◆4-20:サラウエーダ リューベック議事堂
扇状に並んだ聴講席を前に、サラウエーダは毅然と背筋を伸ばし、鋭い視線の圧に真正面から立ち向かっていた。
彼女に向けられる敵意と猜疑は傍目には気の毒に思えるほどの苛烈さであったが、彼女自身にしてみれば、あのアトラス号の艦長席に座ることに比べればよほど落ち着いて構えていられた。
彼女がこれをある種のホームゲームのように感じるのは、彼女にとって見慣れた会場のレイアウトのお陰かもしれない。
大学の講堂のように講師を見下ろす角度で並ぶ席は、半数ほどはその場に実在するヒューマノイドで、もう半数はハンザ艦隊の外側からリアルタイムの量子結節通信で繋いで参加しているホログラムだった。
本当のところ、今のサラウエーダは大学の講師などではなく、言ってみれば査問を受ける被告に近い立場なのだが、慣れ親しんだこの景色が、彼女に研究発表会で散々論敵を打ち破ってきた往年の記憶を思い出させるのである。
「君のその……なんと言ったか、M力場? だったか。そもそも、その観測値に誤りはないと考えていんだろうね? かつてない異常値を検出したということも、その発生源と見られる特異点を自前の力場で覆った結果、完全にフラットに均して封じ込めたられたということも。専門に扱っていない私のような者からするとどうにも無駄に華々しいというか、……ああ、あれだ。君たちがよく言う、あれ。都合が、良すぎるように感じるのだが……。この場合、誰にとって都合が良いかは、言わなくても分かるね?」
差し詰めこのご老人などは、引退後もしつこく学会に顔を出し続ける名誉なにがしのようである。
「おっしゃることは理解しているつもりです。ですが捏造や誤謬、計器の故障の類はあり得ません。ハンザ艦隊に所属する各艦や軍事部門の独立偵察艦からも、今なお続々と同じ観測結果が集まり続けております。そういった観測者の中には、私どもM理研だけでなく、異なる立場で観測する研究者や監査機関も含まれております」
長い沈黙のあと、同じ老人が再び口を開く。
「……そもそも、〈見えざる者〉が我々と同じヒューマノイドだという情報も敵の欺瞞情報なのではないのか? 我々に対し明確な敵意を持つ相手と仮定するなら、そういうことも想定しなければならないよ君……」
そもそもで混ぜ返される論駁は議論の停滞の裏返しだ。
適切な指摘が思い浮かばないから、筋を違え、的を変えて相手を攻撃せざるを得ない。相手を攻撃することの方に目的が移ってしまっている。
ノイズで身体をビリビリと歪めながら触覚の一つを撫でさする自称防衛理論の権威を視界の中央に据えつつ、サラウエーダはこの会合もそろそろ潮時だなと考える。
「もちろん我々は〈見えざる者〉の正体に関する別の可能性も完全に放棄してはおりません。ですが、最初に申し上げたとおり、これは一定の解釈のもとに思い切った前進を成し遂げるために用意された場なのです。〈神経寄生種〉や〈多次元知性体〉、〈集団疾病説〉などの主要な可能性群については、こことは別に議論の場が設けられておりますので、そちらで詰めたうえで正規の手続きに則り俎上に載せていただきたく」
エライヒ族の老紳士は、なお何かを言い掛けたが、現実の彼の隣にいるらしい誰かに諫められ発言を取り下げた。
その次に発言を始めたのはどこかのエルフ種の若い男だった(鼻梁らしきものが見えないので、少なくとも地球系ではないだろう)。
彼はホロではなく、同じ会場で空気を吸う生身の参加者だった。
彼自身は会議の開始早々からボタンを押し続け、きっとこのランプは断線か何かで永遠に反応しない代物なのだろうという結論を導き、ちょうど諦めた折のことであった。
発言を促すランプが自分の手元で灯ったことを、さも意外そうな顔で見つめてから立ち上がる。
「──失礼。軍部の開発局の者です。ヴォーグの緊急増産の件は承知しました。こちらも八方手を尽くし、迅速な建造に努めたいと思っております。ですが、検収指定地が、ここ、リューベックなのは何故でしょう? 申請の八機全てがそうだという点についての質問です」
〈ヴォーグ〉ほどの重量兵器を一度に八機も建造するには一方面艦隊の設備ではとても足らない。極秘を保った上で、人々の注意を惹かずにあれだけの質量を移動させることもなかなか骨が折れる仕事だ。男の発言は言外にその抗議を含んでいた。
サラウエーダは表情を変えず、心の中で面倒な相手に当たったなと舌打ちする。
一方で、この会がこれまで比較的ぬるい質疑に終始していたのは、クリティカルな質問をしそうな人物に発言権が回らぬよう細工してあることにも察しが付いていた。
普通はこのとおり。読む者が読めば気付くのだ。どれほどこっそり忍ばせたとしても、配られた資料には申請の要件がまとめて記載されているのだから。
「何も不思議ではないだろう。彼女がここにいるからだ」
開発局の男が、声のした方へ視線を移す。
厳めしい口髭を蓄えた初老の男だ。聴講席の最前に陣取った彼が、発言権を示すランプの許しもなしに口を挟むのはこれが始めてではなかった。
彼も今の質問者と同じ軍属だが、今日の会合の前にサラウエーダの擁護に回るような旨を紹介されていた。
サラウエーダの記憶が確かなら、ナパが話していた〈ヴォーグ〉を玩具と揶揄した男というのが他ならぬ彼なのだが、その〈ヴォーグ〉が〈見えざる者〉の攻撃を弾き、子供たちを保護するミッションを無事やり終えた結果をみて、どうやら考えを改める気になったらしい。
「果たしてそれだけでしょうか? 別段サラウエーダ氏だけが件の理論に通じているわけではない。こんにちではM理研の研究者もあらゆる船団に在籍しているのです。検収をするのに不足はないでしょう。非常用の小規模軍を常備させている船団もです。候補地は沢山ある」
「もったいぶった言い方をするねえ君は。何が言いたい?」
食い下がる開発局の男に対し、口髭の男が威嚇の色を強めつつ続きを促す。
それを聞いて男が一呼吸。
「よいですか? 自分には〈点〉を防衛しようとしているように見えるのです。未知の敵に対し、有効な戦力となるであろう〈ヴォーグ〉を一つの場所に集めておくということはですよ? もしかして貴方がたは次に狙われる艦の目星が付いているのではないですか? そうとでも考えなければ──」
「君」
口髭の男がたった一声で発言者の言葉を遮ってしまう。
事情を知るサラウエーダからすると、そこまで言わせておいてそれはないだろうと感じるのだが、きっとそうやって匂わせるところまでが既定路線なのだろうなと、自分の考えが至らなかった点の補完に努めた。
「そういった突飛な発想を口にするのならせめて非公式の場で行うことだ。仮にだ。仮にその推論が正しかったとしても自分の評価を下げることになる。と、私ならそう考えて黙っておくがねえ」
と、これはやり過ぎ。若い事務官の言ったことが真実を掠めていると認めるに等しい。たとえこの場に出席を許された選りすぐりの関係者に対してであっても、そんな彼らにすら秘匿された情報がまだ存在するのだと公言することに。
開発局の男は小さく「失礼しました」とだけ言って着席し、それきり俯いてしまった。
可哀そうに。三文芝居に一枚噛まされたことに、彼自身はまだ気付けていないのだろう。上級の武官から過ぎた発言を窘められたのだと真に受けへこんでしまっている。
一方、聴講席のホログラムたちは自らの姿を静止画に切り変えて、とっくに身内で相談を始めていた。
それ以外の生身の者たちは互いに届く範囲で目配せをし合い、このうち誰がより厳選された上澄みの情報を知る者なのか見極めようとしていた。
慌ただしい沈黙の中、口髭の男がそっと顎をしゃくる。
それに促されて会場の隅で控えていたシトロフロロが進み出ると、本日サラウエーダの名で上梓され、この場で承認される運びである当座の計画と行動指針を読み上げ始めた。
要約すると次のとおりとなる。
1.探査艦ベルゲンに生存者がいたこと、並びにその救出に成功した一連の事実は引き続き極秘とする。
2.情報の漏洩防止や、精神汚染その他未確認のリスク調査のため、救出された子供らの身柄はM理研で預かり保護観察下に置くものとする。
3.連盟政府軍には〈見えざる者〉との戦闘行動があった旨とその詳細を共有したうえで第一級警戒態勢を維持させる。
4.情報の秘匿に留意したうえで対抗兵器〈ヴォーグ〉の増産に着手。半年以内に最低八機体の新造・配備を目指し、一年以内に量産を開始する。
5.M力場観測用の機器拡充を急ぐ。当面は他目的で製造された現有センサー類の一部を改造することで賄うとともに、直ちに宇宙全方位に向けM力場の観測記録を開始する。
6.探査船団の〈彷徨える地球探査プロジェクト〉は現時点をもって正式に中断。以後、次の再開時まで船団の目的は銀河連盟社会の存続を第一、敵性勢力の無力化を第二とする。
最後に読み上げられた一文は、約9千年の長きに渡り連綿と続いてきた探査船団社会の存在意義の一大転換を意味するものであり、当然ながら、探査船団の発足以来初めて施行される運営形態であった。
40年前のリョウザンパクの事件より幾度も議題に上がり、噂され続けてきたそのオーダーは、総艦数約900万隻で構成される艦隊に暮らす、総人口約8,000億人を超える探査船団員たちのほとんどが知らぬ間に、ひっそりと発令されたのである。




