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◆1-2:メラン 警備員控室

 メラン・ミットナーは全身を映す鏡の前で身動みじろぎひとつせずに直立していた。

 足を肩幅に広げ、白銀のスーツに身を包んだ自分と真っ直ぐ相対する。

 燃え盛る炎のような真っ赤な頭髪と、同じく赤く輝き、意気をみなぎらせる自らの瞳の色を真剣な面持ちでにらみつける。


 やがて満足したように肩の力を抜く──と次の瞬間、鏡に向かって鋭い掌底しょうていが繰り出されていた。予備動作はまったく見えなかった。古代地球武術の流れを汲むその技のキレは、控え目に言って達人と見なすべき領域にあるといえよう。


 メランは鏡の中の自分相手に、そのまま右、左、と連続で手刀を見舞う。手刀が触れる瞬間、硬度を有す物体に見えていた鏡面はぐにゃりと曲がり、メランの手首より先をその内側に飲み込んでしまう。

 鏡像の二人は互いの腕を溶け合わせるようにして向かい合い、垂直に切り立った水面は、彼らが触れ合う部位から外縁へと激しい波紋を躍らせた。

 両腕から伝わる心地よい振動は彼の下肢かしにまで及び、一瞬そのたぎりのうちに回し蹴りの追い打ちまで掛けようかと腰をひねりかけた──が瀬戸際、こらえて自制し脱力する。


 姿勢を正し、左手首のインターフェイスを軽く握ると、メランの目の前にあった鏡は一瞬で消え、代わりにその裏から彼の上官の仏頂面が現れる。

 上官はメランがもうほんの少し踏み込んでいれば、こめかみ辺りに手刀がめり込んでいたであろう位置に立ち尽くし、軽くあごを引いてメランをねめつけていた。

 ドゥルパ族の表現型が強く現れたざらりとした灰色の皮膚。彼のまぶたが上下同時にゆっくりと動いて瞬きし、突起のない鼻の二つの黒い穴が僅かに収縮する。


「メラン・ミットナー。狭いんだから考えろ。初日から反省文を書くつもりか?」


 叱責。ではあるが、それほど強い調子ではない。その証拠に、更衣室の中で一部始終を見ていた他の同僚たちからは和やかな笑いが起きていた。

 そのほとんどは全身を濃い体毛で覆っていたり、頭から触角を生やしていたりといった何かしら固有の外見を備えていた。メランのような純地球人種寄りのヒューマノイドは稀である。


「いいねえ久々ぁ。ルーキーっぽくていいんじゃない?」

「気負うな気負うな」

「警備任務っつっても暴漢を相手にすることなんてほとんどねーぞ? 研修で習わなかったかー?」

「こいつ、こないだリューベックの武術大会で総合優勝したらしぃんスよ」

「ほー、そりゃ凄い」


 冷やかしとも純粋な感心ともつかない微妙なうなり声が狭い室内に満ちる。

 対するメランは初日の勤務が始まる前から注目を集めてしまったことにすっかり恥じ入ってしまっていた。

 慣れない僻地へきちの艦への配属で、周りは年上ばかりの環境とあっては無理もない。健康的に焼けた張りのある肌。そのほおの周りが薄く紅潮する。それを誤魔化すために、メランは気密服(ボディスーツ)の背中に吊り下げてあったヘッドギアをスッポリと被ってしまった。


 個人を特定されて余計な遺恨を招かないよう、トライデンアッシュ社の警備隊員は基本的に任務中は遮光されたヘッドギアを被る決まりである。

 規格統一された白銀のスーツと、このヘッドギアを身に着けてしまえば、様々な異星系種族の寄り合い所帯であるこの〈統一銀河連盟〉社会においてすら、ほとんど誰が誰だか判別が付かなくなるのだった。

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