短編小説「残業明け、地獄のサシ飲み」
残業終わり。会社の先輩の山下さんにサシで飲みに誘われた。連日、ある取引先との商談の資料作成に追われていて、心身ともに疲弊しまくっていたとこでの、山下さんとの飲み。本当に心が休まる気がしない。
「おい、良太。お前ってさあ、つくづく思うけど、本当に要領悪いよなー。なんでもっと、こう仕事を早く終わらせられねえのさ」
地獄の一軒目。早速、山下さんからの僕に対するダメ出しが始まった。まだハイボールを半分も飲んでいないのに、先輩のダメ出しは止まることを知らなかった。
「僕なりに精いっぱいやってますよ。まあ、これも元はと言えば、山下先輩が僕に不必要に仕事を押し付けてくるからなんですけどね」
僕は先輩に対して、あえて嫌味たらしく物申してみた。しかし、肝心の先輩は全く意にも介さず、
「押し付けってなんだ、押し付けって。俺はただお前に教育のためちゅうか、部下の誰よりも立派になってほしいから、あえてお前に多く仕事を振ってんだよ。つまり愛の鞭なんだよ」
と言った。
それから先輩は残ったハイボールを一気に飲み干す。近くの店員を呼び、空のジョッキをフリフリ振ると、
「そこの君! 角ハイボールMEGA、おかわりで!」
と言った。早くも2杯目突入だ。ちなみに僕はまだジョッキの3分の1すら飲めていなかった。
シラフ状態で、先輩のダメ出しをずっと聞かされるのは、流石に辛いものがある。
僕も慌てて、残ったハイボールを飲み干し、店員に「僕も角ハイ、追加で」と、頼み込んだ。是が非でも、酔いを早く回す必要があった。今晩も長丁場になりそうだったからだ。
「ところでよお、良太。お前、仕事ばっかりでちゃんと恋愛できてんのか?」
先輩の角ハイが4杯目になったところで、先輩恒例の恋愛ダメ出しタイムが始まった。
ちなみに僕は今の広告営業の会社に新卒で入社し、今年で8年目となった。彼女は居ない。そもそもできた例がなかった。学生時代からずっと。
これからおそらく、また僕の非モテぶりに対して、先輩の様々な角度からのダメ出しが入ることだろう。
「山下さんの言う通りですね。毎日仕事で手一杯で、恋愛まで気が回らないですよ。とほほ」
「それはお前が全て悪い。自己責任だ」
早速、先輩のどの口が言ってんだ発言が飛び出す。僕は少々怒りを覚えるも、グッと堪えた。
「だからなんていうか、女性との接点は今のところ、仕事場しかないんですよね。はあ~」
先輩の先ほどの発言は軽くスルーし、僕は1つ大きなため息をついてから、角ハイを飲んだ。気を紛らわすのは決まって、角ハイと相場は決まっている。
「お前、ひょっとして、会社に気になるやつでも居てるわけ? ……あー、涼子のことか。ははん」
先輩の右側の口角が、急に吊り上がった。
「気にはなってますね。結構話しかけてくれるし」
図星だったので、そう答える。すると先輩はすぐさま鼻で笑うと、次にこのように怒涛の持論を展開してきた。
「あの見てくれの良い涼子が、お前のこと好きなわけねえだろ! 非モテを好きになる女はいねえ。相変わらずお前、頭がお花畑だよな、ホントに」
そう言うと、先輩は大きくため息をつく。やれやれという表情を浮かべながら。
「お前みたいなチョロメン格下男は、モテる女からしたら、良くて都合よく利用されるだけの存在だ。せいぜい気を引かせるだけ、引かせて、お前の女慣れしていない如何にもな反応を面白がられるだけだ。お前は所詮、オモチャだ」
「でも先輩。涼子ちゃん、僕と廊下ですれ違った時、手を振ってくれたりもするんですけどね」
僕は先輩の意見に、少し反抗してみる。
「なんでこうもお前は、自分のこと過大評価するのかね。心の底では舐められてるだけって、考えたらわかりそうなものなのになあ。お前がいくら何を頑張っても、女からはバカをやってる風にしか見えない。それがお前っちゅう格下男の宿命なのさ。お前に恋愛感情を抱く社内の女は誰一人として、存在しない。
あとお前が脈ありだと思った女の行動も、全て勘違いだ。お前の脳内が、都合よくそう変換されてるだけだ。それとお前、間違っても社内の女に、告白だけはするなよ? 到底釣り合わない男からの告白は、女にとって不愉快以外の何者でもないからな」
先輩と飲むと、いつも現実を嫌というほど突き付けられる。僕もいつか先輩の鼻をへし折れるような極上の彼女を作ってみたい。まあ無理な話だろうけど。今まで女性から、格下認定しかされてこなかった僕には。