「あれ?」「俺」「私」「入れ替わってるー!?」
「........」
「.......?」
片側には五人の少女達。
そして五人が見つめるもう一方には、一人の少女。
先程から言葉もなくじっ....と両者は睨み合い、ただ夏の暑さに汗を流しながら、時が経っている。
「.......??」
「ねぇ」
「なに?」
五人の中の一人、博麗霊夢はセミすらも黙る静寂の中、声を発した。
「あんた.....誰?」
「え.....。紬だよ?一緒、だし」
と、対する少女────紬は答える。
いや.....ソレは、紬ではなく、紬の姿をした何かだった。
小首を傾げて、何を言っているのかと当たり前のように言葉を口にした彼女に対し、博麗霊夢は今までの静寂を振り払うように叫ぶ。
「じゃあ....なんでそんな姿なのよ!」
指を指して叫んだ先には、紬が。
詳しくは、左目が薄ら金に光る、その目を輝かせた、いつもとは違う紬がいた。
その時には、止まっていたセミの合唱も再び鳴きだし、ようやく時が進み出したかのようだった。
そう....時は、一時間前に遡る。
──────side幻想郷の住人達
:博麗霊夢の場合
五体目の剥がれ者撃破から、翌日。
博麗霊夢は、早朝に目を覚ました。
彼女は巫女であるからして、境内の掃除や備品整理など朝から仕事がある。
紬が来てからはぐーたらする頻度は比較的減った。まあ、当の本人の方が怠惰過ぎるのだけど。
そんな訳で、紬は基本十時以降に起きる。なので、この時起きていないのは何ら不思議なことではなかった。
「う〜ん.....よし、頑張るか」
一つ伸びをして、霊夢は面倒くさい巫女の仕事に取り掛かった。
「ふゅぅ.....むにゃ」
すぐ近くで寝ている、紬の変化に気づくことなく。
:霧雨魔理沙の場合
「なぁ.....なんか今日、変じゃないか?」
「変って.....何かあったかしら」
「さあ?......ん、お茶はいつも通りの味だけれど」
霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド、パチュリー・ノーレッジの三人は、定例であるお茶会を開いていた。まあ、お茶会の面もあるが、半分ほどは研究会みたいなところがある。
そんな中で、虫の知らせとでも言うのだろうか。よく分からないが、そういう空気の変化を魔理沙は肌で感じていた。
他の二人はどうやら気づいていないようだ。
「そういえば、今日は紬来なかったわね」
「知らない?紬は朝がとても弱いのよ」
「そう、だよな」
「魔理沙?どうかしたの?」
浮かない表情をしていた魔理沙に、心配そうに問いかけるアリス。
「いや。そうだ、何も無いはずなんだ。ただ.....」
ただ。ただ、気になる。
つい先日に会ったが、特に変わったところなんてなかった。だか、それでも。魔理沙は自分の感じるものを払拭できないでいた。
:八雲紫の場合
「...........う〜ん」
「紫様?どうかなさいましたか?」
「藍....最近、紬を見た?」
「........?はい、里で霊夢と買い物をしているのを、つい昨日」
「その時、なにか感じたかしら?」
「いえ、至って健康体でしたし.......まぁ、いつも通りどこか抜けているような感じですが」
「今日は.......少し注意した方がいいわ。藍、博麗神社に行って紬を見てきてくれる?」
「分かりました。すぐに向かいます」
紫は、魔理沙よりも明確に何かを感じているようだ。
式神である藍から情報を聞くと、直ぐに確認するように伝え、一日十五時間は寝る身体を叩き起こし、対応できるようにしておく。
彼女はもう、この美しい大地の一部なのだから。面と向かっては言わないが.......信頼は、している。
:レミリア・スカーレットの場合
「今日、ね」
紅魔館の主である、レミリア・スカーレットは、そう呟いた。他の住人とは違い、彼女は明確に、今日紬の身に何かが起こることを知っていた。
その呟きに、隣にいた妹のフランドールが反応する。
「何が今日なの?お姉様」
「それはね.......」
「ふんふん.......へぇ!?」
こしょこしょ、と耳元でレミリアはフランに自分が見た運命を伝えた。
彼女の能力は『運命を操る程度の能力』。本当に操れるかは謎だが。少なくとも、見ることはできるようだ。それを伝えられたフランは驚きの声を上げる。
「それ、本当?」
「ええ。少なくとも、今はそう視えるわ」
「ねぇねぇ、見に行ってもいい?会いたいな!」
「そうね、そうしましょうか」
パンパン、と手を叩くと、瞬間移動したかのように──────否、時を止めて咲夜がやってきた。彼女の能力は『時間を操る程度の能力』。しかし、その中で動く彼女は.....と、それはまた今度。
紅魔館のメイド長である彼女は、主の命令に従う準備をする。
「なにか御用でしょうか、お嬢様」
「今から紬のところに行くわよ」
「私も!」
「かしこまりました、お嬢様」
そうして吸血鬼の姉妹とその従者は運命の下、紬がいる博麗神社へ向かう。実は、昨夜も紬に会うのが楽しみだったり.......おっと、誰か来たようだ。
かくして。四者四様に紬の変化に気づいたり気づかなかったりと、各々の時間は進む。
そして、昼頃。時間に来て正午。紬は.....否。彼女は、目覚めた。
「ん......ふぁぁ。.....うゅ?」
『あれ、なんで体動かせない......ん?』
「あ.......紬、おはよう───」
『うぇぇぇ!?ナンデ!?入れ替わり、ナンデ!?』
「紬ー?起きたの?もうお昼だけど」
「えと.....博麗、霊夢さん......かな?」
「なんで、今更なことを───」
「おーい、紬ー!」
「え、魔理沙?」
「霊夢、入ってもいいですか?」
「藍も?」
「霊夢、ここ開けなさい」
「レミリア達まで、なんで」
「そんなの」
来訪者達は口を揃えて、こう言った。
「紬に会いに来たんだぜ!」
「紬様に会いに」
「紬に会いに」
『よりによって、今!?』
「んと........今だから.......じゃない、かな?」
「まあ......みんなとりあえず上がんなさい」
そして、紬に会いに来た五名は博麗神社に上がり込んだ。
◆
「「「「「..................」」」」」
「ずずず..........,あ、お茶美味しい.......」
「美味しいって......いつも飲んでるじゃない?」
「「「「「(いやいやいや..........)」」」」」
「.........あ、気づいて、ないんだ」
お茶をすする紬......の姿の何かと、緊張した面持ちの五人、それと小首を傾げる巫女が一人。
いつもの直感はどうした、と内心でツッコむ五人の気持ちを代弁するかのように、ソレは呆れたような目線を向ける。
「なぁ霊夢。なんか気づかないか?」
「え?そうねぇ........珍しく、私の手元にお金があるわね」
「そりゃおかしい......じゃなくて。紬のことだよ、紬の!」
魔理沙が、さっさと話題を振る。いつもの漫才も程々に、余程紬の様子が気になるようだ。その視線の先には、紬の姿をしている、だか少し違う雰囲気を漂わせている少女がいた。
紬の姿はせども、髪には一本の白いメッシュが入っており、左目も薄く金に光っている。時々、その瞳が赤く発光し、なにか異常なことが起きていることを示しているようだ。
その本人は、美味しそうにお茶を飲んで落ち着いているのだが。
「説明......こうした方が分かりやすい、かな」
「あ......」
紬の口で言葉を発したソレは、目を閉じた。
直後、紬の体から金と赤の粒子のようなものが抜け出て、塊を作る。それは人型を象っていき、その光景すらも数瞬であるのに強く周りのものに印象付けた。
そこに現れたのは、紬に似た姿の少女。
違うてんと言えば、少し背が低く、髪が白で目が赤と金のオッドアイ。フリルの付いた白い、軽いドレスのようなものを身につけている点だ。
しかし、彼女が発する気配は、見た目とは違い、おどろおどろしく、先日の剥がれ者をさらに濃密に、より濃くしたようなものだ。
少女は紬が倒れるのを自然に受け止め、魔理沙たちの方に向き直る。
「えと、これでいいかな」
「.......ちょっと、待ちなさい」
「ん.......?」
「そもそも、あなたは誰な訳?なんで、紬の中から?」
「それに。貴女から剥がれ者と似た気配を感じるのだけど?」
「あ、それはね........」
「そも、紬は大丈夫なのですか?」
「あ、うん。.......えっと、ね?」
矢継ぎ早にくる質問に、喋るのが少し苦手な少女は少し困っているようだ。それでも、そういう性格なのか、丁寧に答えようとしている。
しかし、変化というものはなかなか止まらないもので。少女が抱えていた紬に、また変化が訪れる。
「ふぁ.....なに、もう朝ぁ?」
「ユノー.....!良かった、説明......よろしく」
「え、何が?」
「起きて、なかったの?ま.....いいや」
紬の声がしたかと思うと、今度は紬の背中に小さな薄紫の翼が生え、左目が碧眼になる。
その目は、先程までの赤ではなく、桃色に時々発光する。
「リーナ?ちょっと、説明くらいしてよ!」
「説明してもらいたいのはこっちの方なんだけど?」
「.....え、あ、そのぉ.....」
「まず、なんであんた達からあの化け物共と同じ気配がするのかしら?」
「それも、あいつらよりも何倍も、何十倍も嫌な気配がするんだぜ?」
「へ....ちょっ、にじり寄るな!こわい!」
傍から見れば、五人がかりで一人の少女を追い詰める悪役に見えないことも無い。
というか、少女はもう涙目だ。そりゃあ、寝起きで状況も把握されずに怖い顔して寄られたらこわいだろう。
子供はそういう時、どういう行動をとるか。それは、信頼する相手に助けを求める、だ。
「紬ー!助けてぇぇ!!」
『うぇ?』
白い少女.....リーナと同じように紫と青の粒子のようなもので紬から分離したユノーと呼ばれた少女は。身体を解放された紬の後ろに隠れ、助けを求めた。
「ふぅ....やっと体動かせる」
「「落ち着いてる場合じゃないよ!」」
「紬!こいつらこわいの!人を殺す目してるよ!」
「はぁ?別にそんな風に思ってないけど?ただ説明を求めてるだけなんだけど。」
「えぇっと、まず、リーナたちは人じゃないよね?」
「あ、そうだね!人ではないや!」
表情から恐怖が少し薄れ、代わりにニコニコとし始めたユノー。なにか情報を整理しようとする紬の傍らで、魔理沙たちは思う。
(私たち、空気だなぁ......)と。