私だけを見て
ちょっぴりホラー要素が混じってます笑
「須田さん! 俺と付き合ってください!」
「……その、ごめんなさい」
想いを寄せる須田さんに告白したら、速攻で玉砕した。
「はぁ……無理、辛い、死にたい」
机に伏して、嫌なことがあったときに高校生が言いそうな言葉を三つほど羅列してみる。当たり前だが、そんなこと言ったって虚しいだけの意味のない時間だった。
「あんたねぇ……はぁ。だから無理だって言ったのに」
「ワンチャンあるかもしれないじゃん。須田さんの態度からして、少なくとも俺のこと嫌いじゃないって思ってたから」
俺の机を蹴飛ばしながら、微妙な顔をしているのは幼馴染の菊田瑠奈だ。本当は、告白するのをこいつに止められていたのだが、この気持ちは伝えないと収まらないからと無理を押し切って須田さんの元へと向かった。
結果は、瑠奈の言った通りになったが……あそこでやめても結局未練が残ってしまうから、告白したことに後悔はない。
「……くっそ、なんで振られちゃうんだよ。須田さん絶対に俺のこと気に入ってくれたろ……」
まあ、轟沈したことに関しては、後悔だらけである。
「恋愛と友情は別ってことでしょ。親しくしてても、それがアンタを好きだってのと結びつけるのは、傲慢なんじゃない?」
「お前もう、俺の傷抉んのやめてくれない? マジで泣くぞ」
「どうでもいいわよ。そんなこと」
「酷いっ……」
他人事のように吐き捨てた瑠奈は、下校時刻の放送を聞いて、俺のことを机から引き剥がそうと腕を取った。
「ほら、いつまでも教室にいる必要ないでしょ。帰るわよ」
「わーったよ」
瑠奈は、俺の腕を引っ張りながら下駄箱まで階段を降った。俺も瑠奈に連れられるがままにされた。抵抗する気力もなかった。
下校中、終始無言の瑠奈は、ゆっくりとした足取りで俺の腕をずっと掴んでいた。
……そういえば、俺はコイツにも告白して振られたことがあった。小学校の頃の話だから、かれこれ六年前くらいだろうか。
ふと過去に味わった苦い思い出が蘇ってくる。
当時の俺は、家が近かったこともあってか、瑠奈とよく一緒に遊んでいた。小学校から帰ると決まって瑠奈と公園や神社などへと足を運んだ。
あの頃の瑠奈は、笑顔が素敵で、素直でとても可愛らしかった。もし、俺が瑠奈に告白なんてしなければ、今みたいなギスギスした空気にならずに済んだのだろうか。
相変わらず先を歩く瑠奈のことを見つめながら、ぼんやりとそんなことを考える。
タイミングが悪かったのか。それとも、俺に魅力が足りなかっただけなのか。……結局、瑠奈が俺の告白への返事をちゃんと返してくれなかった理由は、未だに明かされていない。
「なあ、瑠奈」
「……何」
「どこ向かってんの?」
「……ゲーセン」
「ゲーセン⁉︎」
「そうよ。だって、アンタ落ち込んでるじゃない。そんなままずっと居られるとこっちだって困るもの」
帰路とは明らかに違う道を進んでいたから、どうしてかと思ったが……。
まさか、俺を慰めてくれるためだったとは考えていなかった。
「お前はてっきり、俺のことなんてどうでもいいのかと思ってた」
「……そんなわけ、ないでしょ」
そう言い終わると、瑠奈は立ち止まり、「鈍感」と短く吐き捨てた。
結局、瑠奈に言われるがまま、ゲームセンターでたっぷり三時間程遊び倒し、家に着いたのは午後八時くらいになっていた。
○
昨日の瑠奈と遊んだことですっかり忘れていたが、俺は失恋したのだ。学校に行くのが辛い。
「どうして朝は来るんだろうなぁ……」
寝ぼけながら朝食の席でパンを齧る。
「朝はくるでしょうに。いい加減立ち直りなさいよね」
横には瑠奈がいた。
……正直、意味が分からなかった。
「なんでお前が俺の家の朝食食ってんだよ」
「朝家に来たら、おばさんが私の分のご飯も作ってくれてたの。どうせ、アンタは昨日のこと思い出して、仮病で休むとか言いかねないから、私がわざわざ来てあげたんだからね」
余計なお世話だ。
落ち込んでいるとはいえ、学校を休むなんてことはしない。振られるリスクも込みで昨日の告白をした。だから、今日みたいな気分の悪い朝を迎えることもちょっとは想定していたんだ。
「まあ、私が思っているほど心配する必要はなかったみたいだけど」
瑠奈は、俺が朝食を食べ始める時には、既にほぼ食べ終わっていた。今は、温かいお茶を飲みながら、俺が朝食をモグモグ頬張っている様をじっと眺めている。
「……アンタさぁ、なんで彼女が欲しいの?」
何を思ったのか、瑠奈はそんなことを俺に尋ねてきた。
「いきなりなんだよ」
「別にちょっと気になっただけ。中学でも、同級生の子に告白してたから……可愛い子と付き合いたいってこと?」
「……はぁ、そうだけど。だから何だよ。お前に関係ないことだろ」
第一、お前は俺のことなんて眼中にないんだから、ほっとけばいいのに。
過去に俺のことを振ったこいつが、何故そこまで俺の恋愛観について聞き出したがるのだろうか。幼馴染が落ち込んでいるから同情しているとかか。だとすれば余計なお世話だ。
「お前は別に俺のこと好きでもなんでもないんだから、俺が誰を好きになったって構わないはずだろ。口出ししてくんな」
ちょっと言い過ぎたか……。恐る恐る瑠奈の方は目を向けると、
「……っ‼︎」
睨んでいるような、泣いてしまいそうなそんな顔をしていた。
どうして、瑠奈がそんな顔をしているのか俺には説明できないものだった。
「こらっ、お前のことを心配して家にまで来てくれた瑠奈ちゃんにそんな言い方ないでしょ?」
母さんが俺の頭を引っ叩く。
「だいたいねぇ、お前にこんなに尽くしてくれてる瑠奈ちゃんを差し置いて、他の子に恋してるなんて……母さんは、ちょっと残念だよ」
「あっ、お、おばさん! そういうこと言わないでよ!」
ケラケラと笑う母さんはとんでもないことを言う。
瑠奈が俺に尽くしてるだって?
それに瑠奈もそんなに取り乱すことじゃないだろうに。
俺は、瑠奈に振られて、だからこうして今も彼女を作ろうとしているだけなのに。
「……」
「はぁ、恋愛もいいけど、瑠奈ちゃんのこともちゃんと見てあげなさいよ」
「ああ、分かったよ」
今更瑠奈に対してどう接すればいいのか、俺にはもう分からないのに。そんなことを言われると、まるで瑠奈が俺のことを……。
って、そんなわけがない。
そうやって勘違いするから、今まで痛い目ばかり見ていたんだ。
……こんな関係、お互いに辛いだけだよな。
「瑠奈……」
「な、なに……」
「その、お前はさ。俺のことが好きとか……そんなことないよな! ……俺みたいな冴えない男。けどさ、同情とかで慰めたりするのはもういいよ」
「アンタ……」
「あんまり優しくされると、勘違いしちまうからさ」
過去に貰えなかった返事。
俺はずっと引きずっている。
過去を断ち切るために、今ここでちゃんと瑠奈に拒絶されなきゃいけない気がする。
きっちりと、同情してただけですと、一言もらうだけで俺は前に進める。
「だからさ、瑠奈。……何で俺に優しくしてくれるのか、教えてくれよ」
苦しい時は気が付けばこいつがそばにいた。
その理由を見つけられないまま、今日ここまで来てしまった。幼馴染だからとか、友人だからとか、なんでもいい。
ちゃんと答えてくれ……。
瑠奈は、口を噤んだ。
下を向き、まるで怒られている子供のように頑なにこちらを見ようとしなかった。
なんでそういう態度なんだ。
お前なら色々と理由付けて適当に答えるだけで、それで終わるはずだろ。
どうしてそう焦らすようなことをするんだ。
イライラが募っていく俺は、きっと自分勝手な最低野郎なのだと思う。期待していなければ、こんなに不愉快な気分にならないはずだから。
「答える価値もないか?」
「こらっ、そういう言い方はやめなさい」
母の怒声も、あまり気にならなかった。
俺の視線、意識は全て瑠奈に注がれていたから。
「……き、なの」
何秒間かの沈黙の後に瑠奈が小さく呟いた。
「えっ、なんて?」
「だから、好きなの。……その、アンタのことが。だから、色々と告白やめさせるように言ってたわけで……」
信じられない……。
こいつは俺のことなんて眼中に無いはずなのに、その事実が単なる虚像であったかのように崩れ去ってゆく。
「で、でも……お前、六年前に俺が告白した時、返事返してなかったはずで」
「そ、それは……嬉しすぎて、言葉が出なくなっちゃって」
……なんだよそれ。
「……その日はそのまま返事出来なかったけど、ちゃんといいよって言うつもりだった。なのにアンタは、次の日から私に素っ気ない態度になってたし……そんな空気で言い出せるわけないじゃん」
俺が結論を焦って、ただ瑠奈の気持ちを踏み躙っただけみたいじゃないか。
「瑠奈、じゃあ……本当に俺のこと」
「っ! 何度も言わせないでよ。アンタが好きだって言ってんの!」
あの日のやり直しになるのかもしれない。しかし、俺の中で止まっていた時計が動き出した音を感じた。
「……ちょっと、せっかく勇気出して言ったんだから、なにか返事をしなさいって」
そう急かす瑠奈は、恥じらうようにやや顔を横に向けていて、それが最高に愛おしいものだった。
「俺も、お前が好きだ! ……あの頃からきっとこの気持ちは変わっていない。お前とすれ違ったあの日から、俺はずっと何かに縋りつきたいと思っていたんだ」
「だから、彼女を作りたかったのね……」
「ああ」
「でも、アンタがどんなに頑張っても、その願いは叶わなかったわよ」
小悪魔的に悪い笑みを浮かべる瑠奈。
なんのことか分からない俺に瑠奈はそっと耳打ちした。
「だって、アンタが告白しようとしてた女の子に断るように私が仕向けてたから……」
背筋が凍るようなゾッとする予感を感じた。
「だって、アンタは私だけのものだもの。例え、私と付き合わなくても、アンタは誰かと付き合うことはない。……私が、一生、アンタのそばで居続けるから」
……すれ違ったあの日にはもう戻れない。
瑠奈の本性は、俺に依存するような正常ではないものへと変わっていたのだ。
「私のこと好きって言ったわよね。……もう、逃がさないから」
母は俺と瑠奈が仲睦まじく話している光景を見ているが、これはそんな生易しいものではない。
俺はきっと、瑠奈との縁を一生背負い続けながら、生きるのだろう。
重くて、愛に満ち溢れた瑠奈の感情。
……ああ、俺はとっても幸せ者だ。