吾輩は妖怪である。名前はまだない
「はい、診察終わり」
「うん」
「それにしても、特に......変わりはないのね」
「まあね。私は私だし、さ」
「そうだといいけれど」
「私は私だけだよ?何含み持った言い方してるの」
シリアスだよ全員集合!とはならないからね?
......そうツッコミを入れるとフラグになるのだろうか?
「お師匠様ー!」
「ん、鈴仙来たみたいだね」
「助けてぇー!」
「......え、これ助けるやつ?」
「そうね。いつもこんな感じよ」
ただいまの代わりに助けてコール。たぶん輝夜に捕まったんだろう。輝夜の相手は大変だからね。
心配ではあるので急ぎ足で先程まで居た居間に向かう。
「えー、別にいいじゃない。ゲームの相手くらい」
「姫様、私そういうの疎いんですからぁ....」
「......はぁ、どうやら輝夜に付き合わされてたみたいね」
かくも予想通り、といった感じで永琳が肩を竦める。ま、そんなことだろうとは思ったけど。
私も思わずやれやれ、とため息をついてしまう。すると、それで気づいたのか、危機故の察知か知らないが、さっとこちらに振り返る鈴仙。
「あ!お師匠様!それに紬!」
ぱぁぁ、という音がつきそうな笑顔で....いや、助かったという安堵の表情で、嬉しそうな声を上げる鈴仙。
「助けてくださぃぃ!」
「あ、もう!」
鈴仙が輝夜の拘束を振り切ってこっちに来た。またえーりんコールか.....と思ったら。
「づむぎざぁぁん!!!」
「へ?」
「ぎゅむり!」
「ちょっと鈴仙、紬に何を.....にゃあ!」
「あ、姫様!」
い、今起こったことをありのまま話すぜ!
まず、鈴仙が私に助けを求めて抱きつき、私のか弱い(本当に)体では支えきれずに倒れたんだ!
そしたら、目の前で何故か輝夜がこっちに来ようとしてこれまた転倒。まぁ、まだいいんだ。このまでは、な。
「ふぎゃ!」
「ひ、姫様ぁー!!」
転倒した輝夜が.....見事にこちらへスライディング。しかし途中で永琳の足で空中へ。
そして.....。
「にゅ!」
「「「あ.......」」」
「あ、あいるびーばっく....がくっ」
「何に対して!?」
「自然.....とかですかね?」
「とりあえず......助けて、えーりん!」
「はいはい.....まったく、世話が焼けるわね」
こうして、私は瞬く間に二度目の診察となったのだった。なんであんなコメディみたいなことが起きるんだろう....。
────── 一時間とちょっと
「.......あ、痛い痛いっ」
「起きて最初の言葉かそれなの?」
「あれ、目を覚ますと貶されるんだけど?」
「そういう治療法よ」
「いや、嘘だよね?」
「嘘はつかないわ!.....医者だから?」
「はてな着いてる時点でダメでしょ.....あれ、二人は?」
私が気絶した原因のお二人さんがいない。永琳が言うより早く、二人の声がここまで聞こえてきた。
「やっはー!また私が一位よ!まったく、あと一周なんだから頑張りなさいよー!」
「このー!しかし、私にはこの赤甲羅が....」
「え?赤甲羅が、なんだって?」(サンダー投下)
「って、この人でなし姫様!あ、キラーが!待ってぇ!」
「元気そうだねぇ」
「ええ、30分くらいかしら。それくらい待ってたら姫様が飽きたみたいで、鈴仙連れてゲームをしに」
張本人がゲームって....まあ、ちょっと悲しいけども。
そんなことより、まあ。
「ふっ、またまたチャーンス!突っ走る!」
「あっ!待ちなさーい!」
楽しそうだし、いいか。
なんだかんだで鈴仙も負けず嫌い。輝夜は飽き性の癖に決めたことは必ずやり遂げるし。笑って某カートゲームをしている彼女たちは、なんというか、そう。
青春してんなあ。そんなことを思った、青春未経験者の私だった。
「じゃ、私、香霖堂にも寄んなきゃいけないから」
「もう行くのね。気をつけなさいね」
「わかってるよ。それ、耳にタコができるくらい聞いてるし」
「それぐらい大事な事だからよ」
「そうだけどさ」
すると、鈴仙と輝夜が聞きつけたのか急いでやってきた。
「紬、もう行くの?」
「まだ全然話せてませんよ?」
「ごめんね、また今度。今日はちょっと他にも用事あるし、なんなら増えそうだし」
「ま、仕方ないわよ鈴仙。後でまたゲームでもしてましょ」
「む、次は負けないですからね」
「いい度胸じゃないの。覚悟しなさい?」
「ほどほどにね?身内以外じゃそういうの通用しないから」
「わかってるわよ。みなまで言わないで」
これから多分二人ともぶっ続けでやるんだろう。鈴仙はまだそのことに気づいていなけど。
......そのための薬師修行だったりして。
「博麗神社にも来てね?霊夢が嘆いてたよ、お賽銭がーって」
「いつものことでしょう?」
「それもそうかな?」
「まぁ、またね」
「うん。またね」
そうして、永遠亭を去ったのでした。まる。お次は香霖堂。もう届いてるかな?ア・レ・は?
──────香霖堂にて
「はぁ......なんで僕をこき使うかね、彼女は」
「.........」
「君も最近読む本が彼女に影響されてきてないかい?」
「別に」
ここは香霖堂。幻想郷の物から外の物までなんでもござれの雑貨屋。そのカウンターで、店主の男────森近霖之助は愚痴をついていた。
霖之助から問われた、カウンターに座り本を読む鳥のような少女は、無口ながらもこんなことは無いと伝えてみせた。
「でも、それ。僕が無名の丘で拾ったヤツだろう?」
「そうね」
「まあ、別に。僕は商売でやってるから、苦労ではないけど」
「.....彼女は」
「え?僕にはいないけど?」
「.......」
「あはは、えっと、もうすぐ来るんじゃないかな」
無言の圧力に軽口は吹き飛ばされた。霖之助がちらりと入口を見やると、人影が見えた。
霖之助は伸ばしていた体を元に戻し、大きな声と営業スマイルで応えた。
「ようこそ、香霖堂へ。なにかお探しですか?」
「うん。新刊のラノベある?」
「........いらっしゃい、ま....せ....」
香霖堂、本日のお客様は天綺 紬。
お買い求めの品、『ライトノベルの新刊』。
「ライトノベルの新刊、ですね?もちろんありますよ?さ、こちらへどうぞ」
──────紬side
次に来たのは香霖堂。
幻想郷の物から外界の物まである優れた雑貨屋さん。今日ここに来たのは、ラノベの新刊が欲しいからだった。
「それにしてもさ、霖之助さんってばまた変な口調だね?」
「そうかい?僕は大人として、何より商人として接しただけだよ?」
「ほら。それに慣れてるんだよ。ね、ななしちゃん」
「ええ。私も普段から霖之助にはそれが慣れてるわ」
「あれ、なんか僕と話す時より文章量多くない?」
あれから本を持ってきてくれた霖之助さん。
ななしちゃん......ファンの間では朱鷺子、と呼ばれている名無しの妖怪ちゃん。
彼女がお茶を入れてくれたそうなので、せっかくだし話していくことにした。
「いや、朱鷺子......で、いいんだっけ?」
「そうそう。キャラ名あった方が楽でしょ?」
「まあ。で、朱鷺子さ、仮にもここに居候してるよね。なんで紬や霊夢たちみたいに『さん』とかつけないの?」
「あ、私が敬語じゃないことはツッコまないんだ」
「君も言ってたじゃない。慣れてるんだよ、そっちの方が」
「なるほど」
確か、原作では無関心.....というかあまり関わってはいなかったみたいだけど。この世界では居候、として一応の関わりはあるらしい。
私がさん付けなのは、年上だからかな?ま、霊夢がそう呼んでるから、とかかも。
「いや、そこまで敬ってないから」
「なんと!居候に敬われていなかった!」
「いやそこふざける場面じゃないでしょ、霖之助さん」
「ショックってさ、ふざければ和らがないか?」
「その言葉自体が悲しいと思うけど」
「.....紬だけ」
「え?何が?」
私が問いかけると、ななしちゃんは顔を背けて、ぶっきらぼうに言った。
「敬うのは、紬だけ」
「そうなの?嬉しいねぇ」
「〜〜♪」
「.......あのね、二人とも」
「なぁに?」
「イチャつくのはいいんだけどさ、こう、分かるだろう?」
「イチャつく.....?いや、全然」
「えぇ....なんでああいうの読んでるのに分からないのかな」
「現実と小説は違うしね」
苦笑いを浮かべてそんなことを言う霖之助さんに、とりあえずの解答をした。
まあ、現実は小説より奇なり、とは言うけど。
「あ.....でも、こんな所があるし、似てるのかもね?」
「幻想郷.....確かに不思議な場所だよね、思えば」
「霖之助さんは生まれた時からここにいるの?」
「そりゃ、まあ。昔とは変わったけど、あんまり変わらないかな」
「えー、変わってるんじゃない?案外さ」
「.....そうだねぇ。ここ最近で一番の変化は君が来たことかな」
「私?......それ、変化って呼べるほどのこと?」
そんな大層な人間.....だったけど。今は違うはず。しかし、ゆっくりと首を横に振り、心なしかななしちゃんの方を向きながら話した。
「君が気づいてるかは分からないけどね....君は変化し、周りを変化させる。そんな奴さ」
「んー....あ、そうだね!みんなと仲良くなった気がするし!」
「......ま、それでもいいか」
「.........(くいくい)」
「ん、ななしちゃん、どうしたの?」
くいくいと私の袖をつかんで引っ張ってくる。
ふんすっ、と見せてきたのはライトノベルだった。どうやら.......。
「面白かった?」
「うん。とっても」
「ほら、僕の言った通りじゃないか」
いやあ、そういえば、今日買ったのってこれの新刊だった気が。読み終わったらまた貸してあげようかな?
ななしちゃんは私が会った時に持っていた、ラノベに興味を示したことがあった。それからぽつぽつ貸し借りはしていた。
最近は流れてくるものも多いらしく、一週間に一度ほど。
「読み終わったらこれ、貸してあげるね」
「ん....」
「うん?紬、携帯鳴ってるみたいだけど」
と、そこで急にブブッと着信音。
そう、今の幻想郷は数こそ限られど携帯がある。ま、スマホは私だけなんだけどね。
「霊夢から?なんだろ、また買い出しとか......うわぁ」
「なんだい、僕にも見せてよ」
「私もっ」
「ほら、まずいでしょ?」
「これは.....急いだ方が、いいんじゃないかな?」
霊夢からのメール。そこには、一枚の写真と焦っていたのか変換なしの文章。
『つむぎさとのにしかなりまずい』
その下に、まるで.....まるで、異世界物のラノベに出てくる魔物のような怪物の写真がブレブレで荒く撮られていた。
「ま、そりゃそうだよねぇ。こいつは.....霊夢と相性悪いから」
「あ、そうだ」
「なに?」
「いや、霊夢に言っといてよ。.....いつものことさ」
霖之助さんはそこで言葉を切り、真剣な目をして目線を里の西側──霊夢のいる方向へと向け。言葉を紡いだ。
「『忘れるな。思い出せ。自らは博麗の巫女。“霊夢”なのだと』」
「......合ってないよ、そのキャラ」
「酷いなぁ。稀に見る真面目なセリフだったのに」
「───それにね」
「それに.....なんだい?」
「いってらっしゃい、紬」
ななしちゃんに見送られつつ入口へと足を進めながら、私は。霖之助さんに告げる。
「私らこの世界を忘れない。忘れられたりなんかしない。させない。みんなが誰なのか、覚えているから」
「....ははっ.....そう、だね。君は初めから覚えていた。僕たちのことを」
「そういうこと。忘れられたくても覚えててやるよ。酷いかな?」
「さっきから言ってるじゃないか。まったく、酷いよね。君は」
でも、そういいながら。霖之助さんは笑ってる。
.....さてさて、こんな空気を戦場に持っていく訳にはいかないね。
「じゃ、また新刊あったらよろしくね」
「ああ。気長に待ってるさ。......またのご来店を。お客様」
その言葉には答えずに、私は静かに入口を通り抜けた。
向かう先は、.......私の世界だ。