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◆3-2:ケネス 医務室(2)

「──だから、無意識だからさあ。別に相手が誰だろうと関係ないと思うのよね。単にそこにいたのがケネスだったってだけで」

「そう? 助けてもらった相手だからって考えるのはそんなに変?」


 ベッドから降り立ったケネスはすぐにでも医務室を出て行きたかったが、唯一の出入口をイザベルとネムリの二人に塞がれ、そうする機会を失っていた。

 感情的で多弁なイザベルと手短に淡々と話すネムリ。対照的な二人の会話は逆に、凸が凹にはまるようにしっくりと噛み合い、外から付け入る隙をなくしていた。


「変というか理屈に合わない。気を失ってたのよ? 百歩譲ってあのときはまだユフィに意識があったんだとして、お互い気密服を着てたのに、相手がケネスだったなんて分かりっこないわ。匂いも分からないでしょ?」

「……だから無意識でって言ったんだけど……、もういい。そこまで興味ない」


 どう見ても二言三言反論を残して話をやめたネムリの様子にイザベルは不満を募らせ、もう一度食って掛かろうと息を吸う。が、そのときようやく彼女の視界の端に、所在なさげに立つケネスの姿が映り込んだ。


「ご、ごめん。ほったらかしにして」

「いや、俺は……」


「まあ、でもそういうわけなの。何を試しても離れようとしなかったから、そのまま寝かせておくしかないかーって。寝苦しくなかった?」

「いや……。どれくらい気を失ってた、俺は?」


「えっとー……、一時間? いや、ここに運ぶまでの時間も含めたら二時間くらいかな」


 イザベルが袖口から覗かせたリストバンドのようなものに軽く視線を置いてからそう答える。


「二時間……。もっと眠っていたかと思った」


 ケネスはそう口に出しながら、イザベルの手首の位置を名残惜しそうに追っていた。


「あ、これ? 船団の子供たちは皆持ってるよ?」


 ケネスの視線に気付いたイザベルは、一旦は下ろした袖口を広めにめくり腕を立てた。笑顔を作ってはいるが、何故か少し恥ずかしそうな表情に見える。


「使ってるところは初めて見た」

「んー。まあねー。私らの年頃だとちょっとねー」


 サービスはそれまでだったらしく、イザベルは丸みを帯びたその端末をしまい両腕を後ろに組む。顔をうつむかせ、横目でネムリの方を窺う仕草。


「子供っぽくて嫌なの。ネムリみたいな大人用じゃないし」

「私のだって違う」


「制限付きってだけでしょ? 合宿の最初の日、あんたが無神経に端末取り出した瞬間、周りの空気が凍ったの、気付いてた?」

「……知らない」


 なんとなく険悪になった空気を察してケネスが会話を取り成す。


「……それで通信してるのか? その……救助の……」


 それは、探りを入れるやましさもあり、ケネスとしては切り出すのが多少躊躇(ためら)われていた話題でもあった。

 二人は互いに見つめ合い、どちらが話すか相談し合っているように見えた。

 二人にしか聞こえない無言の会話のあと、結局説明はイザベルが受け持つことになる。


「実は、連絡はできてないの」

「じゃあ、別の方法で? 下で管制室のような場所は見たが」


「そうじゃなくて。嘘なの。ベルゲンの本艦から分離したあとは……、ううん、その前だって、大人の人とは一度も連絡が取れてない。私たち完全に、子供たちだけで遭難しちゃってる状況なのよ」


 イザベルがケネスの前でこれほど深刻そうに話すのはこれが初めてだった。

 ケネスとて、そんな可能性も幾らか考えないではなかったが、本来部外者である彼はその告白にどう反応を返すべきか分からなかった。

 いや、きっと血相を変えて慌てて見せる場面に違いない。だが、最初から自分にそんな器用な演技ができるとは思っていないケネスにはそんな選択肢が浮かばない。故にただ黙るしかなかった。


「もともとこんな子供用の端末じゃ、決まった相手としか通信できないし」

「それは大人用でも同じ。基本的に通信は同じ艦の中にいる人同士じゃないと不可能」

「だが、編隊を組んで航行しているはずだろう? 何か通信手段はあるんじゃないのか?」


 再び顔を見合わせる二人。

 次に説明を引き受けたのはネムリの方だった。


「〈協調単距離パルス通信〉のこと? 今発信すべきなのは全方位に向けた遭難信号。でも、どちらにしろ無理」

「ねえ、この話、誰にもしないでね? 皆、ほんとのこと知ったら不安になっちゃうから」

「あ、ああ……」


 今この場では、ケネスに向かってそう訴えるイザベルが一番不安そうに見えた。


「マニュアルは見つけたけど、それも意味がなかった。全部、正しい手順を踏めば認証をパスできることが前提で書かれてるから」

「最初から、子供しかいない状況なんて想定してないのよ。馬鹿よねー、大人って。何千年と運用しておいて、そんな初歩的な欠陥にも気付かないなんて」


 確かにそうだが、銀河連盟の大人たちにしても情状酌量の余地はあるだろう。

 話を聞きながら、ケネスはこの状況を生み出すに至った複雑な背景に思いを馳せていた。

 何千年もの運用に耐え、その間一度もその種の問題が露見せず、顧みられることもなかったとすれば、それは相当な堅牢性を誇るシステムであったに違いない。恐らく人の手が介在するものではなく、自動化された叡智の為せる業であろう。

 当然、システムが破綻した際の危険性を指摘する声はあっただろうが、事実として何千年も問題が起こらなかったという実績が、途方もない時間が、そんな声すらねじ伏せていった……。ある意味でそれは、〈F3〉が持つ強大な力と自分たちの構図にも似ている。


「……ねえ、貴方は……大人?」


 沈み込むように思索にふけっていたケネスをネムリの短い問いが釣り上げる。

 まるで竿の先の針が掛かったかのようにケネスの顎がクイと上を向いた。


「大人……? の、つもりだ。自分では」


 なかば反射的に答えてから後悔する。

 ここは不本意でも彼女らと同じ子供の振りを続けておく方が得策だった。会話の流れを考えれば、そう答えた後の展開は容易に予想できたはずなのに。


「ね? やっぱりそうだったでしょ?」


 ケネスの答えを聞き、イザベルが表情を緩めてネムリと顔を見合わせる。

 ネムリの方は相変わらず感情が表に出ない薄い反応である。


「ねえケネス。貴方がどんな惑星から来たのかは訊かないから協力してよ。どうしても大人の認証が要るの」


 イザベルが両手でケネスの手を握って持ち上げる。

 期待が込められた彼女の笑顔とは無関係に、ケネスは握られた右手の袖口に隠したデバイスのことが気に掛かっていた。そのことが無性に後ろめたく感じられる。


「協力はしたいが。大人の認証とは、どういうものだ?」


 銀河連盟人に支給される個人パスの類であればケネスが持っているはずもない。

 期待を裏切る結果になるのも酷であるし、そういった物を所持していないケネスの身元がにわかに怪しく見えることも避けられないだろう。

 これは困ったことになったとケネスは表情を硬くする。


「ベルゲンに乗る前、説明されなかった? 採血か、全身スキャンか。あ、検疫。検疫はあったでしょ?」

「大丈夫。特に説明されてなくても。認証は持ってるはず」


「ああ、そうそう。パスカードみたいな、物じゃなくてね。〈オラクル〉の方で勝手に個人の生体情報を読み取って蓄えてるはずなの」


 どうやら所持したり、ナノマシンのように体内に常駐させたりするものではないらしい。

 だが、そうだとしても、やはりケネスでは役に立てないだろう。ケネスたちは正規の手続きを経てこの艇に乗り込んではいない。正真正銘のただ乗り野郎(フリーライダー)だからだ。

 アキラという少年が〈見えざる者〉と言っていた呼び名はなるほどしっくりくる。銀河連盟のシステムにとって、ケネスたちは確かに認識不可能な見えざる者と呼べるだろう。


 きっと彼女たちの期待するような結果にはならない。

 そうは思ったが、何も知らない振りをするなら、ここで固辞するのは不自然だ。

 生体情報が登録されていないことはシステムが重篤な障害に見舞われていたからという理由で誤魔化せるだろう。

 そう判断したケネスは、仕方なく同行に応じることにした。


「よく分からないが……、やってみよう」

「うん。ありがとう。ダメ元だし。上手くいかなくても責任なんて感じなくていいからね」


 ドアを開け、イザベルとネムリに続き、ケネスが医務室から出ようとしたときである。

 背後から何かにぶつかられた。

 腰よりも高く、肩甲骨よりは低い位置。


 振り向くより先に、後ろからケネスの両腕を諸ともに抱き込んで巻き付いた二本の腕の方に気を取られる。

 全く殺気を感じさせることなく動きを封じられた。

 それがねらいだったなら相当な手練てだれであろうと舌を巻きつつ、ケネスがゆっくりと首を曲げて振り向く。

 背中に顔をうずめ、そこにしがみ付いていたのは、さっきまで寝ていたはずの緑髪の少女ユフィだった。


「あっ、いつの間にこの子っ」

「……やっぱり。なついてる」


 表情一つ変えず呟くネムリの指摘に対し、イザベルは表情だけでぐぬぬとうなった。

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