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◆3-7:セス シャワールーム

 ここは暑い。

 暑いのは嫌だ。

 冷たくして、と頼みたかったけど、言葉が上手く話せなかった。

 だったらいい。

 僕がここから出て行くよ。

 湯気のカーテンをかき分けるように、泳ぐようにして出口を探す。

 けど、すぐに肩をつかまれ、座っていた椅子の上に引き戻された。

 また熱いシャワーを頭の上から掛けられる。

 これは意地悪。もしかして、いじめというやつだろうか。

 まるで、こちらを犬か何かのように無理矢理洗おうとする手。

 そういえば犬がいたな。

 大きな……、フカフカの……。

 猫さんもいた。

 触ろうとしたら逃げられてしまった。

 ここは……、あれ? ここは保育園だっただろうか。

 ミャウハ族のミネルネネのことが僕は大好きだった。

 ミネルネネは保母さんで、僕にだけ尻尾を触らせてくれた。

 こっそり。男の子たちには内緒だよって言って。

 だけど僕は……、あれ? なんだっけ?

 あ、そうだ。僕は、男になりたかったんだ。

 お父さんみたいに強くてかっこいい大人の男に。

 ミネルネネは僕を女の子だと思ってて、それが分かったから僕は、ならいいやって言ったんだ。

 ……ああ、やっぱりここは暑いな。暑いよ。


  *


「えっ、いま熱いって言った?」

「ううん。シャンプー取ってって言ったのよ。けど、もういい」


「じゃなくてこの子。ユフィ」

「えぇ?」


 まだ泡をすすぎきれていない髪を掻き上げながらセスが顔を上げる。

 もうもうと立ち込める湯気の先では肌をピンク色に上気させたイザベルが、ユフィの身体を押さえ付けながら、緑色のウィッグごと髪を洗うのに奮闘している。

 スーパーアイドルミリィとそっくりの少女──セスの見立てではミリィの予備素体リザーブのクローン──は目を懸命に閉じて何かを堪えている。手取り足取り洗ってもらっているというのにとても迷惑そうだ。

 彼女の肌は、イザベルと同じくらいピンク色に、いや、それよりも酷い。ちょっと火傷したみたいに赤くなっていた。


「実際、熱いんじゃないの? 肩のとことかちょっと可哀そうな感じになってるじゃん」


 後でミリィの事務所から、うちの資産が傷モノにされたと訴えられでもしたら堪らない。でも、傷モノという話なら、それより先に胸の中央に走る傷痕の方だ。これは拾ったときからこうでしたってはっきり主張しよう。

 そんなことを考えながら、セスは顔を近づけ、もう一度ミリィの胸の谷間を凝視する。

 いや失礼。谷間というほどの起伏はないのだった。まだ。今のところは。


 セスもイザベルも、最初は気付かなかったのだが、艇のインフラが復旧し、こうしてシャワーを使えるようになったことで、彼女の鎖骨の間から、みぞおちの辺りにかけて、傷の修復痕のような線があることに気が付いた。

 周囲の血色が良くなることで、皮膚の内側にある白い組織が浮かび上がって見えるようだった。

 何かの施術を施した縫合痕だろうか。

 しかし、探査船団社会の医療技術で、ましてやあのミリィ・クアットのチームが関わる医療でそんなヘマをするとは思えない。

 怪しい。何か不穏な臭いがする。


「ここからあんなに育つのかな? 今なら、私の方があるのにねー」


 そう言いながらイザベルが片手で洗う振りをしてユフィの平板な胸を揉みしだいた。

 ユフィが身体をくねらせ、その手から逃れようと暴れたせいで、椅子から滑り落ちそうになる。


「やめなさい。自我が回復しつつあるのかもって、ベルが自分で言ったんじゃない。後からあれはセクハラだったって訴えられでもしたらどうするの?」


 艇のコントロールルームの出来事については、全てが一段落した後でセスもイザベルから聞かされていた。

 このミリィの幼いクローン体が何故か銀河連盟の成人としての生態認証をパスできたこと。それと、ベルゲンの艦長が残した緊急マニュアルを最初に見付けて指差したのも、このクローンだという話。

 前者はともかく、後者はたまたまそう見えただけではないかと、一応は反対意見を述べておくのがセスの役割だった。

 興奮気味に話すイザベルに対し、バランスを取る意味で自然とそんな応対になったのだが、本当のところどう解釈すべきかは、セスにも判断が付かない。

 あの混乱の中で、外殻の海から拾い上げたこの不思議な少女の生い立ちについては、どんな突飛な真相でも納得してしまいそうな気がしていた。


「その手伝いをしてるのっ。刺激を与えてね。これで回復したら、逆に感謝してもらえると思うわ」


 腰に手を当て、セスに向かって抗議するイザベル。

 下ろした手に持っていたシャワーの口が上を向き、ユフィの顔面を下から叩く。

 ユフィは、うわぷと顔を逸らせつつ、両手をわたわたと動かし、噴水をせき止めようと藻掻もがいている。


「だといいけど」


 コントロールルームでは明らかに意思があるような振る舞いを見せていたという話だったが、セスが見たときにはすでにこの通りの有り様に戻っていた。

 促せば物を食べたり用を足したりはするので、人形よりは幾分マシだが、幼い見た目よりもさらに知的レベルは低く、間違っても正規の認証をパスできるような大人の女性には見えない。

 だが、そもそも最初に目覚めてすぐの頃は、曲がりなりにも会話らしい会話が成立したのだし、そのあとも鏡を見て自分のことをユフィだと名乗るぐらいの知性はあったわけだから、この三歳児なみの反応が彼女の本来の状態だとも思えない。

 ユフィとミリィの関係を訊き出すためにも、リューベックからの救援が到着する三日後までに、どうにか彼女の記憶が回復してくれるとよいのだが……。


「あっ。待って! まだ終わってないわよ!」


 イザベルから与えられる刺激がよほどお気に召さなかったのだろう。

 遂にユフィは自分を攻めさいなむ熱い噴水への効果的な対抗手段を思い付き、座っていた椅子を蹴飛ばして駆け出した。

 ユフィはシャワールームから跳び出すと、そのままの勢いで脱衣場の先へと走っていく気配があった。言わずもがな丸裸で。


 刺激を与えることが彼女の損傷した脳機能を回復させる一助になるはず、という主張を裏付けた格好だが、慌てたのはその主張を行ったイザベル当人である。


「や、やばいやばいやばい」


 イザベルが急いで後を追おうとするが、彼女とて水を滴らせた裸体である。加えて今のユフィには望むべくもない、乙女の恥じらいも持ち合わせていた。

 イザベルはタオルで前を隠しながら脱衣所のドアから頭を出して外の様子を窺ったものの、そこにユフィの姿はなく、廊下の先へと続く水滴の跡でかろうじて走り去った方向が分かるだけだった。


「ユフィー!? 戻ってきて。お願いだからー!」


 廊下に向かってイザベルが嘆願するものの返事はない。


「急いでねー。もうすぐ男子たちと交替する時間よ?」

「分かってるわよ!」


 シャワールームから反響して聞こえるセスの声に応えながら、イザベルは水気をぬぐうのもほどほどに、短パンにチューブトップという軽装で脱衣場から飛び出していった。

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