随分他人行儀な表現だが、物事を俯瞰的にしか見られないメランにとってはそのように認識される。少女、というのも周りが自分をそのように扱うのだから仕方ない。


 ともかく、分別をわきまえない幼児性を盾に、ユフィはケネスとの身体的接触を気安く求めるようになった。

 そして、二人の接触頻度が増えれば増えるほど、メランが覚醒していられる時間も着実に増えていった。

 それだけでなく、ユフィ自身も、徐々にではあるが一端の知性らしきものを備え始める。

 未だ、肉体年齢並みとは甚だ言い難いものではあったものの──。

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