◆2-10:アキラ ショッピングモール(2)
アキラの号令でムンドーを遠巻きにしていた男子たちが動き出した。
彼らが持ち寄った食料品を使い、始めに手本を見せたのはアキラだった。一抱えほどある菓子箱を持って、少しずつムンドーに近付いていく。
5メートル……3メートル……1メートルほど間近に迫ったところでようやく反応があった。
樹の幹のようになったずん胴の肉塊から、アキラ目掛けて突起がせり出してくる。
その突起が菓子の包みに触れる前にアキラが身を引いて避けると、その突起がさらに伸びて細い腕の形状を為した。
先端には物を掴むための5本の手指。掌の腹の部分には食むための歯列が形成される。
半透明に透けるほど腕が十分に伸びきったところを見計らい、ケネスが手刀を振り下ろすと、琥珀色のその腕は綺麗に両断されて床に転がった。
本体と切り離された小さな肉塊は、一瞬一つの丸い塊に形を正そうとするが、途中でその動きをやめてシワシワに萎びてしまう。あとには、少しだけ小さく縮んだムンドーの本体だけが残った。
要領を掴んでからは、他の子供たちも一緒になってムンドーの周りに群がり、食べ物で釣って腕を伸ばさせるのを手伝った。
腕を切り落とす役割のケネスにしてみれば、そこから先は作業のようなものだった。
一度だけ、よほど美味しそうに見えるのか、再びズベイの、バッタのようにふくよかに肉付いた脚が絡め取られるトラブルはあったが、それもケネスが冷静に対処し、ムンドーの身体は順調にその体積を削られていった。
「待て! 一旦止めろ」
アキラが再び号令を掛け、皆を制止する。
ムンドーの様子に変化がないか用心深く観察していたのだが、元のムンドーのサイズとほとんど変わらないほど削り取ってみても、ムンドーはまだ得体のしれない肉塊の姿のままだった。
「そもそも。何故、このようなお姿になったんですの?」
もう害はなさそうだと見たヘルハリリエが、物陰から出てきてアキラに訊ねた。
うーんと唸りながら、アキラはもう一度ムンドーが暴食を始める前のことを思い出してみる。
それより前から空腹を訴えてはいたが、正気をなくすほど狼狽えだしたのはアキラのした耳打ちが切っ掛けだったように思う。
もしも、とにかく目先の食料を取り込んで備えるというのが、マダグ族に備わった生存本能であると仮定するのなら、無理矢理やめさせるのではなく、不安を取り除いてやるべきだったのかもしれない。
「なあ、ムンドー。さっきはああ言ったが、大丈夫だ。確かに今、この艦に大人は乗ってないけど、連絡は付いてる。すぐ救助が来るから安心しろ。急いで栄養を蓄える必要はないから」
たったそれだけのことだった。
アキラが言い含めるように発したその言葉の直後、ムンドーの塊がふるふると震え出す。
これまでのような、内部で何かをすり潰し、咀嚼するような蠕動ではなく、寒さに身震いするような細かな振動が肉塊の下方から上方に向かって伝わっていくのが見えた。
ただの棒状の肉塊でしかなかったムンドーの身体に凹凸が生じ、二つの腕が伸び、股が分かれ、人の形を取っていく。
最後に、見慣れたスキンヘッドの頭が生え揃うと、それがグルンとしなるように半周し、それでムンドーは完全に元の姿に戻っていた。
元より一回りほど小さくなってしまったことを除いてだが。
「スマナイ。スコシ取リ乱シタヨウダ」
ケロリとそう言ってのけるムンドー。
その様子を見ていた外野の子供たちが、一斉に非難轟々騒ぎ出す。
「少しぃ!? 全然少しじゃねーよ!」
「俺なんかお前に喰われるとこだったぞ」
「反省しろ、反省!」
ある種の代償行為なのだろうか。まるでその行為によって自分たちの体から恐怖を追い払おうとするように、子供たちはムンドーの肩を撫でたり、脇腹を小突いたりたりしながら文句をぶつける。
そんな騒ぎを横目にしながら、アキラもホッと息を吐いて、側にいるケネスの背中をポンと叩いた。
「助かったぜ。お前のお陰だ」
「いや、俺は……」
背後に人の気配を感じケネスが口を止める。見ると、そこにはヘルハリリエたち女子四人がかたまって立っていた。その中の一人、最初にムンドーに捕らわれていたメルティがもじっと前に出て礼を言う。
「ありがとう、ケネス君。助けてくれて」
「あ、ああ。大丈夫……だったか?」
朴訥ながらも気遣う素振りをみせたケネスに対し、別の女子たちもメルティの後ろから我先にと競うようにして詰め寄せてくる。
「危ないところでしたわ。ケネスさんが来てくださらなければ」
「本当よ。私たちの恩人だわ」
「カッコ良かった」
「そうそう。こいつ。アキラなんか、最初はあんたが艦を襲った敵じゃないかなんて疑ってたのよ?」
「あ、おい。余計なこと言うなよ」
思いもよらない告げ口に、アキラが慌てて身体を割り込ませて話を遮る。
背中を向けたアキラに対し、ずっとケネスに見惚れていた女子たちは、その一瞬、陰った彼の表情を見逃さなかった。
「あ、ほら。やっぱり気分悪くさせちゃったじゃん。ちゃんと謝りなさいよね、アキラ」
「はあっ!? 俺じゃねーだろ。お前らが蒸し返すから──」
この避難艇が置かれている状況を正しく知らないせいなのだが、女子たちは合宿中のような普段通りのノリだった。お節介に話を進め、アキラとケネスに握手をするように求めてくる。
「まあまあ、仲直り仲直り」
「もともと喧嘩なんかしてないっつーの! ……まあ、けど、ありがとな、改めて。俺はアキラ。お前は……、ケネスって言うのか? 言葉は大丈夫そうか?」
「ああ。慣れてきた。かなり。大丈夫。分かる」
目を合わせながら握り合った手の感触にアキラがふと興味を示す。握ったままの手を顔の高さまで上げ、ケネスの右手を繁々と観察する素振りをみせた。
「どこの星系出身なんだ? ベルゲンにはいつ頃? いや、それよりそのスーツ。凄ぇな。ちょっと危なっかしいけど。見たことも聞いたこともないぜ。刃が付いてるんじゃなくて振動で切ってるのか? 〈宇宙クラゲ〉の中で泳いでたのも、さっきのあれを使ってたんだろ?」
興味津々といった様子で次々に質問を繰り出すアキラに対し、今度は女子の一団が割って入る。
「いけませんわアキラさん。そのように質問攻めにしては。無作法でしてよ」
「そうよ。ケネス君、記憶喪失なのよ」
「記憶喪失?」
アキラの声が非難がましく釣り上がる。
「軽いね。多分、一時的なものだと思うけど」
「そうなのか?」
アキラはケネスに向かって問い掛けたのだが、ケネスがそれに答える前に、訳知り顔の女子たちがその答えを奪ってしまう。
「そう。憶えてないんだって」
「そうそう。そう言ってた」
「きっとあの暴走した〈宇宙クラゲ〉の中にいた影響なんだわ」
「はあ? 〈宇宙クラゲ〉がそんな危ないもんなわけねーだろ」
「さっきマヤアに聞いたのよ。それのせいであの女の子もまだ意識が戻らないみたい」
「う、うーん……」
アキラにしたところで、他の子供たちに比べれば多少知識があるというだけで、〈宇宙クラゲ〉の仕組みや性質を完全に理解しているわけではない。その中に浸かっていただけで記憶障害を起こすようなことは……、ないとは思うのだが、自信を持って否定できるだけのはっきりとした知識は持ち合わせていなかった。
「あ、マヤア! 来て来て。さっきの話もっかい聞かせてよ」
女子の一人が遠くからふよふよと歩いて来るマヤアに気付き、大きな身振りで呼び寄せた。皆の視線が一瞬そちらへと流れる。
「さ、さっきの話って?」
巨大な単眼をパチクリと瞬かせ、気持ちだけ早足となって近付いてくるマヤア。皆に頼られて心なしか少し嬉しそうだ。
「ほら、ネムリが心配してたっていう。ほら、〈宇宙クラゲ〉の」
「あ、あー、でもあれ、ネムリちゃんもよく調べてみないと分からないって──」
「ケネス君が助けた女の子もまだ意識が戻らないんでしょ?」
「──う、うん。それはそう」
「ほらあ。だからケネス君も……って、あれ? ケネス君は?」
女子の中の一人が不意に頓狂な声を上げる。
その声でアキラも含めた皆が辺りを見回すが、つい先ほどまで側にいたはずのケネスの姿はいつの間にか綺麗さっぱり消え失せていた。
「うそー、あたしケネス君しか見てなかったのにー」
「やっぱりミステリアスボーイだわ」
「あー、それよりも皆さん。ひとつ提案があります。わたくしたちには淑女の協定が必要ではないかということです」
「あ、分かった。ケネス君のファンクラブ作ろうって話でしょ」
「まあ、そのような下世話な……。わたくしはただ、お困りのケネスさんを好奇の目から護って差し上げるべきではないかと──」
本人が不在でもワイのワイのと騒ぎ続ける女子たち。
それを他所に、アキラの頭の中では、一旦は脇に追いやっていたケネスに対する不信感が再び首をもたげつつあった。




