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◆1-28:メラン ロッカールーム

 時は幾らかさかのぼる。


 シンと静まり返った室内。閉ざされたドアに背もたれて座り込んでいるのはトライデンアッシュ社の警備スーツ。白銀に輝く光で人目を惹くスーツは、この艦の秩序の象徴であった。

 だが、今そこに投げ出された両脚や、力なく垂れさがった両肩には不穏な暗褐色の染みが幾筋も見て取れた。

 それに、うな垂れたように見える体勢の、あるべきはずの場所には、頭部が見当たらなかった。首のない死体が、いや、抜け殻が、無造作に打ち捨てられている。そんな印象である。


 抜け殻のように見えたのは、胸部に大きく開いた深い裂け目のせいでもあった。

 その裂け目の中で何かがうごめく。

 モゾリと肩が揺れ、それからゆっくりと右腕が持ち上がる。

 グローブの先の手指が握られ、開かれた。


 警備隊員のスーツ、それに限らず銀河連盟の気密服というものはどれも、多少の体格差や骨格の違いがあっても伸縮性の高い素材によってフィットするようにできているのだが、今そこに見えている五指は明らかにそれでも補いきれないほどブカブカに余って見えた。

 指だけではない。折り曲げられた肘の周りの生地は幾重にも折り重なり複雑なひだを成している。


 しばしの沈黙。狭い室内に動く物は何もない。

 静物画のようなその空間に、カツンと硬い音が鳴り、これが現実に流れる時間の一片であることを思い出させる。

 見れば部屋の床には他にも沢山のスーツが散乱していた。ドアにもたれかかった白銀のスーツとは違う。水色と桃色の淡いパステルカラー。2色に色分けされた子供用の小さな気密服(ドワーフスーツ)であった。

 今の音はその中の一つが自重で崩れ、頭部ヘッドギアの硬質なガラス面が床を叩いた音だったのであろう。


 やがて白銀のスーツの裂け目から小さな掌が姿を覗かせた。

 大きさから見て、先ほどスーツの内側からグローブを握ってみせた者の手と考えて差し支えないだろう。

 薄っすらと濡れて光る小さな手が、宙を掻き分け無機質な床の上に振り下ろされる。手掛かりのない平面を鷲掴わしづかみにするように不器用な力が籠められる。思うようにならず小刻みに震える指が、その者の非力を物語るようであった。


 これまでドアにもたれ掛かっていた白銀のスーツがくたりと前傾に折り畳まれた。

 それに遅れて胸部の裂け目から細い腕の続きが吐き出されてくる。

 柔らかな弾力をはらんだ白い肌。あらわにされたその無防備な二の腕にも目を奪われるが、異質さ故により注意を引くのは、その腕にまとわりつきながら流れ落ちる粘液の存在だ。まるで今しがた孵化ふかを果たしたように、怪しくぬめる粘液に包まれた肢体。

 体格に比して明らかに見合わない大柄のスーツからその身を救い出し、小振りな肩が現れる。

 頼りなくもなまめかしいその曲線に掛かるのは、鮮やかな赤色の毛髪であった。濡れた髪が細い首筋から肩へと橋渡り、そして……。


 これまで煌々《こうこう》と灯っていた照明が二度三度明滅し、そして薄暗い非常灯へと切り替わる。

 どこか遠くで重く低い音が鳴っている。それと共に微かに伝わってくる振動。

 その振動に急かされるように、スーツの中から人型の何かがい出してきた。

 まさに抜け殻という形容が相応しくなったスーツから足首の先を引き抜くと、彼はそれだけで体力を使い果たしたとでもいうように、ゴロリと仰向けになり床に寝そべった。

 仰向けのまま自分の両腕を天井に掲げ、しげしげと見つめる。それから僅かに首を持ち上げ、自分の下腹部を覗き込むようにした。

 いっときの硬直と、そして投げやりにも映る脱力。

 人型のシルエットが口の中で何かを呟いた。

 だが、その言葉はけたたましく鳴り響き始めた艦内の警報によってかき消されてしまう。


 いずれにせよだ。ここでもたもたと時間を費やすわけにはいかなかった。

 彼──いや、もしや彼女であったか?──は一旦身体の向きを変え、苦労して這い出てきたスーツの中に再び頭から突っ込むと、中から手探りで何かを摘まみ出す。

 そして、床に転がるドワーフスーツの中から無造作に一つを選んで着用に取り掛かるのだった。

 華奢な手足を通したそのスーツは、まるで運命の糸で編まれてそこにあったかのように今の彼の体格にぴったりとフィットしていた。

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