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◆4-21:メラン 解析カプセル内

「誰かいるな」


 何も見えない暗闇の中。メランの間近でケネスが呟く。

 二人がカプセル内の空気の残量を心配し、お互い黙ることに合意してすぐのことだった。

 二人の身体の間で再びライトが灯り、二人を囲う鞘状の曲面に複雑な陰影を投げかける。


 耳を澄ましてもメランには何も聞こえなかったが、ケネスが腕を上げ天井に掌をぺたりと張り付けるのを見て、それを真似してみることにした。

 無重力なので、手で押すと同じ力で背中が反対の壁に押し付けられた。

 最初は掌の方に意識を集中させていたものの、やがてコツコツと外側から何かが当たる振動を感じ取ったのは肩甲骨の方からであった。


「人か?」

「シッ……!」


 ケネスは狭い空間の中で器用に身体を回し、手足を突っ張らせて壁面に自分の耳を押し当てる体勢をとっていた。

 メラン──幼いユフィの姿であるところのメラン──はそんなケネスと互いを流し目にする奇妙な角度で目を合わせながら息を詰めて見守った。

 やがてメランの耳にも厚い硬材ごしに誰かの話し声らしき音が聞こえてくる。

 それからコンコンと、今度は明らかに人の意思を感じさせるノック音が鳴った。


「……こっちも叩き返した方がいいんじゃないか?」


 中からは開錠できないカプセルに閉じ込められた遭難者としては当然、音を出してこちらの存在を報せるべきだろう。

 〈見えざる者〉の一味であるケネスは見つかりたくはないのかもしれないが、その秘密を知らない(ことになっている)ユフィとしては、彼が救助を求めようとしないことを不自然に思うはずである。

 いずれにしろ外から開けて貰わないことにはここから出られないのだ。

 仮にアキラが気を利かせて生命維持機能を稼働させて行ったとしても、二人分の酸素が供給され続ける保証もない。


 メランは始め、ケネスがこの期に及んで何をそんなに慎重になっているのかと他人事のようにいぶかしんでいたが、そうやって考えているうちに、ここで救助に現れるのは何も銀河連盟側の人間とは限らないという可能性に思い当たった。


 先ほどケネスが手首の端末で何者かと連絡を取り合おうとしていた気配から考えるに、今このカプセルの外にいるのは、奴の救援要請に応えて現れた〈見えざる者〉の仲間という可能性も十分に考えられるのである。

 いや、単に可能性があるだけでなく、そういった可能性の方がずっと高いのではないか。何より、この重力障害は〈見えざる者〉による襲撃のせいだと考えると非常にしっくりくる。

 〈見えざる者〉の工作員を捕らえる千載一遇のチャンスだと思っていたのに、蓋を開けてみたら捕らえられるのは自分の方だったというのでは笑えない。


 助けに現れたのは果たしてどちらの陣営か。ケネスよりも何周も遅れて危機感を募らせたメランであったが、次にカプセル内部のスピーカーから聞こえてきた声によって、自分のそれが杞憂であったことを知る。


「ユフィ。それとぉ、ケネス。待たせたな。俺だ。アキラだ。開けるぞ?」


 直後、カプセルの蓋が開き、二人は背中から無重力の宙に投げ出された。

 それと同時に、外で待ち構えていた気密服姿の男たちが無言のうちに掴み掛かってきて二人の身柄を確保する。


「もう大丈夫だ。頑張ったな」


 声は優しく、幼い二人を労わるもので、あくまで救助に来た体裁ではあったが、その男たちは同時に、有無を言わさぬ手つきでそれぞれの腰にハーネスを取り付け二人の自由を奪ってしまう。そこにアキラの姿がなければメランだって思わず抵抗を試みていたかもしれない。

 それくらいの強引さであったが、意外なことに、ケネスは終始落ち着いて、なされるがまま拘束を受け入れていた。


「大丈夫だ。空気はあるから」


 大人の男たちに混じり、彼らと同じく気密服を着込んだアキラが言った。

 あちこち自分の身体をまさぐった挙句、どうにかフェイスシールドを上げてケネスに向かって素顔を晒す。


「いつどこから穴が開いて、空気が漏れ出すか分からないからだってさ。念のためだよ。〈宇宙クラゲ〉が丸ごと全部剥げちまったんだ」


 自分たちだけ気密服でいる理由を言い訳がましくするアキラ。

 彼に向かってケネスが大人たちの間を縫って進み出る。そんなことが訊きたいんじゃないという内心が読み取れる不満げな表情だった。


「麻酔薬を使ったな。何故だ?」

「──へっ!? 麻酔?」


 虚を衝かれてアキラが目を丸くする。彼が想定していた反応ではなかったのだろう。数瞬遅れて目を泳がせたアキラが今度はまた別の言い訳を始めた。


「あ、あー、あれ? あれ麻酔だったのか。スマン、間違えたんだ。お前が宇宙空間に投げ出されてもいいように密閉できないかなんて無茶言うからだぞ? そもそもそういう機械じゃないって言ってんのに。俺は俺なりにだなあ──」


 ケネスはなお疑わしそうな目でアキラを睨んでいたが結局それ以上は何も言わなかった。アキラのその説明で納得したのかどうかも分からない。


「君たち。急ごう。ここはあまり安全じゃないんだ」


 大人たちの一人がケネスの肩に手を掛けながら後ろを振り向く。

 彼が指差した先には見覚えのない巨大な穴が口を開けて待ち構えていた。倉庫区画の壁面に、いつの間にかダクトチューブが通され直通の避難通路が設けられているのだった。


 短く調節されたケーブルで引かれ、メランとケネスはチューブの中へと案内される。

 チューブは入口こそ広かったが、少し進むとすぐに円周が狭まり、大人一人がどうにか方向転換できるくらいの太さになった。

 ところどころ大きく曲がりくねった管の中を這うようにして上っていく。

 はじめから無重力なので、本来は上も下もないのだが、梯子はしごを上るように手足を動かしていると頭がそのように錯覚してしまう。


 途中、列の前方が詰まったので顔を上げると、奥の方のチューブが透明になって、そこから宇宙の暗闇が無慈悲なかおを覗かせているのが見えた。

 前を行くケネスがそこで動きを止め、そこからの景観に見入っているようだった。


 後続のメランが同じ場所までたどり着くと、ケネスが思わずそれに見入った理由に合点がいった。

 漆黒の宇宙に、白く輝く巨大なロボットが浮かんでいるのだ。

 それはちょっと腕を上げればここに届き、ダクトチューブを握り潰してしまえそうなほど近くに見え、その大きさも相まって、周囲の現実感を著しく損ねていた。


「あれは、何ですか?」


 メランが呆然と訊ねる。

 口に出してからしまったと舌先を噛む。だが、すぐ後ろまで来ていた男は如何にも気安い感じでこう答えた。


「あれは連盟政府の秘密兵器ですよ」


 メランはぎょっとして先を行くケネスの後ろ姿を確かめた。

 この距離。彼の耳の良さなら当然聞こえただろう。そんな機密情報をうっかり漏らして大丈夫なのかと内心気が気ではなかった。


「あれのお陰で君たちは命を救われたんだよ」


 男はメランの心配をよそにさらに続ける。

 僅か30光秒足らずの距離から敵のエネルギー兵器の狙撃を受け、それをあの〈ヴォーグ〉という機体が盾となって守ったのだと。あれがなければ、子供たちだけでなく、接弦していた自分たちの艇も無事では済まなかっただろうと説明された。


 なるほどそういうことかと、メランは自分とケネスがカプセルの中に閉じ込められていた間に起きた出来事をおおよそ理解した。

 おそらく敵は、ケネスの救出を諦め、証拠隠滅を図ろうとしたのだろう。

 少なくとも、ここにいる連盟政府の大人たち(軍事部門の兵士?)は、そのように見なしているのだと分かった。

 味方戦力が敵の企みをくじいたのだ。〈見えざる者〉という未知の敵から受けた直接攻撃を、見事防いでみせた自軍の兵器を頼もしく見つめなら、メランは再びチューブの中を這い上り始める。


 〈ヴォーグ〉は左肩にあたる部分が大きくえぐれ、いびつな隻腕の形状となっていたが、先ほどの説明でその理由にも合点がいった。

 今も胴回りはプスプスとくすぶる音が聞こえてきそうな、赤黒く焦げた色を残しているが、おそらく自己修復機能があるのだろう。抉られた左肩の周辺では、白く透き通った触手がうごめき、もつれ合いながら、装甲の再生を始めている様子が観察できた。

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