◆1-7:奇妙な二人組 第三機関室
無機質な灰色に彩られた広大な空間の中、百メートルは優に超えようかという高さに掛かる鉄橋。その上方には、さらに遙か彼方、視界が霞むほどの距離に丸い天井が見えている。
鉄橋に立ち、この広大な空間を縦に貫くメタリックブルーの巨大な円柱を上から下まで見回しながら、男が呆れたように言い放つ。
「馬鹿でけーなあ。たかが亜光速程度で航行するのに、こんなドデカいもんが必要かあ?」
丸々と太った、真球のような体形の男だ。ちょいと小突けばどこまでも転がっていきそうな胴体に、申し訳程度の手足と頭が付いている。そんな印象。
「この艦の質量を考えりゃ順当だろう。あまりこいつらを見くびるなよ?」
答えた男の方は対称的にガリガリに痩せた体形をしていた。丸型の男の倍ほどもありそうな長身で、それでいて体積はその半分ほどに見えた。その手には赤い血がぬたりと光った刃物が握られている。
長身の男はその長い脚で足元に転がる死体を跨ぐと、懐から掌に収まるサイズの薄いカード状のデバイスを取り出し、丸型の男に投げて寄こした。
「原始的だって言ってんじゃないよ兄弟。そもそもこんな大所帯で飛び回る必要性がないってことよ。まー、ストラテジーの違い? あーいや、イデオロギー? 物事はもっとコンパクトにいかなきゃ」
鉄橋を塞ぐようにして立つ──およそコンパクトとは言い難い体形の──その男は、自分が手にしたカードを手元でひらひらと返しながらぼやく。そして、長身の男に向かい仕草と表情で、これどうするんだっけ?と訊ねた。
「ぶっ壊す前にスキャンだろうが」
「ああ、そっか」
「彼を知り己を知れば百戦殆うからずってな」
「ハンニバルだっけ? あー、待って、当てるから。……山本五十六だ」
「孫子の兵法だろうが」
二人がいる鉄橋は巨大な円柱をぐるりと囲むようにし、その円環から幾つかの脚を伸ばして周囲の壁に向かって張り巡らされていた。
長身の男の後方には、この機関部の作業員たちが死体となって転がっている。いずれも喉をひと掻きされて絶命しているようだ。間違いなく手練れの仕事であった。
丸型の男はのそのそと移動し、デバイスを円柱に向けて翳す。ただの平べったいカードに見えていたそれは、今は小型のモニターとなって、この艦の心臓たるエネルギー炉の内部構造を透き通して見せていた。
ふと、丸型の男が視線を下に落とし、鉄橋の角から顔を出す瀕死の男と目を合わせる。
「あ」
微かな風切り音が二発。その後さらに、とどめの一発が鳴った。
いつの間にか丸型の男の右手には小型の銃が握られている。
「これ兄貴のだろ? 困るよ、半端な仕事は」
脳天を三発の銃弾で撃ち抜かれ、白目を剥いて絶命している男の喉元には鋭利な刃物で切り裂かれた傷痕が大きく口を開けていた。その男の手から銃が零れ落ち、重い音を立てる。丸型の男は事もなげにあしらって見せたが、少しでも反応が遅れていれば撃たれていたのは彼の方だっただろう。
長身の男が丸型の男の両肩に手を掛けて覆い被さり、上から覗き込むようにして死体を検分する。
「悪ぃ。思った以上に個体差が大きいな。致命部位がそれぞれ違うんだ。気を付けねーと」
「この異星人どもの身体も全部スキャンしとく?」
「余裕があったらな。先にそのデカイの終わらせとけ。〈一番乗り〉の仕事だ」
「うーい」
丸型の男が、片手で照準を絞るような戯けた仕草で再びデバイスを掲げる。
その手が、突然見えない何かに殴り付けられたような衝撃で吹っ飛んだ。
彼の左腕が、つまんだデバイスごと鉄橋の柵を構成する壁面に打ち付けられる。そして打ち付けられたが最後、左手を丸ごと覆った白いとりもちのような物体が、彼をその場に縫い付け動けなくさせる。
丸型の男は咄嗟に何が起きたのかも分からない。応戦を考えるより前に、思わず衝撃が来た方向に身体を開いて目を凝らした。
目の覚めるような鮮やかな赤色の髪。
一瞬それに意識を奪われそうになるが無論それどころではない。一呼吸ののち、コガネイは赤い髪の男が銃でこちらに狙いを付けながら走り込んでくることを認識する。円柱に沿って湾曲した鉄橋の先から回り込んでくる。
「まだいやがったか。いや、増援か?」
長身の男は身体の大部分を鉄橋の手摺りより下に沈め、周囲に目を配っていた。視界で動くのは遠くから走り込んで来るその男一人のみ。最初からここにいた連中とは装備が違うが、動きから見て組織立って行われている反撃ではなさそうだった。
赤髪の男が足を止めて、ダン……、ダン、ダンと散発的に発砲する。しかし、銃弾はいずれもあらぬ方向へと逸れてしまう。
使用されているのは最初に当ててきたのと同じ非殺傷弾のようだった。下手をすると目で追えそうなほど遅い弾速。どうやら着弾と同時に体積を膨らませ、相手を拘束する仕組みらしい。
艦にとって重要な機関部を傷付けるわけにはいかないからだろうが、悲しいかな、その射撃精度はこのレンジで撃ち合いをするようにはできていない。
「あっ、ああ兄貴っ!」
情けない声を上げて助けを呼ぶ大きな弟分の方に視線を向けると、銃を握っていたはずの彼の右手が左手首に纏わりついた白い粘着性の物質に捕らわれているのが見えた。不用意に手で剥がそうとして触れてしまったに違いない。
「あー馬鹿、なにやってんだよ」
折角優位に撃ち返せる好機だったのに……。そんなふうにボヤきかけたが、その言葉と考えを心の奥にしまい込む。代わりに粛々と対処にあたる。
男は鉄柵の陰に身を隠したまま、相棒の両手を縛るとりもちに向かって自分の得物をあてがった。
刃渡り30センチほどの鉈のような形状をした刃物がとりもちに触れると、低い唸りを上げて振動し、触れた先から粘性を奪う。とりもちはものの数秒でボタボタと垂れ落ちていった。
そうしながら男は鉄橋の上を駆け込んで来る足音に耳を傾け、相手との距離を周到に測り続ける──。