◆2-23:ケネス 通用路(2)
「分かった。案内する」
一刻も早く袖口のデバイスを操作したいケネスだったが、急がば回れの精神で彼女らに付き合うことにする。
それに、こういうときは無理に流れに逆らおうとすれば、思い掛けないトラブルで阻害されることも知っていた。それが簡単に思えることであればあるほど足元を掬われる。〈F3〉の力は全てを思い通りにできる万能の力ではないのである。
四人が歩き出してすぐ、イザベルが口を開いた。
「あ、あの艦橋みたいな部屋だったらいなかったよ? さっきセスと見て来たとこだし」
「うん。途中のトイレの中も覗いたけどね」
今の二人の話と、少し前に会ったネムリの様子を思い出して、どうやらケネスは得心がいった。
モグラじゃあるまいし、いくら何でもあんな狭い場所を寝床にして喜ぶ種族がいるわけがないと思った。
「……見つかるわけがない。(彼女は)そういう場所を探してたんだから」
「……どういうことだよ?」
ひとり何か思い詰めたように重い空気を背負う者がいるが気にしないことにする。どうせすぐに分かることだ。
何の変哲もない通路。T字の角の一つでケネスが立ち止まった。
イザベルとセスは互いの顔を見合わせ、アキラはポケットの中の物を握り締めながら固唾を飲む。
ひょっとすると取り掛かる前に一言説明すべきだったのかもしれないが、そのときには既に猛烈な眠気が押し寄せ、ケネスからまともに思考する気力を奪い去っていた。
目的のデバイスを手に入れたことで気が抜けたか。夜通しの探索で思いのほか疲労していたか。あるいはその両方か。白濁した意識でぼんやりとそんな自己分析をすると、そのことだけで脳はオーバーフローを起こす。
僅かに窪んだ壁の溝に指を這わせ、力を込めて持ち上げると、これまで壁面の一部だったハッチが90度の円弧を描きつつスライドし壁の内側に収納された。
突然現れた真っ暗な横穴に、今度はイザベルとセスの二人も息を飲む。イザベルが、嘘でしょ、と口の中で呟き両手を口に当てた。
「やっぱり! やっぱりお前……!」
いよいよアキラがポケットからスタンガンを取り出したが、そのときにはケネスはもう頭から両肩までを横穴に突っ込み、側溝に横たわるネムリの襟首に手を掛けていた。
窮屈な体勢だ。これが配線類のメンテ用に用意されたものだとしたら、設計者は何を思ってこんな使い勝手の悪い設計にしたのだろうかと心の中で悪態をつきつつ、ケネスは上体を引き上げる。頭をぶつけ、肩を激しく擦ったがそんな痛みに構うことすら億劫だった。
ケネスに両脇を抱えられながら俯き目を閉じるネムリの姿は一瞬、黒い額縁の中にバストアップで描かれた肖像のように見えた。
「え?」
イザベルの間の抜けた声。
それまで死んだように閉じられていたネムリの瞼がピクリと動き、眩しそうに震えながら開かれる。
ネムリはそのまま顎を起こし、真上にあるケネスの顔を見上げ、それから、実に恨めしそうな声で、
「う、裏切者ぉ……」
と言った。
バチリと盛大な音が鳴りケネスの身体が大きくのけ反る。
アキラが手にしたスタンガンは、しっかりとケネスの太腿に当たっていた。
「んぎゃっ!」
見た目を裏切るネムリの無様な悲鳴が真っ暗な横穴の底から響き、ようやくアキラが我に返る。
「えっ!? 生きてる?」
「な、何してんの、あんた!? 生きてるに決まってるでしょお!?」
アキラの身体を押し退け、真っ先に横穴に駆け寄ったのはセスだった。
アキラは声が消えた穴の方を確かめるべきか、それとも身体を硬直させて床に倒れるケネスを取り押さえに動くべきか、判断が付かなくなり、おろおろと視線を行き来させる。
「わ、悪い。俺、今……、今しかないって思って……」
「わー! そんなもんバチバチ言わせながら近付いてこないでよ!」
膝を突き、ケネスを抱き上げようとしていたイザベルが突っ張らせた腕を振ってアキラを追い払う。
──その後、自力で穴から這い出して来たネムリによって事情が説明されることになるのだが、気を失ったケネスはアキラがした誤解の中身や謝罪を聞く機会もなく、そのまま医務室へと運ばれることになった。
おそらく彼は手に入れたのだ。今の彼が心の底から欲していたにも関わらず、責任感が邪魔をして得られなかった、ぐっすり眠るという贅沢な時間を。




