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◆1-20:ケネス 農場区画

 人工の太陽光で満ちた広大な農業プラントの空を、黒スーツの男が滑るようにして横切っていた。

 そこは既にメランが子供たちと出会った頃にあった尋常な光景ではなく、団子状になった泥水や、絡まり合う根によって土壌ごと引き剥がされた農作物の浮島がそこかしこに漂う空間へと変じていた。


 艦内の重力は一旦は復旧したものの、安定した状態は長くは続かず。無重力や低重力状態を行きつ戻りつしていた。

 上下左右、思い思いに働く巨大なベクトルは、モジュールの複合体であるベルゲンの構造に深刻な損害を与える。

 艦は既にあちこちで連絡が分断され崩壊の瀬戸際にあった。〈宇宙クラゲ〉は最早、内側の居住区の環境にまで気配りをしている余裕をなくしていたのである。


 本来であれば彼ら〈見えざる者〉たちにとってはとっくに潮時で、艦外に引き払っていなければならない時間帯であった。だが、メランが機関室で遭遇した三人の男たちだけはデバイスを奪われた責任を取らされる形でこの崩壊寸前の艦に残っていた。

 彼らは何としてもあれを回収しなければならなかった。


 彼らの作戦は、このベルゲンという艦から何者をも、情報のひと欠片をも漏れ出ることを許さず、等しく無に帰すものである。エネルギー炉の暴走と、剥き身で亜光速に晒されることにより無限大に膨れた自重がそれを為すだろう。

 普通に考えればあのデバイスも何の痕跡も残すことなく、他と同じように不可逆の塵と化す可能性が極めて高い。いや、それ以外の可能性など万に一つもあり得ないはず──理屈ではそうなのだが、彼らにとって()()()()()()()()()は到底看過できるものではなかったのである。


『おいケネス。今どこだ?』


 遮光されたフェイスシールドの内側にコガネイのだみ声が響く。

 ケネスと呼ばれた黒スーツの男が熱の籠もらぬ調子で現在地を呟く。ちょうど彼が長い跳躍を終え、農場区画の端にある流線形のドームの入口にたどり着いたときだった。


 近くの取っ手に掴まり身体を固定しながらしばしのやり取り。その会話の途中、ケネスの頭が上向きの角度を作った。

 ド派手な蛍光色のホロサイネージが無機質なシャッター全体を飾り付けるように掲げられている。


『ああん? 待ってろ。いま翻訳してやる。……えーっとだなあ──』


 スーツのヘッドギアに内臓されたカメラで視界を共有し、コガネイがサイネージに書かれた文言を翻訳していく。

 それと比較して見ればケネスにも何となく読めそうな文字だった。彼我の言語乖離レベルはさほど大きくはなさそうだと彼は思った。


 余計な感想付きのコガネイの訳文に耳を傾けるうち、ケネスの肩がわなわなと震えだす。遂には激昂し、固く握った拳のつちで壁面を打ち鳴らした。

 存分に吐き出した悪態で気を静めたあと大きく息を吸う。

 それからまた、しばらくのやり取りを経て、ケネスはゆっくりと解放され始めたシャッターの隙間からドームの中へと身を潜らせていった。

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