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◆1-9:奇妙な二人組 第三機関室

「コガネイ!」


 名前を呼ばれた丸型の男が手摺の裂け目を覗き込むと、窮屈そうな体勢でこちらを見上げる長身の相棒と目が合った。

 男は今にも下に滑り落ちそうになりながら、垂れ下がった鉄橋キャットウォークに必死にしがみ付いている。

 丸型の男──コガネイは、それを見て瞬時に違和感を覚える。彼が兄貴分と慕う男──ヴェエッチャは、あれくらいの傾斜なら、苦も無く上ってくる程度の身体能力を備えているはずだからだ。


「怪我したのか兄貴?」

「ああ、ポンコツスーツの方がな。このヴェエッチャ様があの程度で怪我なんかするわけねーだろ」


「ごめん。あいつ仕留められなかった」

「逃げる奴は放っとけ。そんなことより任務の方だ」


 コガネイはヴェエッチャから目線を切ると、目の前にそびえ立つメタリックブルーの円柱を見上げた。片手に握りしめていたデバイスをそれにかざす。少し前までの余裕に満ちたふてぶてしい表情は鳴りを潜め、今の彼は真一文字に口を結んでいる。

 構造体のスキャンが始まったことを確認すると、コガネイは再び足元を覗き込んだ。


「上ってこれそうか? 兄貴」

「……へっ、微妙だな」


 コガネイはかつて、ヴェエッチャがこれほどまで弱々しく呟くのを聞いたことがなかった。

 言葉どおりに受け取れば、やや分が悪いぐらいの見立てだと受け取れるが、本当にそのくらいの勝算であれば平気で余裕ぶってみせるのがヴェエッチャという男だ。その彼の性格を考えれば、ほとんど絶望的な状況を理解したうえでギリギリ発せられた弱音のようにも聞こえた。怪我はないという返事だったが、先ほどの赤髪の男から受けた一撃は肉体にも相当なダメージを与えたのではあるまいか。

 コガネイはスキャンと並行して、デバイスからもう一つのホロディスプレイを呼び出した。そこに並んだ幾つかのダイヤルを見つめながら、渋い顔を作って逡巡する。


 そのとき、鉄橋に突き刺さっていたヴェエッチャの短刀が滑り落ちた。

 先ほどメランによって蹴り落とされた一本目の短刀だ。柄の根本部分でバランスを保っていた刀身が、ほとんど垂直に切り立った床面の傾斜によって抜け落ち、その真下にぶら下がるヴェエッチャ目掛けて降り注ぐ。

 ありえざる不運。それを察知し、寸前で身体をよじってかわしたヴェエッチャの反射神経と身体能力は流石と言うべきであった。あるいは彼は、始めからそれを狙っていたのかもしれない。

 長い手を目いっぱい伸ばし、自分の真横をすり抜けて落下しようとする短刀の柄を脅威の反射神経でつかみ取る。

 だが、そこまでだった。

 手中にした短刀を垂直の床に突き立てるには、コンマ数秒足りなかった。振り下ろした短刀の刃先が宙を切り、コガネイの見ている前で、ヴェエッチャの身体が音もなく遠ざかる。


 ──あっ!


 コガネイはその瞬間、指を掛けていたホロのダイヤルを限界までひねっていた。その結果がどうなるのかは操作した当人にも想像の付かない大博打だった。

 だが、何もせずにいれば間違いなく、彼が兄貴分と慕う男は遥か彼方の地面に叩きつけられ、絶命を免れなかっただろう。

 どのみち、この僅かな時間では悔いることも、行動の正当性を言い募る余裕も許されはしなかった。


 唐突な轟音とともに荒れ狂う力──。

 それは、この機関室にいる者に、いや、この艦にいる者すべてに対し、等しく振るわれた絶対の力であった。

 艦内居住区の重力制御が突然乱れ、これまで当たり前のこととして下向きに働いていた力が、突然上方へと転じる。

 事態を引き起こしたコガネイ自身も、その有無を言わせぬ力によって宙に放り出される。かと思えば、今度はその重力が力の向きを失い、束の間、広大な空間を漂うこととなった。


「グエッ!」


 広大な機関室を斜め上に横切って壁際まで飛ばされたコガネイが、どうにか体勢を整え、壁を背に制動しようとしたときだ。彼が撃ち殺した死体の一つが猛烈なスピードでぶつかってきて、彼の巨体を壁面に叩きつけた。

 その手からカード型デバイスが零れ、無重力の空を滑るようにして離れていく。

 その直線上。別の角度から飛来し、絶妙のタイミングで交差してそれを攫ったのは……、それは、先ほど遠くへ走り去ったはずの赤髪の男だった。


「い、いやいやいやいや! んなことありえねーよ。なんだよそれ⁉ 返せっ、この野郎!」


 言葉は通じないがコガネイの極度の狼狽はしっかり伝わってしまったらしい。

 赤髪の男は最初、自分の手の中に収まったそれをいぶかし気に眺めていたが、コガネイが必死でわめくの見て何かを感じ取り、壁を力いっぱい蹴って機関室の反対側へと飛び去ってしまう。


「何やってるコガネイ! 取り返せ!」


 コガネイの下方から彼を怒鳴りつける声が響く。


「あ、兄貴⁉ 良かった。生きてたか」

「なにも良かねえ! まさか、使ったのかアレ。今は⁉ 今、出力いくつだ?」


「……急いでたから……」

「いくつだ!?」


最大マックスだよ! 兄貴が死んじゃうと思って俺……」

「くっそ。おい、気をつけろよ? こんな場所でそんな出力出してたら、一体何が起こるか分かったもんじゃねえ」


 ヴェエッチャが身体を捻り、巨大の円柱の方を不安げに振り返りながら言う。ヴェエッチャの身体はコガネイの視界を縦方向に横切り、慣性によってゆっくりと機関室の上方へと流れていた。

 赤髪の男を追い掛けようにも、進行方向を変えるための足場がなく、彼らのテクノロジーが詰め込まれたスーツも故障しているとあっては為すすべがない状況だ。

 それは今しがた壁から弾かれたばかりのコガネイにしてもあまり違いがなかった。どんなことがあっても手放さなかった愛用の銃を構え、飛び去る男を狙おうと試みるが身体が安定しないせいで狙いが定まらない。そうこうするうちに赤髪の男の姿は豆粒ほどの大きさになろうとしていた。そのとき──。


「おっ、おい。あれケネスだろ? こんなところで何やってんだ?」

「ほんとだ。ははっ。なんて都合のいいタイミングで現れやがる。これもF3の御利益かぁ?」


 コガネイは、赤髪の男が飛び去ろうとする先の通路からひょっこりと姿を現したフルフェイスの男に向かって手早く通信を送った。

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