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◆3-14:メラン (1)

 ユフィ、あるいはミリィとして認知されていたこの時分のメランの内面、心情、自意識が、如何なるものであったかを他者に向けて説明することは難しい。


 ひとまず正確性に関しては潔く放棄するとして、ありきたりな、分かり易い言葉で言い表すとすれば、半眠半醒ということになるだろうか。

 あるときは幼年期の自分と混同し。またあるときは誰でもない、自己というものが曖昧な、反射と生理反応の中に埋没した微かな存在としてそこにあった。


 藻掻もがき抗うべき手足を持たず、胴と頭だけの存在となって大海を漂う様子にたとえてみてもよいだろう。

 自分ではどうにもならない波や潮のうねりによって浮き沈みを繰り返し、ごく稀に、波の気紛れで首が海面の上に出たとき──思い出すのだ。自分がメランであるという事実。果たさねばならない使命があったことを。


 だが思い出したとしても、それはごく短い、束の間のことだった。

 それに、自分が誰だか分かったところで成す術がない。

 自分の身体は自分ではない他の誰かが動かしていて、自分はそれを端から見ていることしかできない。

 彼の精神と肉体は分断され、その二つを疑いもなく同一のものだと錯覚できていたあの頃には戻りようがないのだった。


 混乱と絶望の時間が過ぎたあと、メランは以前デュオクト族の友人に、二重の人格を持つとはどういう感覚であるかを興味本位で訊ねてみたときのことを思い出した。

 あれは確か、メランが変態を経て、念願の男性の肉体を手に入れてすぐの頃だった。


 別々に考える他人が、共通の肉体を操る不思議。それに、どうやって二個の記憶を共有して断絶を回避しているのかという率直な疑問を呈す。

 その友人によれば、外からは一見対等に見える二つの人格も、その実は明確な主従があるのだという。

 面白いことに、自らを従属スレイブと考える人格の方が、より多くの情報にアクセスすることができていた。従を荷う彼は、身体の主導権を失っている間にも僅かながらに意識を残し、主人マスターが取った行動や考えを知り得る立場にあるのだった。


 デュオクト族や彼らの研究者たちによると、彼らの二重人格は、睡眠時間という野生生物としての弱点を克服すること以外に、高度な知的生命体としては、マスター人格に俯瞰的な視座を与え、より適切な選択を促す優位性を得るために洗練された遺伝的特質だと解釈されていた。


 そのことを思い出してから、メランは、今の自分が置かれている状況は、彼らで言うところのスレイブの状況に近いのかもしれないと考えるようになった。

 唐突に従の立場に追いやられたことは不服ではあるが、それでも完全に自我を失ったり、命を落としたわけではないことには感謝すべきだろう。


 メランがメランであったときの最後の記憶は、子供用の気密服を着用し、避難艇に向けて降下している最中、視界いっぱいに広がった眩い光と〈宇宙クラゲ〉内に巻き起こった重力の奔流に飲まれたところで途切れている。

 一体、あそこからどういう奇跡に恵まれれば生還が叶うというのだろうか。

 それに、救助されたにしても周りの状況はかなり奇妙だった。


 身の周りで世話をしてくれる少女たちの容貌には見覚えがある。最初に焦点が合ったのは、スカイブルーの髪が美しいスペースヴァンパイア種の少女だ。印象的だった彼女のおかげで、今の自分がベルゲンの農場区画で出会ったあの子供たちと一緒にいることは理解できた。

 艦全体が混乱を極める中にあって、彼女たちは無事脱出を果たすことができたらしい。それ自体は喜ばしいことだが、問題は幾ら探しても彼女たち以外の、所謂大人の姿が見えないことだった。


 もしやこの艇に大人は一人も乗っていないのだろうか?

 彼らを引率していたはずの先輩警備員のミゲルはどこに?

 外殻の海から自分を拾い上げ、助けてくれたのは彼女たちなのか?


 現状を受け入れたのち、メランは懸命に思考を巡らせ始める。

 彼には命に代えても果たさねばならない使命があった。

 宇宙探査艦ベルゲンを襲った〈見えざる者〉に関して知り得た情報をなんとしても同胞たちに届けることである。


 だがしかし、幾ら心の内側で闘志を燃やそうとも、闘志だけで現状は変えられない。

 スレイブに過ぎない今のメランは指一本、舌先一つ動かすことができないのだ。

 デュオクト族とは違い、今の彼の身体を操るマスターは、およそまともなコミュニケーションが成立しそうもない無垢イノセントであった。

 もっとも、仮に成熟した知性を持ち合わせていたとしても、メラン自身、もう一人の自分に向かって語り掛ける、などという器用な特技は持ち合わせていなかったわけだが。

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