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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

こじらせ伯爵令息の初恋

作者: 睦月マメ子
掲載日:2022/02/02

ご覧いただきありがとうございます!





陽光も届かないひんやりとした山道を、一人の青年が駆けていく。

人ひとりがどうにか通れるほどの獣道には、焦燥の青年の行く手を阻むように木々が鬱蒼と生い茂る。


それでも青年は、ひたすらに先を急ぐ。

急がなければ、間に合わなければ、もう彼女は戻らないかもしれない。







≪ロッティ・ハリス様


突然こんな手紙を渡したせいで、驚かせてしまっただろうか。

自分でも、これが正しい方法なのか全くわからない。ただ、君に今の気持ちを伝えたいと思い筆を取った。


そもそも、いつもの俺の態度は――――≫



「ダメだ!こんなに長ったらしいのはダメだ!」



書きかけた手紙をグシャリと丸め、屑入れに向かって投げ捨てた。屑入れがあったはずの場所には、こんもりと紙屑の山が出来ている。




――――――城下にある、ブレイアム伯爵家のタウンハウス。


シンプルな内装の書斎では、この家の跡取り息子であるウォルト・ブレイアムが、机にかじりついている。

癖のある金茶の髪をがしがしとかきむしり、あれこれと思慮を巡らせているのは、手紙の内容について。

はた、と思い付いては紙屑を作り出す作業に半日ほど費やしている。



「よし、ついでに書き出しも変えよう」


「『よし』じゃない。いい加減、そこから前に進んでください、ウォルト様」



大きな窓辺に設置されたテーブルでは、彼の側近であるデレクが大量の書類をキビキビと仕分けしている。本来ウォルトのやるべき仕事だが、諸事情により代役を勤めている。



「先程から、頭書きや前置きにばかりこだわって、書くべき所までたどり着いていないではありませんか」


「し、しかし」


「しかしもへったくれもないんです。……簡単な事でしょう?『ずっと好きだった、結婚を前提にお付き合いして欲しい』と書くだけなんだから。なんなら代筆致しますか?」


「い、いやだ!俺が書かなきゃダメだ!俺の言葉で伝えるんだ!」


「……そこまでわかっているのなら、とっととその口で伝えててくればいいものを……。本当にウォルト様はヘタレでいらっしゃる…」


「ぐっ…」



ブレイアム家の家令の息子であるデレクは、ウォルトよりも2つ年上の20歳。濃紺の髪と瞳は冷たい印象を与えるが、実は面倒見のいい、兄のような幼なじみだ。

公私ともにウォルトを支え、将来的には片腕となる優秀な人材である……が、かなり辛辣だ。


側近の舌打ちと冷ややかな暴言に耐えきれず、ウォルトは彼から眼を背けた。

わかっている、彼の言うことはごもっともだ。自分でもそう思う。


しかし、愛しのロッティを目の前にすると、頭がカチコチに固くなり、ネガティブな事ばかりがどんどん思い浮かんでしまうのだ。







ロッティ・ハリスは向かいの伯爵家のご令嬢で、彼女もまたウォルトの幼なじみだ。母親同士の仲が良く、互いの領地を訪問するなど家同士の交流が頻繁に行われていた。


さらにタウンハウスが近所だったため、同い年の2人はデレクやロッティの兄達に混じって、木登りや泥遊び、乗馬や釣りなど、毎日のように出掛けては、外でくちゃくちゃになるまでよく遊んだ。

ウォルトにとって、彼女は思い切り遊べる仲間、親友のような大切な存在だった。



それが大きく変わることになったのは5年前。

13歳を迎え、初めて参加することになった式典で、着飾ったロッティの姿を見たときから。


青リンゴ色の瞳に似合わせたオーガンジーの繊細なドレス、いつもは無造作に纏めている胡桃色の髪はゆったりと編み込み、金の髪止めで美しく飾られている。

妖精と見紛うように可憐に舞うロッティに、失礼にも二度見をかましたほど、ウォルトは驚愕していた。


同時に、言い様のないモヤモヤした感情が生まれる。

見た目がいつもと違うくらいで、彼女の事を魅力的だと感じた自分が恥ずかしかった。

外見など関係なく、ロッティがとても素晴らしい人物であることは、昔からよくわかっているはずなのに――――――

考えると胸がぎゅっと痛くなる。そんな自分に情けない気持ちになる。



「ウォルト、湖の方まで遠乗りしましょ?家の者がサンドイッチを持たせてくれたから、ピクニックよ!」


「ロッティ……」



ウォルトの心情など知るよしもなく、ロッティは以前と変わらずに彼の琥珀色の瞳を覗き込んでは、乗馬に釣りにと一緒に出かけようと誘ってくる。

これまでと同じ、簡単に括られた髪と着古した乗馬服という出で立ちなのに、ウォルトにとってはそれすら輝いて見えるようになってしまった。

こんな、これまでと違う感情の動きを、彼女に悟られたくない。



「い、いや。……風邪っぽいから、止めておく」


「あらら……そっか。最近よく体調を崩すけど、大丈夫?」


「あぁ。……いつも誘ってくれるのに、悪い」


「いいの、お大事にね。……これ、食べられそうならどうぞ。無理ならデレクにでもあげちゃって」


「あ!おい!君の分は!」


「いいからいいから!またね!」



サンドイッチが入ったバスケットをまるごと押しつけて、陽の光のような笑顔を残して去っていく彼女を見送りながら、ウォルトはため息をついた。


嘘までつくようになってしまったのか――――

自分でも嫌になるくらいに、ロッティに対して不自然な、つっけんどんな態度をとってしまう。

こうした自分の言動が、いつか彼女を傷つけてしまうのではないか?

そんな不安を抱えて、ウォルトはますます彼女を避けるようになっていく。







その翌年に貴族学園へ入学し、お互いに同性の友人が出来ると、そちらとの付き合いが忙しくなった。

あまり顔を合わせずにすむかもしれないと考えていたウォルトの思惑は、大きく外れることになる。



「おはようウォルト!…また、課題の事で聞きたいのだけれど」



ロッティは授業や課題でわからない所があると、ウォルトの所へ聞きに来ていた。

彼女は成績が良かったはずなのに、と首を傾げるウォルトも、困り顔の彼女を無下にも出来ず、自習室や図書館、時にはカフェテラスでほぼ毎日一緒に勉強することになる。



「ありがとう!ウォルトは本当に教えるのが上手なのね!」


「そっ……!ソンナコトナイダロ…」


「ふふ」



優しくて、いつも気にかけてくれるロッティと、そんな彼女に対して無愛想でツンツンしたウォルト。

彼女に優しい言葉をかけたいが、相変わらず上手くいかない。ウォルトの毎日は後悔と反省ばかりで、無情に過ぎていく。


そんなある日、いつものようにロッティに笑顔を向けられた時、恥ずかしさや申し訳なさとは別の感情、喜びを感じている自分がいることに気付く。



(そりゃ嬉しいだろ。別にロッティが嫌いなわけじゃないんだから。むしろ大好きなんだし…………は?)



ロッティの事が好き。


そう思い至ると、全ての事がストンと腑に落ちた。

ドレス姿のロッティを見たとき、いやおそらくもっと前から、彼女の事が大好きなのだ。


木に登って嬉しそうに笑う彼女も、溌剌と馬で駆けていく彼女も、魚が釣れなくてぼやく彼女も、ドレス姿の美しく凛とした彼女も、ウォルトの大好きな、素晴らしくて魅力的なロッティだ。

その事にようやく気付いたウォルトは、初めての感情について大いに戸惑っていた。



(これは……どうしたらいいんだ……?ロッティを困らせたりしないのだろうか……?)







「……いささかまわりくどい気もしますが、手紙というのはどうでしょうか」


「それだ!」


「チッ……このヘタレが」



思い悩むウォルトを救ったのは、デレクの一言だった。

妙案を思い付いた彼を、この時ほど称賛したいと思ったことはない。


手紙なら彼女の前でつんけんする事もないし、ゆっくりと言いたいことを考えられる。お互いに心の準備だって出来る……はずだ。

側近の舌打ちと悪態をキレイに聞き流したウォルトは、スタンディングオベーションで彼を褒め称えた後、行動を起こした。



「ええと……≪ロッティ へ≫…………うーん…」


「どうしました?」



ぺンがピタリと止まったウォルトに、デレクが何事かと声をかけた。



「……なんか、アッサリしすぎかなって」


「そうですか?そこでいいかっこするより、内容の方が大事でしょう?」


「そうだな……ま、でもちょっと書き直すよ…」


「はい」


「うーん」


「………今度は何です?」


「いや、≪ロッティ・ハリス へ≫だと、果たし状みたいだなって。書き直し」


「………」


「『親愛なる』も、なんだか取って付けたようだし、書き直すか…。名前だけだと乱暴な感じに聞こえるかな?……あ、やっぱダメだこれ。やり直そ」


「……コイツ」



修羅のような荒々しい眼差しが、ウォルトの背中にビシビシと突き刺さるが、ここで妥協は出来ない。

『紙屑製造機』と化したウォルトは、半日を費やしても恋文の大成に至らないでいた。







「…………ォルト、ウォルト、起きて?」



いつの間にうたた寝していたらしい、ウォルトは華奢な手に揺さぶられて眼を覚ました。

そうだ、ロッティに手紙を書いていて……と、寝ぼけた頭に浮かんだ所で、自分を呼ぶ声が聞こえていたのを思い出し、ガバッと振り返る。



「やっと起きた。こんな寝方してたら体痛くしちゃうわよ?」


「ロッティ……何で?」


「デレクが入れてくれたの。まさか寝てるとは思わなかったけど」



ポカンと呆けるウォルトに苦笑いのロッティは、机の脇の屑入れに目を止めた。

堆く積まれた山は崩れて、紙屑が床のあちこちに散らばっていた。



「これ、屑入れ捨ててこようか?溢れちゃってるし」


「だっ………ダメだ!」



屑入れに近づく彼女に慌てたウォルトは、振り向いて咄嗟にロッティの手を掴む。

掴んだ方も掴まれた方も驚き、互いの顔を見合って息を飲んだ。



「………!」


「……ご、ごめん!突然……」


「……あ、っと、こちらこそごめんね、勝手だったね…」


「いや……、あの、違うんだ…」



繋がれたままになっていることに気付いて、アワアワと手を離したウォルトは、俯くロッティに弁解しようと口を開く。



「…ロッティ、あの」


「……顔、見に来ただけなの、……また来るね」



ロッティは顔を上げないまま背を向けて、パタパタと足早に部屋を出て行った。

やってしまった、ウォルトの血の気が勢いよく引いていく。

真っ青な顔で、彼女が去った後の扉をただ呆然と見つめていた。







「………ロッティは?」


「いいえ、本日はまだいらしておりませんこの野郎」


「そうか…」



もはや、デレクの暴言に反応する気力もない。

翌日、朝からずっと窓の外を眺めながら半死状態のウォルトは、自分の仕出かした事を反芻し、その度叫びたくなるほど深く落ち込んでいた。



「手紙が書けたのなら、とっとと謝ってきて下さい。いつまでジメジメと腐ってるつもりなんだか…」



昨日と同じく書類を捌いているデレクがため息をつく。

あれだけ出来栄えにこだわっていたロッティへの恋文は、どこに出しても恥ずかしくない立派な謝罪文として出来上がった。



(あんな風に手を掴まれて、ロッティは嫌だったろう……。遂に俺の恐れていた事が起きてしまった)



彼女を傷つけてしまった、そればかりがウォルトの頭の中にこだまする。

謝りたい、頭を地に擦り付けて土下座したい、なんなら地中深くめり込んでもいい、でも俺の顔を見せると怖がらせてしまうのでは………という思考のループに入り込み、結局何も出来ないでいる。



ぼんやりと眺めていた窓の外には、ロッティのいるハリス家が見える。

しばらく立ち寄っていないが、ロッティの部屋は2階だったろうか?青白くやつれた顔で、ふらふらと引き寄せられるように窓辺ににじり寄るウォルトの姿は不審者そのものだ。

不審者を窓から引き剥がすべく、彼の背後に近づいたデレクに、ウォルトの呟きが聞こえた。



「………ロッティがいない?」


「覗くな不審者」


「……何か聞いているか?」


「……いいえ、何も……というか、お出かけされただけなのでは?」


「でも……何か屋敷全体がひっそりしてるって言うか…人、少ない気がしないか?」



ため息をついたデレクは部屋の扉に向かうと、廊下を歩いていたメイドに声をかけた。

2人は何やらボソボソとやり取りをした後に、顔を見合わせて頷いている。

訝しげに外を眺めているウォルトの元に、デレクがメイドを連れて戻ってきた。2人揃って沈痛な面持ちをしている。



「ウォルト様、心して聞いてください。彼女の話によると、ロッティ様は朝早くにハリス領に向かわれたようです」


「領地へ?この時期に?」


「はい。メイド同士懇意にしているハリス家のメイドに聞いたのですが、ハリス家のご当主様と奥様、そしてお嬢様が……その…」



言いづらそうに眼を伏せたメイドを見つめ、ウォルトはゴクリと息を飲む。

ビリビリとした緊張の中、言葉を次げないメイドに代わり、デレクが口を開いた。



「……お三方は、……婚約者候補の方との顔合わせのため、領地へ向かわれたようです…」



デレクはそう言うと辛そうに眉をひそめて、俯いている。

ウォルトの足元が崩れ落ちるようにおぼつかない、霞がかかるように現実味がないのは、その事実から眼を背けてしまいたいからだろうか。



(婚約?顔合わせ?ロッティが……?)



18歳で学園を卒業してから婚約を結ぶケースが多いこの国において、このくらいの時期からお声がかかるのは別段不思議な事ではない。


ロッティのような素晴らしい女性は特に―――――


愕然としたウォルトに、居たたまれない表情のデレクが気遣わしげに話し始めた。



「……いかがしますか?ウォルト様」


「え…?」


「婚約はまだ決まった訳ではありません。山を越えることになりますが、今から出れば追い付けるはずです。……それともここで、だんまりと指を咥えてロッティ嬢の帰りを待つか…」


「山か……」



デレクが力強くウォルトに提案したのは、山越えだ。

ハリス領に通じる街道は、その山を迂回するように出来たものだ。さほど高くないその山を越えれば、顔合わせに間に合うのではないか、という話である。

考え込むウォルトに、俯いていたメイドが意を決したように顔を上げた。



「…私共メイド達はお二人の仲睦まじいご様子に安堵し、勝手に夢見ておりました…。いつかブレイアムの当主夫人となったロッティ様に、心からの尊敬を込めてお仕えする事を……」


「………!」


「ウォルト様……」



懇願に近い、すがるような2人の様子に、ウォルトは自分が何をすべきか考える。

ロッティの気持ちを一番に優先するとしても、このまま何もせずに終わってしまうのは嫌だ。



「気持ちを伝えるだけなら、許されるだろうか………」







ハリス領は城下町を西に抜け、そのまま街道を行くと馬車で大体半日、朝出たなら午後のお茶の時間に間に合うくらいには領地に入るだろう。

山を突っ切って登って行けば、早くロッティに会える―――



登山道も何もない。

胸の高さほどの藪と低木が道を塞ぎ、空を見上げれば大木の下、かろうじて木漏れ日がさす程度の明るさの道だ。

手斧で障害物を叩き切りながら、黙々と進んでいくしかない。

こんなところ、獣も通らないだろ、とウォルトは思わず独りごちる。


ハリス領に遊びに来た時は、この深い山も遊び場だった。

やんちゃ盛りのデレクや彼女の兄達は『鍛練』と称して縦横無尽に暴れまくり、年下のウォルトとロッティはついていくだけで精一杯だった。


しかし、活発なロッティは兄達に負けじと食らいつき、ぐんぐんと活動範囲を拡げていった。木登りがとても上手で、スルスルといとも簡単に登っていく姿に見とれていたのを思い出す。



(気づくのが遅いんだよ……。ロッティはずっと、俺の憧れだったじゃないか…)



悔しさを滲ませる顔は跳ね返りの枝で傷だらけ、髪の毛には葉っぱやクモの巣がこびりつく。


今更、気持ちを伝えるなんて迷惑かもしれない。拒絶されたらどうしよう。でも、ロッティの隣に他の男が並び立つのはどうしても嫌だ。

ウォルトの中で様々な想いが悶々と交ざり合い、その思考をねじ伏せるように道を切り開いていく。


もうすぐ開けた場所に出るはずだ。

ハリス家の邸宅はそこからそうかからない。






藪を出て少し行くと、ようやく手入れされた遊歩道に突き当たる。

中心部に向かって着々と歩を進めると、大きな屋敷が見えてきた。ハリス邸だ。


屋敷の裏庭の垣根まで来たところで、緊張感が増してきたウォルトの目に、自分の足元が目に入る。

頑丈なブーツにはベタベタと泥がつき、よくよく見ると体中土埃と草にまみれている。髪にはクモの巣のオマケまで。


これで正面玄関から訪ねていけば、間違いなく不審者だ。

かといって、裏庭から入ったところで不審者に変わりない。

先程までの勢いはどこへやら、オタオタと慌てふためくウォルトに、垣根の内から声が掛かった。



「………ウォルト?」



いつもそばで聞こえていた、清らかで心地のよい声。

垣根を隔てて、一番会いたかったロッティが驚いた顔でこちらを見ている。



「………、ロッティ…」


「ホントにウォルトなの!?どうしてここに?」


「君に」


「傷だらけじゃない!………山を通ったのね?……待ってて」



会いに来た、と続けようとしたウォルトの言葉をかき消すと、ロッティは邸の方へパタパタと走り去っていく。

少しすると表門の方から、タオルを持ってこちらに駆け寄って来る彼女の姿が見えた。



「はい、まずは顔を拭って、他に怪我はない?」


「ああ、ありがとう……」



温かいタオルを受け取りつつ、心配そうにこちらを見つめるロッティに眼を奪われる。


淡いサーモンピンクのシンプルなワンピースに、胸元に琥珀のブローチを止めている。髪はハーフアップにしているせいか、全体的に落ち着いた装いだ。

とても品の良い清楚な女性、といった雰囲気で、これから顔合わせをする彼女には最適の――――――

一瞬眉を寄せたウォルトは、顔を拭くこともせずにロッティに向かう。



「……今日、顔合わせって聞いて」


「そうなの!お部屋の準備に手間取ってて、これからなの。……こういうワンピースも久々だから、なんだか動きづらくて」


「………よく、似合ってる」


「え!?……あ、ありがとう。……どうしたの?悪いキノコとか食べた?」



憔悴しきって干からびたような顔をした彼の口から、おおよそ聞いたことのない褒め言葉が飛び出たので、ロッティはますます心配そうだ。

そんな彼女の表情を眺めつつ、ウォルトは力なく口を開く。



「……昨日は、ゴメン…。手はなんともない?」


「昨日?……あぁ!全然大丈夫よ。こちらこそ急に帰ったりしてごめんね」



エヘヘ、とはにかむロッティの笑顔に、ウォルトの胸の奥が締め付けられる。いてもたってもいられなくなり、決意の眼差しで彼女を見つめた。



「俺、君の事が好きだ」







突然の告白に、ロッティの目が大きく見開かれた。

真っ直ぐに自分を見つめる琥珀の目に飲まれそうになり、思わず胸のブローチを握りしめる。



「突然こんなこと言われても、困ると思うんだけど、でもロッティの婚約の話聞いて、じっとしてられなくて来たんだ」


「あ」


「いつだって君に優しく出来ないし、嫌な態度ばかりで自分でも最低だと思う。まして君の手を掴むなんてひどいことを…。本当に申し訳なかった……」


「えっと」


「でもこのまま何もせずに、ロッティが知らない男と結婚するなんて嫌だから…、だから、俺、君に婚約を」


「ま、まってウォルト、落ちついて」


「はっ!ゴメン、つい…」



堰を切ったような勢いで想いを吐き出すウォルトは、2人の距離をジリジリ詰めていることにも気付かない。ロッティに指摘され、慌てて後ろに飛びすさる。


おそるおそる彼女に眼を向けると、涙目だ。

そこまで怯えさせたのかと、ウォルトは生きた心地がしない。

もしロッティが泣き出したら、命を差し出して詫びるしかない。

生気のない顔でそんなことを考えているウォルトに、ロッティが歩み寄ってきた。



「ウォルト、あなたはいくつか思い違いをしているわ」


「…思い違い?」


「まず、あなたはいつだって優しかった。私が困った時には、必ず力になってくれたでしょう?私が何かすると、倍以上にして返してくれているわ。いつも思いやってくれて、冷たくされたことなんて一度もない」



優しく諭すようなロッティの眼差しが、ボロボロのウォルトをふんわりと包み込む。

優しかった?俺が?いつ?思いもよらない彼女の言葉が何だかむずがゆくて、ウォルトはたまらず俯いて弁明する。



「……それは……当たり前のことで」


「あなたの当たり前は、私にとってとても優しいものだったの。そりゃ、昔に比べたら口数は少なくなったし、会える機会も減って寂しかったけど…。それだけはずっと変わらなかった」


「寂しい……?」



会える機会が減って寂しいなんて、まるで自分と一緒に居たいみたいに聞こえるじゃないか―――独りよがりでも、ウォルトの心は暖かいものでホクホクと満たされていく。



「昨日の事だって、あなたは『掴んだ』なんてさも乱暴そうに言ったけれど、私からするとあれは『握った』感覚に近いわ。私は昨日あなたに手を掴まれたのではなく、握られたの」



ロッティがどう?と言わんばかりに主張するので、ウォルトは昨日の忌まわしい記憶を手繰り寄せた。

手を握ったにしても、彼女にショックを与えたことに変わりないのではないか?

俯いたロッティの表情はわからなかったが、あんなに急いで出ていったのだから、何かあったに違いない。



「じゃあなぜ、あんなに急いで…」


「だって…、突然触れられたらそれは…照れちゃうでしょ…」


「照れ……?」



先程から、ウォルトにとって都合のよい言葉がたくさん並べられているような気がして、ムクムクと湧いてくる期待を無理矢理奥へと閉じ込める。自分の事を意識しているなんて、過度な期待は止めるべきだ。



「……もうひとつ、…なんでそう思っちゃったのかわからないけど……今日の顔合わせは私じゃなくて、フェル兄様のものなのよ」


「へ!?」



フェル兄というのは、フェルナンド・ハリス―――、ロッティの3つ上の次兄の事である。

結婚する気はないと思っていた次男坊から突然女性を紹介したいと言われ、ハリス伯夫妻が慌てて食事会をセッティングしたという。



「そ、そうか……。フェルの、婚約…」



気が抜けたウォルトは、ぽっかりと口を開けて呆けてしまった。思考が停止した脳裏では、ニヨニヨしたデレクが高笑いする声が響き渡る。

しかし、彼への怒りよりも前に出たのは安堵だった。膝からへたり込みそうになるのをなんとか堪える。



「あの……それで、ウォルト、さっきの話なんだけど…」



びくん!とウォルトの肩が勢いよく跳ねた。

何しろ突然押し掛けてきて、ほとんど破れかぶれで気持ちを伝えたのだ。これにて一件落着、というわけにはいかない。

おそるおそる彼女を見ると、耳まで真っ赤にして俯いている。



(……怒らせてしまっただろうか?)



いたたまれない。実に申し訳ない。

家族の大切な日に勢いで乗り込んできて、しかも勘違いでしたなどと、大概にしろといいたい。

こうなった元凶は別にいるが、実行犯は自分なのだ。


今ウォルトは、ハリス邸の見事な蔓バラの垣根に思い切り頭を突っ込んでしまいたい衝動に駆られている。

しかし、ダメだ。どんなに彼女から怒られようとも、冷たい視線を浴びようとも、やってしまったことから逃げてはいけない。


それに何より、気持ちを伝えられたことは後悔していない。

たとえ自分の望んだ結果にならなくても。

ウォルトは腹に力を込めると、ロッティに跪いた。



「俺は、自分の気持ちに長いこと気付けなかった大バカ者で、ハッキリとそれを伝えることも出来ないヘタレだ。物事をすぐにネガティブに捉えようとするクセもあるしね」


「……ウォルト…」


「だけど、君を幸せにしたいと思う気持ちは誰にも負けない。君が心健やかに、毎日笑顔でいられるなら、俺はなんだってする」


「……」


「だから、あの…。…俺とこれからの日々を、共に生きて欲しい。結婚してください」



淀みなく婚約をすっ飛ばしたウォルトは深く息を吐いた。

ロッティへと差し出す右手がかすかに震えるのが自分でもよくわかる。

俯いたままで彼女の返答を待っていると、ひんやりとした指が震える手を包み込んだ。

ウォルトが顔を上げると、ロッティは今だ真っ赤な顔をこちらに向けている。



「ありがとうウォルト。お申し出を喜んで受け入れます」


「へ」


「あなたからその言葉を貰えるなんて、嬉しい」



彼女からの思いがけない返答に、急上昇する気持ちをグッと押し止める。

ウォルトはその言葉に何か別の意味が込められていないか慎重に思案していたが、考えれば考えるほどそのままの意味しかない事がわかる。

そうなると今度は、あまりにもすんなりとOKの返事をしたロッティが心配になってくる。



「俺がロッティと結婚したいって事なんだけど、大丈夫?」


「……聞きしに勝るすっとこどっこいね…」



ゴクリ…

ウォルトの規格外のポンコツっぷりに、ロッティは思わず息をのむ。首を傾げて少し考えた後、胸元を飾るブローチを指で指す。



「…これ、何だかわかる?」


「琥珀…か?」



繊細な金細工に琥珀の石を合わせたブローチは、高価なものではないが、造りが上品でとても美しい。



「そう、私のお守り。これを着けてると、ウォルトが近くに居てくれるような気がして。あなたの瞳の色だから」


「んっ?」



ロッティがウォルトの頬を指先で掠めるように触れる。

ウォルトは彼女を凝視した。予想外の事がおおすぎて思考が追い付かない。



「私はずっと前から好きだったのよ、ウォルトの事。私から婚約を申し込もうかと思うくらい。態度で示してきたつもりだったけど、足りなかったかな?」


「―――――――――――」


「今すぐ抱き締めたいけど、まずは埃をおとしてからね」


「―――――――――――」


「うちに行こう?こんなこともあろうかと着替えの用意はあるから」



目を見開いたまま硬直したウォルトは、引きずられるように屋敷の中へと連行され、瞬く間に身支度を整えられると、ハリス家の一員として顔合わせに参加することとなった。

家人たちは一様に『ようやくか』といった生暖かい笑みを浮かべ、ロッティの想いが成就したことを喜んだ。







後日、正式な申し出の元に2人の婚約が成立した。

手続きに必要な書類などは、サイン以外は両家共に全て準備済みという用意周到さだ。まるであらかじめこうなることがわかっていたように。



「こんなにトントン拍子でいいのだろうか…?」


「遅いくらいよ。まだまだやることはたくさんあるんだから」


「……そうだな、長いこと何を拗らせていたんだ俺は…」



ブレイアム伯爵家のタウンハウス、ウォルトの書斎―――



婚約のお披露目の準備について話し合う2人は、ソファに隣合わせでピッタリとくっついている。

ロッティに対してのよそよそしい態度がすっかりなりを潜めたウォルトは、その反動からか非常に甘い雰囲気で彼女に接するようになった。



「…私だって、楽しかった遊びの延長で遠乗りや釣りに誘うなんて。お茶や観劇とか、もっとそれっぽい事を考えればよかったのにね」


「何を言ってるんだ。2人で楽しめる事を考えて誘ってくれたんだろう?俺は何よりその気持ちが嬉しいよ。それに、たまにはかしこまったデートもいいけど、外で楽しむ方が俺達らしい気がするし」


「ウフフ、ありがとう」



ロッティの肩上に落ちる髪を掬い、そっと耳に掛けると、幸せそうな笑顔をこちらに向けた。

こんな顔をするなんて、つくづくもっと早くに気持ちと向き合うべきだった――――――

その分、これからは彼女がずっとその笑顔で居られるように努力しなくてはと、ウォルトは固く心に誓うのだった。


そんなウォルトの横で、ロッティがテーブルの上のティーセットに手を伸ばすと、隣から優しく遮られる。



「ウォルト、これはやり過ぎな気がするの…」


「いいから、はい、どうぞ」



ウォルトはうやうやしく彼女のティーカップを持ち上げ、ロッティの口元に運ぶ。

ウォルトは先日から甲斐甲斐しくロッティのお世話をし始めた。言うまでもなく、かなり間違った方向に向かっている。

苦笑いで紅茶を口にするロッティは、その行動に当然困惑したが、彼の気持ちが嬉しくて、ハッキリと指摘できないでいた。



「き、極端が過ぎる………!」


「それは介助だこのアンポンタンめ」



ウォルトの間違った努力は、2人の糖分に耐えきれず離席していたデレクによってめでたく訂正されることとなった。




心優しく真っ直ぐでヘタ……、慎重に物事にあたるウォルト、前向きで実行力に溢れ、先読みも上手なロッティ。

2人はお互いを補い尊重し合う良い夫婦になったという。









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― 新着の感想 ―
[良い点] ロッティ「こんなこともあろうかと」 スゴすぎる……
[良い点] さいっこう!最っ高でした! 拗らせてて、ツンで、ヘタレで、ネガティブ………っ!! くっ、萌え殺されるかと思いました。 紙屑製造機から、山越えからの、極端な溺愛。 ウォルトの可愛いが天井…
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