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◆4-23:メラン アトラス号艦内(2)

「ミリィさん」


 ミリィの後ろで腕組みをした年配のフィライド族──サラウエーダが、何かを諭すように言う。驚きで言葉を失っている子供たちのことはこの際放っておくことにしたようだ。


「あ、あーそうね。はいはい。質問でーす。私たちが10歳の頃、家の裏の木の下に隠した宝物は何でしょう?」


 ミリィはつや立った声でそう言い、メランに向かって人差し指を立てた。

 幼い子供を相手にするような口調と仕草にはムッとしたが、自分の身元を確かめるための質問だということは分かったので、メランは大人しく付き合ってやることにする。


「10歳って言ったらまだナツメグに住んでた頃だろ? その頃二人で隠した物って言ったら父さんが大事に飾ってた武闘大会のトロフィーじゃないか? 宝物じゃなくて、壊したのを誤魔化すために隠したんだ。それに、隠した場所は木の根元じゃない。経年劣化で捲れてた外壁の隙間だっただろ?」

「あ……、あったね、そんなこと……」


 ミリィは急にしゅんとして子供たちの方を気まずそうに振り返った。


「合ってるの?」


 僅かに苛立ちを伴った声でサラウエーダが訊ねる。


「やー、思ってた答えじゃなかったんだけど……」


「宝物と呼べそうな物といえばお互いの髪色をしたウィッグだ。入れ替わって遊ぶための。あれは14歳。リューベックに引っ越したあと。それも隠した場所は木の下じゃなくて木の洞の中な。何かで必要になったとき、すぐ取り出せるようにって、ユフィがゴネたから結局そこに変えたんじゃないか。忘れたのか?」

「あっ」


 ミリィがしまったという顔になり口元を両手で覆う。


「まったく。本人確認用の質問ならちゃんと自分が憶えてることにしろよな」

「……本当に、メランなんだ」


 震える声に驚いてメランが目をみはる。つい先ほどまで明るくしていたミリィが、一変して眉をハの字に下げ涙ぐんでいた。


「お、おい、泣くな。スーパーアイドルは泣いたりしないんだろ? 皆に見られてるぞ? いいのか?」

「うん駄目。駄目だけど。けど……」


 言えば言うほど、本人が駄目だと思えば思うほど、ミリィの涙は止まらなくなった。


「あー、もう、しゃーねーなあ……。おい、ちょっとぉ……そこ、しゃがめっ」


 腕を下に引かれてミリィがしゃがむと、彼女の頭がメランの──幼いユフィの胸のあたりまで下りてきた。

 メランは泣きじゃくる妹の頭を、細く頼りない腕で包んで抱き締める。


「メラン。メランメランメラン……」

わめくな。それよりなんでお前がここにいるのか説明しろ。時間がないんだから」


「だってぇ。メランが死んじゃったって思ったからぁ──」


 ミリィが救助部隊に紛れて付いてきた理由については、泣きじゃくるミリィに代わってサラウエーダが説明を引き継いだ。

 救助用の艦艇としてミリィの超光速ツアーバスであるアトラス号が徴発されたこと。イザベルたちによって発信された救難信号に含まれていたメラン・ミットナーの個人識別コードのこと。銀連政府がメランの素性を照会する過程でミリィが自分の兄の名前を含む救難信号の存在を知るに至ったことなどだ。

 ひとしきり涙を流し終わったミリィは話の途中で部屋の奥の化粧室へと姿を消していた。


 一方メランの方からは、これまで自分が経験した数奇な物語が語られた。

 ベルゲンの機関室でケネスを含む三人の〈見えざる者〉と直接交戦したこと。彼らが執着していた青黒いカード状のデバイスのこと。重傷を負い、ベルゲンの片隅で気を失ったあと、気が付くと幼体に逆行する変態を遂げていたこと。イザベルらが乗る避難艇に拾われたあとは、意識が混濁し、自由に話すことも身体を動かすこともできなかったことなどだ。


 いつの間にかラウンジバーのような部屋には女性士官らしい人影が増えており、彼女らはメランの肉声を録音したり、テーブルの上に端末を広げ、忙しくタイプし始めたりしていた。

 メランとサラウエーダはソファに座って向かい合い、イザベルたちもその横で引き続き同席を許されていた。


「今だって、いつユフィの人格に取って代わられるか分からない。そうなったら──」

「それはアキラ君から聞いてるわ。あのケネスという子の側に居る必要があるのよね? だから、できるだけ二人の距離を離さないように隣の部屋にしたんだけど」


「いや全然遠い……と思います。体感ですが、多分もっと密着するぐらいでないと。……あいつを完全に拘束しないのは、泳がせるためなんですか?」

「そう。私たちが彼の正体に気付いてないと思わせることで、その誤解を利用しようというのが連盟政府の目論見もくろみ


 自然と話は喫緊の課題であるケネスの処遇へと移っていた。

 サラウエーダの話を聞き、メランが口元に手をやりながら考え込む。

 その視線は、隣の部屋にいるはずのケネスを透かし見ようとするように壁の一点に据えられていた。


「確かに、そのほうが上手くいくかもしれませんね。正体も目的も何も分からない連中だし、奴が訓練された兵士なのだとしたら、簡単に口を割るとも思えない」


 それに、自分が捕らわれの身となった事実を知れば自害を図る恐れだって、ないとは言い切れない。


「それでも、〈見えざる者〉が私たちと同じヒューマノイドだということが分かっただけで途轍もない前進よ。中枢神経を支配する寄生型種族だったり、彼らが洗脳された尖兵に過ぎず、背後に別の高次元生命体がいたりする可能性は捨てるべきではないけれど」

「銀連内部のテロリストという可能性もあります。ただの思想犯だって可能性です。彼らが話す言葉を聞きました。使用言語が割れれば、彼らの母星も分かるかもしれません」


 それを聞くサラウエーダは、彼らが持つ規格外の科学力から考えて、身内に巣食う組織という可能性はなさそうだとは思っていたが、彼女はメランのその考えを安易に否定しなかった。


「いい洞察ね。あとで軍事部門の責任者を紹介するから、協力をお願いできるかしら?」

「もちろんです。俺がお役に立てるなら何でもしますよ」


「とりあえず先に精密検査ね。いま準備してるところだから少し待ってて。他の子たちもそうだけど、貴方は特に珍しい生理現象を経験したようだから調べ甲斐があると思うわ」

「はあ……」


 自分もイザベルらと同じ子供の範疇に含められたような気がして、メランとしては少々複雑だったが、サラウエーダぐらいの年齢の女性からみれば自分も大差ないのかもしれないと考え、抗議は取り止めにした。


「ケネスにも精密検査を?」

「ええ。他の子たちと同じ安全上の措置だと説明して。それで素直に調べさせてくれればいいんだけど」


「遺伝情報をですか? それは検査を拒否しなかった時点で多くのことが分かりそうですね」


 仮に、彼の遺伝性物質が銀河連盟のデータベースに収録されていない未知の分子配列で形成されていることが分かれば、ケネスは即座に外部の世界から侵入した何者かであることが明らかになる。

 彼の方に身元を隠すつもりがあるのなら、精密検査の前にどうにかして逃亡を試みるかもしれない。


 逆に、彼の遺伝子の構造が銀河連盟に所属するいずれかの種族に当てはまる場合、このまま、彼にとっての敵地で潜伏を試みる可能性は高い。

 確実に逃亡を果たせる機会を窺うためか、あるいは、内部で知り得た情報を味方に伝えるスパイとして。

 最初から船団社会への潜入が狙いだったと考えるには、段取りが込み入っているうえに手際が悪すぎるきらいはあるが……。


 メランとサラウエーダの二人は互いに交換した情報を整理するためしばし黙考する。

 それで二人の会話が途切れたのを見計らい、これまでずっと横で耳を傾けていたイザベルが手を上げた。


「ちょっといいかしら」


 メランたちが揃って自分に視線を向けたのを見て、イザベルはそれを了承の合図と受け取った。


「今って、もしかしてケネスの正体について話してた?」

「そうよ。まさかアキラが言ってた子供みたいな陰謀論が本当だったなんて、驚きよね」


 ちゃっかりと回答を受け持ったのはセス。言外に、鈍いわね、という感想を添えていた。


「なら、心当たりがあるわ。ねえ?」


 そうやってイザベルが同意を求めた相手はネムリである。

 だが彼女は無反応で眠たげな表情を浮かべたままだった。どうやら情報を共有できていると思っていたのはイザベルの方だけだったらしい。


「えっ、嘘でしょ? 分かってなかったの?」


「ごめんなさいイザベルさん。今はあまり時間がないの。気付いたことがあるなら教えてもらえるかしら? そのぅ……なるべく手短に」


 サラウエーダから請われたイザベルは、口元に含み笑いを浮かべ、優越感たっぷりに口を開いた。


「彼、地球人よ? 原生の地球種族。伝説の、プロトアーシアン。あの混じりけのない濃厚な地球人臭は絶対間違いないって。あんだけやらしい匂いムンムンにさせてるのに、分っかんないかなー、みんな」


 記録係の士官たちも含め、部屋にいる皆がたった今提示された情報を咀嚼そしゃくできずに呆然とする中、メランとネムリの二人だけは、シュレッダールームで垣間見た彼女の奇行を思い出し、「あ」という最小の感嘆符をハモらせていた。

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