◆4-17:ヴェエッチャ 偵察挺
コガネイはトリガーを引き絞ると、即座に別のキーを叩いて機首を反転させていた。予め予約済みの回避運動だった。
攻撃の結果が分かるのは撃ってから数十秒後だが、それを悠長に待っていたのでは手遅れとなる。
「おい、待て。どっち向いてんだタコ」
「どっちってぇ? 逃げるんだよ。こっちの方がまだ包囲が薄い」
コガネイはヴェエッチャには構わず艇の回頭を続ける。
敵が本来の索敵能力を発揮すれば、すでにこちらの場所がバレていたとしても何らおかしくはない。事態は一秒の遅滞も許されない差し迫った状況であった。
「反対向いとけ。いやぁ今すぐあっちに向かって吶喊しろ!」
「笑えねえよ兄貴。いくらなんでもそりゃ無茶だぁ」
コガネイは手を止めたが、その顔はヴェエッチャに対し赦しを請うような泣き顔になっている。
「チッ。どっちでもいいからまずは動け。ここから移動するんだ」
「わぁ、わぁかったよぉ。分かったから。それ、駄目。やめてって」
ヴェエッチャは自分の座席の端末を弄り、コガネイから艇の操舵を奪おうとしたが、これは形だけ見せた抵抗に過ぎない。この手の機械操作では明らかにコガネイの方に分があった。
二人が乗った小型艇は、とにもかくにも推進を開始し、身を潜めていた宙域からの離脱を試みる。
「……どうだ? もうそろそろだろ?」
『おい。撃ったのか? どうなんだ?』
自分の端末から聞こえるケネスの声に、ヴェエッチャは思い出したように手首を口元に当てて返した。
「ああ、撃った。あばよケネス。最後の時間を存分に楽しめ」
言ったところでもう数秒もないはずだ。
『──痛って!』
少し遅れて返ってきたケネスの呻き声を聞いてヴェエッチャが堪らず噴き出して笑う。
「痛ぇで済めばいいけどなー!」
そう言ったあと、ヴェエッチャは手首の端末に耳を近づけ、用心深く成り行きを見守った。
光学的観測結果と異なり、量子的にゼロ距離で繫がったこの音声通信は、ケネスの周囲に広がるリアルタイムの現実を報せているはずだった。
ヴェエッチャは頭の中でこれからのことをシミュレートする。
ケネスの小賢しい目論見どおり、上手く事が運べば……だ。
仮に、あの攻撃を受けてなお、あの艦が幾らかでも原形を留めており、ケネスが外に投げ出されているのであれば、自分たちは機首を返して拾い上げに行ってやらねばならい。
コガネイはごねるだろうが、ケツを蹴り上げてでも、よしんば腕の一本でも追ってでも言うことをきかせて……。
ケネスと繋がる端末はそれから長らく無音であった。
焦れ焦れとして時間を過ごしたヴェエッチャの耳に、次に飛び込んできたのはすぐ後ろに座るコガネイの声だった。
「おい……。兄貴……」
促されるまでもなく、そのときにはもうヴェエッチャの目はモニターに釘付けとなっている。
僅かの間に眩い閃光が複雑な色彩と濃淡を煌めかせる。それが晴れたあと、その場に残されたのは二人が予想もしていなかった光景だった。
海を漂うクラゲのように形容される銀河連盟の宇宙艦。その大部分を為す紫の塊が一瞬で消失し、核となる居住区画が丸裸となっていた。
だが、その肝心の艇の構造体には一切の変化がない。こちらが放った膨大なエネルギーを、あのぶよぶよの塊が丸ごと相殺して見せたとでも言うのだろうか。幾らか減衰するかもしれないとは思っていたが、それほどのものだったのか?
「どういうこった!? なあ、コガネイ。お前、撃ったんだよなあ?」
「撃った。撃って当てたんだよ兄貴ぃ!」
コガネイが泣きそうになりながら端末を操作すると、ヴェエッチャの手元のモニターにあの白い鎧武者の姿が拡大されて表示された。
それを見てヴェエッチャも理解する。
どうやらこちらの撃ったエネルー砲を、あの人型の機体が遮って防いだということらしい。
上半身の左側は無惨に抉られ、赤黒いケロイドと化しているが、頭や下半身はほぼ無傷で健在。間違いなく直撃したというのに、形の大部分を留めていることがヴェエッチャたちにとっては信じ難い衝撃の映像だった。
「おい! 生きてんのかケネス。返事しろ!」
一体全体、直撃の一瞬に何が起きたのか、その答えを求めてヴェエッチャががなる。
だが、端末から漏れ聞こえてきたのは、これまたヴェエッチャがまったく予期していなかった音声──上擦って狼狽えまくった、ケネスの情けない釈明の声だった。
『──やっ、す、すまない違うんだ。これは事故で……! 急に重力がなくなったから。とにかく一旦離れよう。で、できるだけ……』
『────』
『いやあ、それは違う! 舌を絡めてきたのは君の方からで。そこは絶対に違うと主張するぞ。キッ……。唇が、触れてしまったことについては謝るが……』
こちらの緊迫した空気とはあまりに次元の違う痴話喧嘩のようなやり取りに唖然とするヴェエッチャ。
こんなときに一体誰と、何の話をしているのか。一拍遅れて怒鳴り付けたい思いが込み上げてきたが、どうやらケネスの方は、あいつはあいつでそれどころではないらしい。このまま聞き耳を立てて待っていても、こちらの質問に応答しそうな気配はみられなかった。
とにかく奴は生きているのだ。
この艇が出せる最大出力の砲火を食らってもピンピンしてやがる。
横付けしていたド派手な艇も健在なので、残念ながら今のこの状況からケネスをピックアップして逃げ去る余裕はなさそうではあるが。
「おい。予定変更。撤退だ。急いでずらかるぞ」
ヴェエッチャは通信を切り、後ろの座席のコガネイを振り返る。
「もうやってるよ!」
「〈F3回路〉全力開放」
「それもやってる!」
そうじゃなきゃとっくに見つかってたよとボヤきながら指を動かし続ける。そんな相棒の様子を見ながらヴェエッチャは思わず笑みをこぼす。
後になってジワジワと込み上げてきた。先ほど聞いたケネスの狼狽えぶりがおかしくてたまらなくなり、終いには声を上げて笑い始めた。
「ちょっ! んな笑ってる余裕なんかねーよ、兄貴。あいつが追って来る」
「あいつぅ?」
座席に掛け直し、前のめりにモニターを覗き込んだヴェエッチャが眉を潜める。
「マジか。あれでまだ動けるのかよ」
そこに映し出されていたのは、推進剤の噴射光をバックにこちらへ突進してくるあの白い鎧武者の姿だった。
腰に差していた太刀を抜き放ち、こちらに刀身を向けて真横に構えている。内部構造をあれだけ露出させながらも戦闘能力は健在らしい。
その耐久性にも驚かされるが、それより恐怖を覚えるのは不意を突かれてダメージを負ったにも関わらず、躊躇なく反撃に転じようとするパイロットの思い切りの良さだった。
奴らにとって、自分たちは〈見えざる者〉──正体も何も分からない未知の存在ではなかったのかと、思わず常識を盾に抗議したくなる。
第二射があるかも分からない相手に向かって真正面から、こうも果敢に飛び込んで来られるものであろうか。




