☆銀連TIPS:『E16区画』
宇宙探査艦ベルゲン外縁に接続するE16区画は多星系連合企業オムボパフスイート社の資本で建造されたモジュール区画である。
居住区用途でありながら有事の際にはそれ自体が巨大な避難艇として機能することを特徴としたその設計は、当時としてはかなり珍しく、その後約二百年間続くことになる同型モデル建造ブームの走りとなった。
しかしながら、それからさらに二千年が過ぎた今、その設計思想は完全に廃れ、一般には他に数多あるモジュール区画に混じって存在するきわものモデルの一つという位置付けで認知されているに過ぎない。
設計と販売に関わったオムボパフスイート社も、実際の建造業務で中心を荷ったアラモバイアラン社も、既に実態のある業務履行法人としては存在せず、今は銀河連盟の記録維持法に基づき、法人格仮想サーバー内に僅か数百ゼタバイトの文字列を残すのみとなっている。
一見、合理的に思えるこのコンパクトなモジュール区画が、大宇宙資本経済の生態系を生き残ることができなかった最大の理由は、彼らが自社製品の売りとして煽り散らかしたリスク──有事というものが、ただの一度も起こらなかったことにある。
それはなにも二百年やそこらのタイムスパン内の話ではない。
ベルゲンやE16区画が建造される遥か以前から、彼らの宇宙探査艦が(メンテや訓練のときを除き)避難艇の発進を必要とするほど差し迫った危機に見舞われた事例はそもそも存在しなかった。
決して起こることのない危機に備え、その設計思想を先鋭化させた結果、指数関数的に嵩み始めた建造コストを前に、あるとき皆がその当たり前の事実を思い出したのである。
終わってしまえば、二百年の間花開いた建造ブーム自体が一種の気の迷い。群衆心理が暴走した流行り病のようなものであったと言えよう。
おそらく当時の彼らは、自分たちが打ち立てたものを過小評価していたのだ。彼ら知的生命体──地球人類を始めとし、宇宙全体に版図を広げるヒューマノイドの科学技術を。
彼らが持てる叡智の全てを注ぎ、極限まで突き詰めた堅牢性──〈宇宙クラゲ〉に代表されるそのシステムは、彼ら自身が起こし得るあらゆる種類のミスや認知的不和を覆い包み、致命的な事故を未然に防ぐことが可能だった。僅かな例外もなく完璧に。
また、そうでなければ、彼らの当て所ない旅路──探査船団による大航海計画──が大きな反対運動もなく、ここまで順調に拡大することはなかったであろう。
捕食者の脅威をなくした鳥が飛ぶことをやめたように。調理を覚えたサルが咀嚼するための頑丈な顎を必要としなくなったように。有事の際に避難艇にも転用できるというモジュール区画の強みは無用の長物となったわけである。
だが、歴史とは繰り返すもの。また、物事とは不完全さと切り離せぬものである。
統一銀河連盟と探査船団社会はおよそ二千年ぶりに彼らのシステムを見直す必要に迫られていた。
彼らが立ち向かうべきは、もはや自らが内包する誤謬や注意不足、設備の劣化などではなかった。
彼らに対し、明確な敵意をもって攻撃を仕掛けてきたと思しき、〈外敵〉との遭遇が彼らに新たな備えを促したのだ。
その転換点は言うまでもない。今から僅か40年前に起きた〈探査船団リョウザンパクの大消失事件〉である。




