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◆2-16:イザベル 展望ダイナー(2)

「あれ? みんないる? ちょうど良かったわ」


 ダイナーに溌剌はつらつとした声が響き、その場にいる全員が一斉に彼女の方を振り返った。

 イザベルは人差し指以外を軽く曲げ、1、2、3と口の中で数えながら、ダイナーの中を見回していく。

 入口付近にはケネスを取り囲んだ女子3人と、その後ろには椅子でゆったり寛ぐヘルハリリエが見えている。

 マヤアはテーブルの間に立ち、何やら片付けに勤しんでいるようだ。

 入口右手にはボケッとした顔で突っ立っているアキラ。

 奥の方ではムンドーが寝転びながら腕を長く伸ばし、ドッドフを高く抱え上げて遊んでやっている。

 さらにその奥にはテーブルの上にボードゲームを広げている男子が4人。


「あと、いないのは……、ネムリだけか」


 皆、手と口を止め、イザベルが何を言うのか気になり黙って待っていたが、痺れを切らせてアキラが口を開く。


「イザベル。ちょっと話があるんだ。いいか?」

「あ、いいけどちょっと待って。先に紹介済ませちゃうから」

「紹介?」


 イザベルはアキラの返事を待たず出入口までタッと駆け戻る。

 同じ動作の中で彼女は壁に手を掛け、片足立ちになりながら身体を傾け、微妙なバランスのまま外を覗き込んだ。

 小さくオーケーと聞こえたが、それはアキラたちにではなく、ダイナーの外の誰かに向かって掛けた言葉のようだ。


 果たして、セスに手を引かれて姿を現したのは、鮮やかなライムグリーンの髪を腰の辺りまで伸ばした、見慣れぬ少女だった。

 見慣れぬ──確かに初めて会うはずなのに、アキラの中には彼女を目にした瞬間、どこかで会ったことがあるような奇妙な感覚が湧いていた。吸い寄せられるようにして焦点が合い、そこから目が離せなくなる。


 耳の形はイザベルのようにもネムリのようにも尖っていないことから、アーキテクトミュータントではないことは明確だ。混じっていたとしても相当前の世代であろう。

 アキラと同じような、自然交雑を重ねた近地球人種。だと仮定すると、これほど人を惹き付ける彼女の容姿はどうやって説明すればよいだろう。何の作為も計算もなく、自然の悪戯でこれほどの表現型を獲得できるのかという驚きがあった。

 そう。アキラの主観では、彼女は極めて魅力的に、奇跡的に美しく見えた。

 アキラほどではないにせよ、彼女の容姿は、他の、地球種族から遠い遺伝形質を備えた者たちにも好意的な印象を与えたようだった。

 それまでケネスに執心していた女子連中までもが、思わず彼女に心を奪われて駆け寄ったほどである。


「この子、あの子よね? あの〈宇宙クラゲ〉の中で漂流してた」

「いつ目が覚めたの? 起きて歩いてきていいの?」

「ねえ、どうして外にいたの? やっぱり爆発した避難艇から投げ出されて?」


「ちょっと! ちょっと待って、説明させて」


 興味津々に詰め寄る女子たちの前にセスが身体を張って立ちはだかる。

 何のことかと問い掛けるように、女子たちがイザベルの方に顔を向けた。


「多分だけど。精神的なショックで混乱してるの。名前だって、さっき思い出したばかりだし」

「記憶喪失なの?」


「そう、多分。ネムリが言うには、〈宇宙クラゲ〉の中のサブヒッグス粒子が脳神経に悪さして障害を引き起こす可能性があるんだって。神経衰弱状態? だったかな。言葉も上手く伝わらないし話せない。だからそんな勢い込んで質問責めにしないこと。……ほら、怯えちゃってるでしょ?」


 イザベルが説明する間、緑髪の少女は肩を丸め、セスの背中に身を隠すようにしていた。

 しゃんと立てば身長はきっとセスらと大差なさそうではあるが、そんな動作が彼女に見た目に以上に幼い印象を与えていた。

 性別も種族も関係なく、不思議と大事に護ってあげなくてはという思いにさせられる。

 ほんの短いやり取りで、子供たちの間における彼女の立ち位置が行き渡った。


「……名前は?」


 女子の一人がおずおずと口にする。


「そう、なんて呼べばいいの? さっき思い出したって言ってたよね?」

「ユフィ。鏡見せたとき、自分の顔見てそう言ったのよ。だから多分」


 セスが警戒を解くと、女子たちがそろそろと近付きスキンシップを始める。

 本人の断りなく、髪に指を通していたり、手を握ったりするが、それは彼女たちが特別無作法というわけではなく、連盟人の文化的にはそれが極めて当たり前の、コミュニケーションの一手段だからであった。

 互いの肌や体の部位の手触りを知ること。恐れるものではなく、見知ったものとすることは、異種族間での親睦を深める第一歩である。無論、成熟した男女間ではそこに至るまでの別の作法があるのだが。


「ユフィか……。うん。ぽいかも」

「可愛らしい名前ね」

「ねー。むっちゃ可愛い。妹にしたい!」

「あ、コラッ!」


 一人がひしと抱き付いたのを見て、セスが流石に行き過ぎと感じ引き剥がそうとする。だが、抱き付かれたユフィ自身は、意外にも抵抗せず、逆に自分も相手の身体に手を回して抱擁を返していた。それを見てセスも、まあいいか、と腰に手を置く。


「いっぱい刺激があった方がいろいろ思い出せると思うんだー。だから、いろいろ話し掛けたり見せたりしてあげて。優しくね。ゆっくりでいいから」

「うん、わかった」

「わはっ。この子甘えんぼさんかも。ほら、見て。離れないよ」

「そのまま連れていこう?」

「こっちこっち。ほら、お腹空いてない?」


 彼女たちはもうほとんどイザベルの話を聞いていない。

 やれやれとは思うが、イザベルとしては思いのほかお披露目が上手くいったことに安堵する気持ちのほうが強かった。

 見込みどおり、ユフィの存在はこのフネの中で薄っすら漂い始めていた倦怠感や不満を追い払うのに一役買ってくれそうだ。

 イザベルはダイナー全体を見回し満足そうに腕を組む。


「ねー僕もー。僕にもその子触らせてえ?」

「駄目よ。男子は」

「ペットじゃないのよ? 分かってる?」


「えー? じゃあ僕。僕を触ってよお」


 獣人種のアーキテクトミュータントは、彼らの先祖の代からずっとこうなのだ。誰にでも愛想よくし、構って貰うことに悦びを感じる愛玩種としてのさがが備わっている。

 今もきっと、自分以外の誰かが可愛がられているのを見て、焼き餅を焼いているに違いない。


「あんたずっと構ってもらってたじゃない。ムンドーに」

「うん。だからムンドー、疲れちゃったんだってぇ」


 応対した女子は、あれだけ構われてもまだ足りないのかと呆れて言ったのだが、ドッドフにはその意図が伝わらない。

 噛み合わない会話を頑張って続ける気のなかった彼女は奥のテーブルに屯する男子たちの方を指差した。


「ほら、男子はあっち。あっちで遊んだら?」


 ドッドフとて馬鹿ではない。それだけはっきりと拒絶されれば自分がどうすべきかを悟るには十分だった。寂しげに一鳴きして、すごすごと退散する。

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