◆1-19:侵入者たち 操舵室
ベルゲンの市長兼艦長のフリードマンに艦の放棄を決断させたのは、三基あるエネルギー炉のうち、既に二基までが停止したことにあった。その情報も、機関室自身からではなく、〈宇宙クラゲ〉の状態をモニターする別の分室からもたらされたものだった。
機関室自体とはずっと連絡が取れないまま、炉が停止した理由すら不明。残り一基の炉についても付近にいるエンジニアの誰とも連絡が付かない。加えて、通常一基が緊急停止した際に、自動で稼働を開始するはずの四基目の予備炉も未だに反応をみせようとしていなかった。
銀河連盟の科学の粋を集め、安全措置が幾重にも施された亜光速宇宙艦が航行不能に陥ることなど、およそ考えられない事態であったが、管制室に寄せらる情報はいずれもそれが真実であると告げていた。
それに、機関室の問題は単に自律航行が不能になるだけでは済まない。エネルギー炉が制御不能であること自体、それがいつ暴走を引き起こし、艦を蒸発させるかも分からない状況に置かれていることを意味していた。
総員退艦の判断を下したときフリードマンが真っ先に指示を出したのは、ベルゲンを減速シークエンスに移すことであった。亜光速航行を維持したままの離艦は難易度が高い。当然、〈宇宙クラゲ〉が十分に減速するのを悠長に待てる状況ではないが、慣性運動に切り替わるだけでも幾らかの助けにはなるだろう。
しかしながら、彼が決断したときにはすでに時機を逸していた。
そう。それはあまりにも遅すぎた。
〈宇宙クラゲ〉の進路や速度を制御する操舵室はそのときすでに、彼らが〈見えざる者〉と呼称する異星人の集団によって襲撃を受け、今まさに、室員の最後の一人が息絶えようとしていたのだから──。
*
「管制室! 管制室聞こえますか! 敵はヒューマノイドです! 繰り返します。敵はヒューマノイド! 我々と同じ人型です。交戦中です! 増援を! 増援を早く!」
声を荒げて交信を試みていた男の首が、次の瞬間、グラリと揺れて胴体から転がり落ちる。同時に、彼が必死で呼び掛けていた端末も手首ごと撥ね飛ばされていた。
太刀筋の見事さもあるだろうが、その非常識な切れ味は、メランが戦った長身の男ヴェエッチャの幅広の短刀を彷彿とさせる。ただし、こちらの男が扱う刃はより長く細い。相手の手足が届く間合いに踏み込む必要がない分、こちらの方がより戦闘に特化した実践的な武器と言えるだろう。
「事に及ぶのに通信を遮断してないわけないだろ。連盟の連中は馬鹿揃いか?」
太刀を振るった男の表情は頭部の遮光シールドに阻まれ読み取ることはできないが、相手に対する侮蔑の感情は、その口調からでも十分に汲み取ることができた。
「非戦闘員に合理的な行動を求めるのは酷というものでしょう」
背後に寄り添うように現れた彼の部下と思しき男も同じく遮光されたヘッドギアを身に着けている。彼らの周囲に広がる血塗れ惨状に比べて、二人の物腰は恐ろしいほど落ち着き払っていた。
「それに、こんな局面なら私でも祈る気持ちで通信を試みますよ」
「……そうだな。趨勢は決した。紛れを起こされんように今度はこちらが引き締める番か」
部下が漏らした含みのある感想に頷き、男が納刀する。代わってサイドポーチから深い青色のカード型デバイスを取り出した。メランと黒いスーツの小柄な男が奪い合っていたものと同一のデバイスのようだ。それを中心にして広がるホロディスプレイを男が慣れた手つきで操作する。
その最中、男のインカムに通信が入った。男はホロの操作を続けながら、ここにはいない誰かと二言三言やり取りを交わす。
ホロを閉じ、デバイスを腰のポーチにしまってから嘆息。
「なんです?」
「言ってる側からだ。紛れを起こされた。ヴェエッチャのチームが敵に〈F3回路〉入りのデバイスを奪われたそうだ」
それを聞いた部下の男の顔色が変わる。当然シールドの外から直接読み取れはしないが、それでも彼の全身が緊張で強張る様子が感じ取れたほどであった。
「奪われたときの出力は?」
「一度取り返したときに範囲だけは最小に絞ったらしいんだが──」
「ちょっと待ってください。つまり、あいつら二度も敵にデバイスを奪われたってことですか?」
「そうだそのとおりだ。それで、出力の方だったな? 聞きたかったのは」
彼の語気が強まったのは部下から話を遮られたことだけが理由ではなかった。あまりの馬鹿馬鹿しさに二人の間で呆れと怒りの感情がこだましたのだ。
「え、ええ……」
自分が訊ねた手前頷くほかない。だが、部下の男にはすでにその答えをあらかた予想し終わっていた。
「最大だとよ。ポータブルで使える最大出力の〈F3〉を垂れ流したまま。それが敵の手に渡った状態で見失ったんだそうだ!」




