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◆2-17:ケネス 展望ダイナー(3)

 そんなドッドフの後ろ姿を熱心に見つめていたのはケネスである。

 皆がニューカマーのユフィに気を取られている中、ケネスだけは二足歩行する毛むくじゃらの生き物を興味深そうに観察していた。

 そのケネスに対しイザベルが話し掛ける。

 決してそれを意図したわけではなかったのだが、彼女が連れてきたユフィは、ケネスを彼のファンガールたちから束の間解放し、二人で会話する機会を作ることにも貢献してくれたようだ。


「もしかして獣人種を見るのも初めてなの?」

「あ、ああ。まあ……」


「まあ、そりゃそっか。エルフやヴァンパイアすら見たことなかったんだもんね。ドッドフみたいなタイプも別に珍しくないよ」

「ああ、最初は着ぐるみなのかと思った。その……」


 彼だけ服を着ていないようだし、と言い掛け口ごもるケネス。

 銀河連盟は多種多様な異星系種族の寄り合い所帯である。裸を指摘することが、失礼に当たりはしないかと考えたのだ。


「遺伝子操作に抵抗がある惑星なのかしらね」


 ふとケネスの中で違和感が膨らむ。

 遺伝子操作の話などしていただろうか。それに、彼女はその前、自分やネリムとあのドッドフという少年を同列にして語らなかったか?

 

「……どういう意味だろう?」

「ケネスの出身惑星のことよ。公表前で秘密っていうなら無理に訊かないけど、推理するぐらいは構わないでしょ?」


「いや、そうではなく、あの彼のことだ。遺伝子操作って……」

「ああ……。そうよ。天然の星系種族じゃないの。ドッドフも、私やネムリと同じアーキテクトミュータント。何百世代も遡るけど、ルーツは原生地球人プロトアーシアンってこと」


 イザベルは素っ気なく返したが、それを聞いたケネスの表情はこれまで彼が見せたこともないほど無防備な驚きで満ちていた。


「えっ? そんなに驚く? 全然普通よ? 中には自分の身体を機械みたいに変えちゃう人もいるんだから」

「そ、そうか」


 なるほどと頷いたものの、ケネスはなおのどの奥でうなり、そこから絞り出すようにして長い息を吐いていた。そうしてドッドフの一挙手一投足を遠くからつぶさに眺める。


 ドッドフが覗き込んでいる盤上では、ちょうど今しがた、何かドラマチックな展開が起きたらしく大きな歓声が上がっていた。

 巨大な昆虫のような風貌の者や、脳の皺のように深いひだが形成された顔の者、爬虫類のようなうろこを持つ者など、その一角はさながら種族の坩堝るつぼたる銀河連盟の縮図のように見えた。

 全て憶測の域を出ないが、あれほど多様な種族に囲まれて暮らしていれば、自分の身体を改造することにも抵抗がなくなるものなのかもしれないなとケネスは考えを巡らす。


「あ、そうだ。さっきの紹介で分かった? 彼女。ユフィ。昨日ケネスが外に出て助けてくれた子が彼女よ。元気になったからケネスにも見せてあげたいと思って」

「ああ。そうだな。良かった」


 振り返りもせずに答えるケネスの反応がイザベルには不満だったらしく、彼女は小さな唇をつんと上に向ける。


「なぁに? その素っ気ないの。自分が命懸けで助けた子なのに興味ないの?」


 そこまで言われてようやく、ケネスは緑髪の少女がいる方向へ顔を向けた。

 彼女は今、他の女子たちに囲まれてテーブルに向かい、菓子を勧められているようだ。


「そんなことはないが、彼女はその……、()()に見える」

「えっ! 全然、普通じゃないよ。あんなに整った地球人顔。ここじゃ滅多にいないのよ? ……そりゃあ、貴方の故郷なら普通なのかもしれない……けど……」


 イザベルの言葉が途切れ途切れになる。ケネスの視線が遠くのユフィにではなく、自分の方に注がれていることに気付いたからだ。


「じゃあ、君やネムリも?」


 ケネスの手が伸び、イザベルの細い空色の髪をすくうと、その下から小さく尖った耳が現れた。

 それをたしなめるように、イザベルの手が彼の手の甲をそっと包むように添えられる。


「……知らないんじゃ仕方ないけど、それってハラスメントになるから気を付けて」


 ケネスが戸惑い、途方に暮れた顔付きになったのを見て、イザベルは、今のはきっとハラスメントという言葉が分からなかったのだろうなと推し量り微笑んだ。


「この尖った耳は確かに私たちの両親やご先祖が自分たちで選んだ特徴なんだけど、今では色んな意味が含まれるの。他の種族の人が指す分には構わない。けど、ケネスみたいな地球人の特徴を強く残した丸い耳の人がやると、侮辱だと取られる恐れがある」

「……すまない。そんなつもりは……」


 自分の失敗に気付き、慌てて手を引こうとするケネス。だが、イザベルはさっと指を絡めて逆にケネスの手を自分の耳元へ導いた。


「人によってはぶん殴られたって文句を言えないことなの。覚えておいて」

「……すまない」


「いいの。知らなかったんだもんね。だから……」

「つっ!」


 ケネスが顔をしかめ、手を引っ込めた。


「フフッ。私はつねるだけにしておいてあげる」


 悪戯めかした声ときゅっと細められた目は笑っているようだが、彼女たちの詳しい文化的背景を知らないケネスには、それがどこまで真に受けていい表情なのかを判断しかねた。

 赤くなった手の甲を擦りながら、なお申し訳なさそうな顔でびるしかない。


「悪かった。覚えておくよ。……しっかり」


「さっきの質問ね。ユフィみたいな子が普通じゃないってのもそういうのが理由よ。アーキテクトミュータントはそれこそ掃いて捨てるほどいるけど、遺伝子操作されてない天然モノは超レア。少なくともこの探査船団社会では。だから凄くモテるの。そういうのって、ここに来る前に習わなかった?」

「……いや」


「歴史の授業だと、大昔はむしろ私たちみたいな尖り耳の方が選ばれたエリート層だったって話だけど、今だとほんとかしらって感じ。なにしろ、地球を巣立ってからもう九千年でしょ? 連盟自体が推奨してたせいで〈混血〉も進みまくって、本当に純血の地球人アーシアンなんて実はもう一人も残ってないんじゃないかって噂」

「……そうなのか……」


 うつむいて考え込むケネスの顔をイザベルが身体を曲げて下から覗き込む。


「そうなのよ。凄く珍しいの」


 含みありげな視線にケネスが黙ってそれを見つめ返す。


「もしかして、ケネスが生まれた惑星って──」

「イ、イザベル?」


 背後からの声でイザベルが振り向くと、そこにはマヤアがいて彼女の大きくつぶらな単眼を忙しなくしばたかせていた。

 口の方は顔の周りに豊かに繁ったひだに隠れて見えないが、きっと今もその下でもごもごと開け閉めを繰り返していることだろう。


「どうしたの、マヤア?」


 出来得る限り優しく聞き返す。

 内心ではいいところで話の腰を折られたことに気分を害していたが、その苛立ちをマヤアに向けても仕方がない。


「ヘルハリリエがイザベルを呼んできて欲しいって。ここの食事について……、お話があるんだって」


 ほらやっぱり。と、イザベルは心の中で舌を出す。

 マヤアはただ彼女たちの遣い走りにされただけなのだ。イザベルがケネスと仲良く話すのを見て、邪魔をくわだてたに違いない。


「分かった。ありがとう、マヤア。でも、こういうの、断ってもいいのよ?」

「え?」


「用があるならヘルハリリエが直接話に来ればいいって思わない?」

「う、うん。でも、こういうのって間に誰かが入った方がスムーズなこともあるし」


 マヤアがこういう反応をすることも分かっていた。

 イザベルは「そうね」と気のない合いの手の打ってから歩き出す。ケネスに対し「続きはまた今度ね」と内緒話めかして告げるのも忘れずに。


 見ず知らずの仲でも、女子が複数人、一週間も顔を合わせていればそれぞれの立ち位置や力関係を見出すのは容易いことだった。

 本当なら、昨日を最後にそれぞれの出身艦に帰って別れ、ほとんどの者は二度と顔を合わせなくなるくらいの間柄だったが、何の因果かメンバー交代なしで延長戦が始まり、その濃ゆーくなった人間関係の中にケネスという飛び切りの火種が投げ込まれたのである。

 彼女の故郷ブリュージュを始めとした銀河中の取材メディアを前に、空前絶後の遭難事件を切り抜けた英雄ヒロインとして華々しい凱旋を遂げたいイザベルとしては、この小集団の和を取るべきか、それとも謎の美少年とのラブロマンスを取るべきか、実に悩ましいところであった。

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