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◆1-25:ケネス ショッピングモール

 隔壁を二つくぐり、最後の扉を開けた途端、強烈な光量で網膜が攻撃にさらされた。ヘッドギアに内臓された保護機構が勝手に調光機能を働かせたほどだ。

 そこはケネスがこれまでこの艦内で目にしたものとは明らかに異なる俗っぽい匂いに満ちた世界だった。

 これは人の匂いだ。眼を凝らしても反対の端が見通せない広大な空間。その全てが賑やかな明かりを灯したテナントで埋め尽くされている。どの店も思い思いの装飾で客の目を引くのに必死のようだった。今は、それらの店舗からあふれ出た商品やポップの数々が無重力の空間に浮かび、その景観はより混沌の相を極めていた。


 宇宙探査艦への潜入破壊工作というブリーフィングを受けたとき、ケネスは短絡に、相手が皆、自分たちと同じ荒事を生業とする職業軍人のような人種で構成されているのであろうと想像していた。

 まさに短絡な決めつけという他ない。こうして冷静になって眺めれば、確かにヴェエッチャの言うとおり、その考えが自分にとって都合のよい思い込みに過ぎなかったと認めざるを得なかった。


 一瞥して用途が思い付かない奇抜なデザインの家電。ファンシーなぬいぐるみなどの玩具。様々な色形をした衣類。毒々しい色の……おそらくは口入れるものであろう甘味スイーツ。目の前に広がる彼らの営みは、あまりに生々しく現実的だ。

 これでは軍用艦というよりも、都市一つが丸ごと宇宙を漂っているという形容のほうがしっくりくる。

 宇宙探査艦と聞いて、それを主任務とする者たちを支援する民間人や、彼らの家族も乗船していることは、当然了解しておくべき常識だったのだろう。


 すでにさいは投げられていた。自分ではない誰かの手によって。

 盤上の駒は与えられた役割を粛々とこなす以外にないではないか。


 この光景に圧倒されてばかりはいられない。ケネスは気を取り直し、コガネイから送られてきた、彼手製のヒューマノイド検索アプリを立ち上げてみる。

 様々な種族の寄合所帯である彼らの生体反応に合わせた急(ごしら)えのアルゴリズムだと聞いた。分析することは知ることに繋がる。本来であれば、こういったものを構築することも禁じられているはずだが、ヴェエッチャたちが〈接触派〉の息が掛かった人間ということであればこの逸脱もうなずける。

 周囲で漂う様々な物品のように、ともすると奔放に散逸しそうになる思考を手繰り寄せ、ケネスは手元のホロへと意識を向けた。


 ケネスがこの区画に入るとすぐ、彼の端末は自動で近辺のスキャニングを始め、そこにはすでに三次元描画された地図が出来上がっていた。そこまではスーツ内臓端末にデフォルトで搭載された機能だ。その地図上に、動く人型の位置を示す赤い光点が被せられる。

 おそらく空気の対流や成分分析などの類推による類推をさせているのだろうが、ケネスにはそれ以上の細かいことは分からない。そもそもケネスは情報工作技能はあまり得意ではなかったし、同じチームの情報担当であるコガネイも他人に教えることに熱心になる性質ではなかった。


 ケネスはホロの立体地図を指で操り、クルクルと回転させたりズームアウトさせたりして俯瞰する。光点の場所は思ったよりも広範囲に散っていた。ドームの入口で見た救援要請のことを思い出しながらケネスは考える。

 大人たちの救助を待つつもりなら一か所に固まっているべきだろうと思うが、子供相手に道理に叶った行動を期待するのは酷というものか。

 数はざっと見て15くらい。一人一人が気ままに動き回っているようだ。これは少々厄介である。

 当然ながら光点だけではそれが子供のものか、大人のものかを区別できない。この中に赤髪の男が含まれているかもしれないが、一つ一つ確認していこうにも、こう動き回られては漏れや重複が出てしまうだろう。

 無暗に探し回るより、一旦どこかに身を隠して策を練るべきか。幸い、まだこの辺には彼らの足が及んでいないようであるし。


 そんなふうに考えた矢先、現在地の近くに新たな光点が現れた。

 慌てて身体を捻り周囲を見回す。

 多量の浮遊物のせいで視界は悪いが、人らしき姿はない。だが、反応は確かに……。


 ケネスの脳裡に、赤髪の男に不意を突かれ、デバイスを奪取された際の苦い記憶が蘇る。

 うなじをチリチリと焼くような緊張感の中、もう一度ホロに視線を移すと、先ほどまで近くで光っていた赤い点が消えている。……いや、まただ。チラチラと、粗悪なディスプレイの走査線が作り出すノイズのように、その光点は不規則な明滅を繰り返していた。


 もしや──と、ある種の確信を持って顔を上げた先には、ショーウィンドウのガラスに映る黒いスーツに身を包んだ男の姿があった。

 思わず脱力を禁じ得ない。ここは敵地の只中。重大な任務の遂行中だというのに。


 分かってみれば馬鹿らしい。センサーはケネス自身の生体反応を拾っていたのだろう。やはり即席のツールでは精度に問題があるに違いない。

 ケネスは無意識のうちに床を蹴り、自分の姿を反射させて映すショーウィンドウに近付いていた。そうしながら、コガネイの言っていた「ガキどもに直接訊いてみろよ」という案を真剣に考えてみる。目撃情報が得られる可能性だけでなく、もしかしたら彼らが重傷の男をかくまい介抱していることだってあるかもしれない。


 その作戦を試すためにはこの厳ついスーツのままでは問題がありそうだ。それに、子供たちの件は脇に置くにしても、あの赤髪の男はこのスーツの色や形状を憶えて警戒しているはず。

 そうだ。相手から先に発見されるリスクに見落としがあった。ケネスの姿を見付けたあの男が、馬鹿正直に戦いを挑んでくるとは限らない。姿を隠されては面倒だ。ここは、相手の目をくらますためにもスーツを脱いで行動するメリットの方が勝るだろうか……。


 ケネスの手がヘッドギアの付け根へと伸びる。

 頭部と胸部のロックが解かれ、そこに音を立てて外気が流れ込む。

 緩やかにカーブする曲面を両手で挟み持ち、軽くひねりながら持ち上げると、中からは目をみはるほどに美しい少年の素顔が現れた。


 様々な特徴を持ち得る銀河連盟人の常識では、外見だけをもってよわいを推し量ることは難しいのだが、仮に標準的な原生地球種族を尺度とするなら、それは少年と呼んでなんら差し支えない、あどけなさすら感じさせる容姿であった。白く瑞々《みずみず》しい、きめ細かな肌の艶が、生物としての若々しさを想起させる。

 色素の薄さは彼の頭髪にも現れていた。透き通るような銀色の髪が、光を複雑に屈折させ、神秘的な光沢を宿している。


「綺麗ね。あなた、アーキテクト?」


 心臓が大きく拍を打つ。

 反射的にケネスは声がした下方に視線を転じた。


 聞こえたのはショーウィンドウのガラス越しで伝わる少しくぐもった声だった。

 ガラスの向こう側。長くつややかな金髪の間から左右に突き出た大きなとがり耳が真っ先に目に付いた。服飾品店のショーウィンドウに並ぶマネキンが口を利いたのだ。最初はそうとしか思えなかった。

 だが、よく見るとそのマネキンは自ら片手を上げ、掌をガラス面に押し当てている。無重力の中、自分の身体をそうやって固定しているのだ。

 そうして息を殺し、微動だにしない姿勢を保つことで、コガネイのアルゴリズムをくぐった──。まさか幼い彼女自身にそんな深謀があったとは思えないが。

 エルフ耳の少女は、呆気に取られるケネスの前でヨタヨタと身体を操り、ショーウィンドウを回り込んで服飾品のテナントから這い出てきた。しかし──。


「あ……」


 あとほんの少しでケネスの側までたどり着くというところで少女は床を蹴り出す力と向きを誤り、二人は宙ですれ違いそうになる。

 ケネスが思わず手を伸ばし、その少女──エルフセイレーン種のアーキテクトミュータント──ネムリの手を取って引き戻す。

 引き戻そうとしたのだが、ケネス自身も何か支えがあるわけではなかったし、二人の間にそこまで大きな質量差があるわけでもない。二人は手を繋いだままゆっくり回転し、ショッピングモールの広い空間を漂い流れることになった。


「探してたの……」


 言葉が分からないケネスは、感情表現にとぼしい彼女の表情から、どうにかして話の意図をみ取ろうと努める。


「あなたの着てるそれ。気密服。……だよね?」

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