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◆4-18:キケルクォ コックピット

『キケルクォ君止まりなさない! 命令よ。戻って!』

「あの野郎、俺様のヴォーグにどでけえ傷付けやがって。許さねぇ!」


 〈鶏冠とさか〉に来たキケルクォにとって、スピーカーから聞こえるサラウエーダの差し迫った声はアドレナリン(彼らの種族にとってそれにあたる興奮物質)の分泌を増進させるためのサウンドエフェクトに過ぎなかった。

 攻撃を受けたと分かった瞬間、機体へのダメージに目を配る素振りも見せず、キケルクォは敵を追撃することだけに全力を傾けていた。

 機体本体のサブヒッグス推進機構に加えて、姿勢制御用の補助バーニアや、抜き去った太刀の峰に付属した加速器も総動員した全開の機動である。


 統一銀河連盟にとって〈見えざる者〉の科学力や兵装の実力が未知数であることは今さら言うまでもない。

 また、ヴェエッチャたち〈見えざる者〉にとっても、連盟の新兵器〈ヴォーグ〉が如何なる性能を有するものか、この時点では全く知られていなかった。

 いずれの陣営においても、双方の戦力を公平に見定めることは叶わぬことではあったが、ここではその超越的視野の飛躍には目をつぶり、少なくとも二機の推力の差についてはつまびらかにしておかねばなるまい。


 ヴェエッチャたちが乗り込む小型艇は隠密性と機動性に特化した強行偵察機にあたるものである。

 漂流するE16区画を追っていたときのように、亜光速航行が可能であるばかりか、単独でのワームホールジャンプも可能な高い機動性を誇る。

 一方でキケルクォが駆る〈ヴォーグ〉はあくまで近距離局所戦闘向きの機体であり、長距離航行や、ましてや亜光速航行などは実装の検討すらされていない。

 要するに、ヴェエッチャたちが十分に加速するだけの時間を稼ぐ前に、〈ヴォーグ〉が攻撃の届く距離まで接近できるかどうかがこの戦いの肝であった。

 その点で、脇目も振らずに敵へと直進を始めたキケルクォの行動は満点の判断だと言える。

 ヴェエッチャたちの艇が未だ機首を転じているタイミングであったればこそ、辛うじて追い付くチャンスが生まれていたのである。


『命令だ。引き返せ! 軍法会議ものだぞ!』

『キケルクォ君。M力場を見て。値が急速に増大してるわ。今すぐ戻って、ヴォーグの、貴方のアンチフィールドの傘に入れないと何が起こるか分からないのよ!』

「ああん?」


 シトロフロロの高圧的な命令は容易く聞き流したキケルクォであったが、M力場と聞いては耳を傾けざるを得ない。

 キケルクォは今でこそ〈ヴォーグ〉のパイロットとして訓練に専念しているが、元をただせば彼もサラウエーダやナパと同じくM理論を専門とする一端の研究者なのである。


 コクピットの目立つ位置に据えられた専用のモニターには〈ヴォーグ〉を中心とした宙域の略式図が示されていた。

 彼が狙いを定め、今しも猛然と距離を詰めようとしている敵影は先ほどと変わらず赤く光りつつ後方の宙域に黄色い航跡をたなびかせている。

 だが、それより遥かに大きく広がる光点が〈ヴォーグ〉の後方にあった。

 そこから全力で遠ざかっているため、既に画面上では見切れていて全ては映っていないが、その中心は先ほどまで〈ヴォーグ〉がアンチMフィールドを展開していたE16区画の底部格納倉庫に違いない。


『追い掛けるにしてもですよ? せめて装甲が生え揃ってる右肩を正面にして飛んだらどうですかねえ? 僕ならそうしますけど』


 こんな局面で全く緊張感のない、解説コメントのような通信を寄こすのは実にナパらしい。

 だが、その場違いさが、却って神経をたかぶらせていたキケルクォの思考に割り込むこととなった。


 キケルクォはほとんど無意識の操作で〈ヴォーグ〉の右側面を進行方向に傾ける。

 その直後、前方の広範囲に熱源が発生した。

 M力場の活性を示す赤いホットスポットという意味ではない。本物の、ケルビンで表せる暴力的な熱力であった。

 加速を続ける目標の敵機が、後方に機雷の類を撒いたのだと分かった。

 計器類の出すアラートではなく、ほとんど脊髄反射的な直感でキケルクォは危険を悟る。


「チィッ!」


 キケルクォは操棹を起こし、〈ヴォーグ〉の軌道を上方へと逃す。

 サブヒッグス粒子による中和を受けてなお強烈なGがキケルクォの心肺を締め上げた。

 キケルクォはくちばしがひしゃげるほどきつく口を閉じそれに耐えた。


 〈ヴォーグ〉の誇る〈ミルフィーユ装甲〉は、表面に僅かな焦げ目を作っただけで済んだが、仮にナパの助言を聞かず、無防備に直進を続けていたとしたら、メインフレームへの深刻なダメージは避けられなかっただろう。

 火加減によっては、こんがり焼けたローストチキンが蒸し上がっていたかもしれない。


 ナパの値千金の助言に、キケルクォの神掛かった回避行動が為した生還であった。

 だが、それと引き換えに、もうあとほんの僅か、もう少しで手の届く距離まで迫っていた敵の艦艇に追い付くチャンスは永遠に失われてしまった。


『ダメージを報告しろ、パイロット』

『キケルクォ君? 動けるなら急いで戻って』

『おーい。生きてるかぁ?』


 キケルクォは両手で鶏冠を揉むようにして整え、深々と溜息をついた。


「分かったよ。戻るよ。戻ればいいんだろ?」

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