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◆2-15:ケネス 展望ダイナー(1)

 空腹を覚えていたケネスはネムリと別れたその足でダイナーに向かい、遅めの昼食を摂ることにした。

 入ってすぐのテーブルにはそれぞれの名前が書かれた箱があり、そこに各人に割り当てられた配給品がポストされている。

 今そこに残っているのはケネス用に配られたものだけだった。過去の二回と大差ない、日持ちするクッキーのような菓子が入った小箱である。


 それを持ってダイナーの奥に進むと、配給とは別に置かれた飲料類のエリアがあった。自動販売機から誰かがクレジットを払って出しておいたものがフリードリンクとして提供されているのだ。いつまた無重力になっても大丈夫なように、それらは伸縮性の高いネットの籠に入れてまとめられていた。

 ただ幸いなことに、E16区画がベルゲンから分離して以降、重力は安定しており、その配慮が活きる機会は巡ってきていない。


 ケネスは網目の隙間から無造作に手を突っ込み、樹脂製のボトルを一本掴み出す。

 出てきたのは、およそ口に入れて良い代物とは思えない毒々しい色のパッケージだったが、選り好みをしようにも、他のものもこれと大差がないことをケネスは既に学習していた。

 粗末ながらも生命活動を維持するための貴重な食事と飲み物である。それを確保し手近なテーブルに着こうとしたときだ。横合いから立ち上がる気配があり、ケネスは歩みを止める。


「待ってたぜ異星人エイリアン。どこほっつき歩いてたんだ?」


 声を掛けてきたのはアキラだった。


「色々見て回っていた。珍しいから」


 妙に刺々しい含みのある言葉にもケネスは動じなかった。前半の差別語が聞こえなかったか、まったく意味が分からなかったとでも言うように、素知らぬ顔で後半の問いにだけ反応してみせる。

 子供たちはケネスのことを辺境の星系からやって来たばかりの御上おのぼりさんだと考えているようだし、ケネスはその都合の良い誤解に厚かましく乗っかることに決めていた。

 大人相手ならともかく、このくらいの子供であればそんな杜撰な説明でも十分押し通せるだろうと踏んで。


「睡眠も摂らずに一日中? 大した好奇心だな」


 アキラが親指を立てて彼の背後を指し示す。

 そこには、顔全体に老人のような深いしわが刻まれた種族の少年がいた。彼自身は自分がそうやって指されたことにも気付かず、他の男子たち数人とテーブルを囲んで何らかのゲームに興じている。

 だがケネスにはそれだけでアキラが何を言いたいのかが分かった。

 ショッピングモール内が消灯され、皆が寝入っていた夜間に、ケネスは艦内のあちこちで彼──タウネル=バッハと出くわしていたからだ。

 何度か会話を試みた結果、どうやら彼は睡眠というものを必要としない種族であるらしいことが分かった。


「眠れなかったんだ。興奮して」


 これは少々雲行きが怪しくなったと感じながらも、ケネスは昨夜タウネル=バッハにしたのと同じ説明を繰り返す。


「俺たちのことを観察して、自分の星に情報を持ち帰るつもりなんじゃないか?」

「……情報。そうだ。ここで学んだことを故郷に伝える。だが、まだ帰るときではない」


 この船団が多くの星系種族に対し広く開かれた文化交流の場であることは、イザベルと名乗った綺麗なスカイブルーの髪の子との会話で得られた情報だ。本格的に定住する前に、探査船団社会に馴染むための事前交流期間を設ける星系種族は多いのだと。

 だからケネスのように、言葉が覚束なかったり、多少奇異に見られる行動をしている者がいても、さほど目立たないというわけである。


「そういう意味じゃねーよ。お前、〈見えざる者〉なんだろ? 艦長が放送で言ってた敵の一味なんだ、お前は」

「〈見えざる者〉?」


 聞き馴染みのない単語だったせいでごく自然にケネスの眉間に皺が寄る。

 それで逆に狼狽うろたえたのはアキラの方だった。核心を突いて動揺を誘うつもりだったのかもしれないが、そんな手管を器用に扱ってみせるには彼は若すぎた。


「分からない振りはやめろ。イザベルに取り入って何を企んでる?」


 自分の鎌掛けが空振ったと直感し、アキラがとっさに苛立った声を上げる。

 その声を聞き付け、ダイナーの奥から女子の一団が黄色い声を上げながらやって来た。


「あー、いたー! ケネスくぅん」

「心配したんだよ? お昼全然食べに来ないし」

「ねーねっ、あっち行こっ。私たち全部食べずに残してあるの。交換しながら食べようよ」

「ねーっ? お菓子だって同じ味ばっかじゃ飽きるよねー?」


 ヘルハリリエが提案した協定に則り、困っているケネスを助けに入った──というより、これは無自覚に二人の間に割り込んだ感じである。実際、今の彼女らは純粋にケネスのことしか眼中にないらしい。

 女性陣の勢いに気圧されて、アキラはたちまち輪の外へと追いやられてしまう。


「それよりケネス君、いつの間にスーツ着替えたの?」

「おっ洒落~。あの黒いスーツもシックで格好良かったけど」

「ねー、なんて名前の惑星だったか思い出してくれたー?」

「私! 私の予想聞いてくれる? ケネス君てどこかの星の王族なんじゃない? お忍びだから出身星系の名前も出せないのよ、きっと」

「あっ、あるかもあるかも。どうりでセンスいいわけよね」


 彼女たちのエネルギーに圧倒されているのはケネスも同じだったが、彼女たちの興味の中心にいる彼にはそこから逃れる術がない。たじたじになりながらも、どうにか応答して隙を窺うことになる。


「いや、これは……。これは、俺じゃない。イザベルが選んでくれたんだ」


 賑々しい空間に一瞬だけ生じた僅かな静寂。

 ケネスにとってはほとんど認識できない微妙な間でしかなかったが、彼女たちにとっては自分たちの敵が誰かを認識し、共有するのに十分な間であった。


「へー。イザベルの趣味ね。言われてみれば納得かも」

「元の素材がいいんだよ。ケネス君は基本、何着ても似合う気がする」

「ねー、次は私たちにコーディネイトさせてみてよ」

「あ、ほら、ここなんてちょっと解れてる。これはすぐに着替えるべきだわ」

「じゃあ、お昼食べ終わったらファッションエリアでサルベージね」


 輪の外側にいたアキラは、一見変わらないテンションでまくし立てる彼女たちの会話の中にヒリつく何かを感じ取っていた。

 闇雲にケネスを糾弾しても無駄だと悟ったこともあり、アキラは女子相手に割り込み返すのを諦め、元いた席へすごすごと退散を始める。


 イザベルが現れたのはそのときだ。


「あれ? みんないる? ちょうど良かったわ」

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