◆1-24:ヴェエッチャ 艦通用路
「知らなかったよ。兄貴が〈接触派〉のシンパだったなんて」
ようやく開放された左の手首を擦りながらコガネイが言う。
長い首を曲げて振り返ったヴェエッチャの顔は、ペンチで頬肉を掴み捩じり上げたようなしかめっ面をしていた。
「もしかして、あのエネルギー炉のスキャニングに拘ってたのもそのせいだったのか?」
「馬鹿言うな。ありゃあ〈接触派〉と折り合いを付けた〈保守派〉の政治的判断だろうが。お前まであんな与太を本気にしてどうする?」
それを聞いてコガネイは肩を竦め、ない首をさらに狭くしてみせた。
「分かってる。冗談はお互い様さ。でも、どうしてあんな嘘をつく必要があったのか分からない」
「希望とは、人を成功に導く信仰である」
「今度は何さ?」
「ヘレン・ケラー」
「知らないよ。で、それがなんなの?」
「お前だってあいつの性格は知ってるだろうが。あの甘ちゃんの」
「ああ。今回の件で嫌ってほどね」
コガネイの脳裡には、ケネスのヘッドギアに搭載されたカメラ越しに見た、赤髪の男との戦闘の光景が思い出されていた。
奴の懐に隠されたデバイスの位置をコガネイが探り当て、ヴェエッチャが散々指示をしてもケネスはいっこうに自分の武器を使おうとせず、やきもきさせられたものだ。敵地に潜入したあとで人殺しを躊躇う工作員など聞いたこともない。
だが、甘さという意味ではあの機関室のキャットウォークから滑落した兄貴分を救うため、〈F3回路〉の出力を弄り、その結果デバイスを奪われる原因を作ったコガネイもその誹りは免れない。自然と、相槌を打つ声にも張りがなくなる。
「あいつにやる気を出させてデバイスを取り戻さねーと。俺たちの首が消し飛ぶ」
「そりゃあそうかもだけど、フリーの〈転送クーポン〉なんて最初からなかったってこと、すぐにバレるんじゃないの?」
まあ、自分たちの命に比べたら、子分格のケネスにへそを曲げられるくらいどうということはないがと思いつつもコガネイが苦言を呈す。
だが、それを聞いたヴェエッチャは一転して不敵な笑みを浮かべた。
「ああ? 誰がそこまで嘘だと言ったよ?」
そう言ってコガネイの顔の前に掌を広げて翳す。その指の間には、親指大の錠剤型機材が二つ挟まれていた。
コガネイが信じられないものを見る目でパチクリと目を瞬かせる。
一つは今回の任務の際に各部隊の隊長に配られたもの。もう一つは少しだけ色や形が異なっていた。見覚えのない形状だが、物理の理を曲げ人や物の瞬間的な転移を可能とする〈転送クーポン〉であることに違いはなさそうである。
「それ、どうしたの?」
「昔、のろまな大隊長からくすねてやったのさ。どうだ? 転送先がコードされてないやつだぜ」
「真っ新の〈転送クーポン〉だって!? くすねるって……、そんな簡単な話じゃないだろ」
「まあな。あのとき、お前が〈F3回路〉を弄るのがもう少し遅けりゃ、運任せでこいつを使ってみるつもりでいた」
コガネイの喉から感情不明の呻きが漏れる。
その様子を見てヴェエッチャが手の中の錠剤を満足げにしまう。
「あの局面からでも自力で助かる目があったって言ってたのはそれかあ。……でも。でも待てよ。〈接触派〉からの極秘の依頼って話は嘘なんじゃ?」
「ああ、だから〈接触派〉との話は子供の身柄を攫った後で付ける。俺たちの命を賭けた取引だ。綱渡りになるぜ」
「ああ。あぁそうだね。でも、それもこれも、デバイスが無事回収できた上での話だよ」
長い付き合いながら未だに底の知れない兄貴分の目論見をようやっと理解したコガネイは、両手で顔面をぶるんと撫でつけて気持ちを落ち着ける。
希望が必要だったのはどうやらケネスだけではなかったらしい。コガネイは冴えていく頭の中で、これまで自分の思考がどれだけ狭窄し、鈍くなっていたかを自覚する。
その彼の指は無意識のうちに端末を操作し、付近の立体地図を表示させていた。
手元に浮かび上がったホロには暖色から寒色に遷移するグラデーションで示された等高線のようなものが重なって描画されている。それは彼らが〈F3回路〉と呼ぶ尋常ならざる力が作り出す、ある種の地場を予測してヴィジュアル化したものであった。他の潜入部隊が撤収したことで、地場は彼らが最後に確認したときよりもかなりクリアになっていた。
ヴェエッチャがコガネイの後ろから覆いかぶさるようにしてそれを覗き、目を細める。
「いいねえ。いい反応だ。やっぱり当たりを引いたのはケネスだったな」
コガネイがホロ画面をピンチインして地図の縮尺を最小化する。約七万人が暮らすベルゲンの巨大な艦構造。その大部分が暗い寒色に沈む中、ケネスのいるE16区画だけが、燃えるような赤色に包まれていた。




