◆1-4:メラン 農場区画(1)
メランはその日、朝の全体ミーティングを終えたあと、早速先輩の警備員二人と共に艦内の巡回業務に就いていた。
本来は二人一組が基本となるため、この編成は今日が初仕事であるメランに配慮されたものだった。未だ完全な一人分とは見なされていない点は不服ではあったが致し方ない。もっとも三人編成だったのは今から15分ほど前までのことであるが。
巡回の開始早々から、艦内の異常を知らせるアラートが発せられていたが、メランが本格的に焦りだしたのは巡回が農場区画に差し掛かったときだった。先ほどレベル2になったかと思えば、今度はレベル2からレベル4へと一気に引き上げられたのだ。
端末には次から次へと新たな事案発生の報が流れ続けている。メランは左手首の根元から上方へと駆け上っていくホロ画像の文字を懸命に目で追った。
個々の被害規模はさておき、これだけの数のトラブルが一度に起きるとはただごとではない。彼の想像力が及ぶ範囲で真っ先に思い浮かんだのはテロリストによる破壊工作である。そう考えた途端、ログの中にある〈爆発〉という文字が目に留まる。
場所はどこだ? 被害状況は? 犯人は捕まったのか?
より詳細な情報を得ようと端末のボタンを忙しく操作していると、同行していたミゲルという先輩の男に横合いから手首を掴まれた。
「やめとけ。焦んな」
「でも、何が起きているか知っておいた方が──」
「応援要請が来たときすぐ対応できるってか?」
「そうです」
「一件や二件ならそうしてもいいが、この量じゃ頭のキャパの無駄だな」
しっかりと落ち着いて話すミゲルの声に励まされ、メランの心にも幾分落ち着きが戻ってきた。それを自覚するとともに、少し前の自分が随分と気負っていたことに気付き羞恥心が込み上げる。
「こういうことは、よくあるのでしょうか?」
落ち着き具合の差が、経験の有無によるものではと考えるのはメランにとってはごく自然なことだった。
もしかすると、このベルゲンでは警報のレベルの刻み方が極端に細かく、リューベックでいうレベル2相当をレベル4と表示しているのかもしれない。まあ、なさそうな話だが、これが新人いびりのドッキリ企画である可能性も込みで期待して念のため訊いてみる。
だが、というか、やはりというべきか、ミゲルは僅かな期待を込めたメランの質問をあっさり否定する。相変わらず落ち着き払った口調で。
「いや、初めてだ。もしかしたら相当ヤバイことが起きてるかもなあ」
だったらそんなのんびり構えていて大丈夫なのか、という表情でメランは目の前の先輩を見つめた。
遮光されたヘッドギアの窓からでは当然彼の表情を窺い知ることはできず、数時間前の顔合わせのときに見た彼の豊かな口髭を思い出すだけだった。確かここでは十年選手という紹介だったはず。
「だから、末端が慌てたところでどうにもなんねーのさ。今はここぞってときのために元気を蓄えとけ」
「はあ……はい」
「あとは……、目の前の、手が届く範囲の事態に集中すること、かな?」
話の途中、ミゲルは何かに気付き、メランから見て右手の方向を指差した。
メランが身体をそちらに向けると、50メートルほど先、小麦に似た品種の植物がぎっしりと実る畑の脇に十五人程の集団が屯しているのを見つける。モニターの倍率を上げるまでもなく、背丈や体格から彼らが皆、十二、三歳程度の学童であろうと推察できた。
男女比率は半々。種族構成もバリエーションに富んでいるようだ。コールサインなどはないが、皆一様にメランたちの方を見て助けを求めているように見えた。
二人並んで彼らの傍まで歩いていく途中、ミゲルがヘッドギア内のインターカムを通じてメランに耳打ちする。
「シールドは透明にしとけよ? 怖がらせるからな」
慌ててメランは自分のヘッドギアの遮光を切る。
この手順は配属前の研修で指導された科目に含まれていた。いちいち自分の未熟さを感じてしまうが落ち込んでいる暇はない。艦が緊急事態にある今だからこそ子供たちを不安がらせないようにしなければ。
彼らに近付いていくまでの間にメランは精一杯表情筋を緩め、笑顔を作ることを心掛けた。