46 エッグタルト
入っていないのに出るのはおかしいだろうと思い、他の業者が来るまで、茂みに隠れて待機した。幸いにも、複数の人と台車が揃った時間にゾロゾロ入ってきたため、彼らが肥桶を受け取って出て行く列に紛れ込むことに成功した。
引き渡しの時間は決まっているとの情報は聞いていなかったが、公平に分配されるよう、業者同士での慣例があるのかもしれない。
その臭いのため汲み取り業者しか通行しないここの門番は、大してやる気もなさそうで、かざした通行証を見ることもなく、私達は外へ出ることができた。
「まさに、第一関門突破!って感じね。さ、行きましょ」
適当なところに台車を隠し、私達は市街へ向かった。ここの通用口は少し外れたところにあったが、壁に沿って王城の正面の門まで回れば、確実に中心部へ行けるだろう。
予想通り、正門が近づくにつれて人影も店も多くなり、多数の人が行き交う通りに出ることができた。
「殿下、私から離れないでね。もしはぐれたら私、黎に殺されるから」
「なぁ香香、その呼び名は……ダメだ」
「あ、そうか。んーじゃあ、晃……晃ちゃん!」
殿下は私の提案に対しあからさまに不満そうな顔をして見せた。
「……ちゃん?」
「だって、姓名で言っちゃうと身柄がばれちゃうかもしれないでしょ? 姓か名かわからない感じにしようと思って。で、『さま』だと身分が高そうで怪しいでしょ? 晃さんだと降参みたいで縁起悪いし、呼び捨ては私にはちょっと抵抗あるし」
「適当そうに見せて、意外と考えてんのかよ……。ま、いいよ何でも」
彼は諦めたように、それ以上の追求はしてこなかった。
周囲を見渡すと、沢山の人、人、人。
そして色とりどりの出店や看板が所狭しとひしめき合い、この街の活況を表していた。さすが北、西、東の三国の交易の中心地だ。故郷の東龍国では見たこともないような品が並べられ、それだけで華やかな気分にさせられた。
「あ、あれ何? 美味しそう!」
甘く香ばしい匂いを漂わせる出店を見つけ、そちらに走っていく。後から殿下も走ってきて、ようやく追いつき、そして私に対して苦言を呈した。
「……はぁ、はぁ。お前……足速いって……。てか、離れない、ように、って、自分で言ってた……だろ」
「あ」
正直、すっぽりと抜け落ちていた。
さすがに気が緩みすぎていたかもしれない。
「ごめんなさい……」
「いいよ別に。これ、食べるか?」
その店は、蛋撻という、小麦粉を練った土台に卵のクリームを乗せて焼いた菓子を扱っていた。焼き立ての湯気を漂わせたそれに、私のお腹の虫は反応し、大きな鳴き声を響かせた。
「……決まりだな。おい主人、二つくれ」
「あいよっ」
店主の差し出した手を、殿下は不思議そうに眺める。
待っても蛋撻は出てこない。
私はもしやと思い、財布から小銭を出して店主へ急いで渡した。するとそれと引き換えに蛋撻二つが与えられ、私達はようやく目的のものを手にすることができた。
少し離れた人通りの少ない石段に腰掛け、二人同時に頬張る。
口の中でとろけるような甘いクリームに、サクサクした土台の組み合わせが最高だ。
「美味い……」
その熱さか美味しさか、少し頬を染めた殿下が呟いた。
「うん美味しいね! てか晃ちゃん、お店ではお金を払わないと物は渡してくれないのよ? 知ってた?」
「し、知ってるし! ちょっと、忘れてただけだしっ。てか香香、腹が満たされたからって、急に偉そうにしないでくれるか?」
「それもそうね、ふふふ」
うわぁ、どうしよう。楽しい。
好き勝手動けて、道端で買い食いして、地面に座ってものを食べるなんて、後宮の中にいたら考えられないことだ。
ただただ単純に、楽しい。そして嬉しい。
そう思って蛋撻を噛み締めていると、私の顔を覗き込む殿下と目が合った。
「殿……晃ちゃん、どうしたの?」
「えっ……あ、いや……その」
殿下はぱっと目を逸らし、下を向いた。
「意外だと思って……お前は、外に出ても目的以外のことはしないと、思ってたから」
言われてみれば、そうかもしれない。
外へ出るまでも、調査以外のことはしないよう自分に言い聞かせ続けていた。それなのに、街の景色を見たらはしゃがずにはいられなくなり、この有様だ。
私は食べかけの蛋撻を口から離し、その手を膝に置いた。
「ごめん、なさい……」
「ぁ、ぃや、謝れって言ってるんじゃ、なくて。えっと、その……なんだ、あの……た、楽しいな!!」
思いがけない発言に、私は顔を上げた。
「と、友達と遊ぶって、こんな感じ、なのかなって。なんか俺、嬉しくて……」
少し気恥ずかしそうに話す殿下に、自然と顔が綻ぶのを感じた。
どうやら二人、同じ気持ちを抱いていたらしい。
そのことがまた、楽しい、嬉しい、この気持ちを増幅させ、自分にとって確かなものとして、刻み込まれた。
(この味、一生忘れられないかも……)
もったいなくて、少しずつ少しずつ齧ったそのお菓子は、冷めてしまったあとも、最初の温かいものとは違う美味しさもあった。




