44 小さいおっさん
翌朝、登龍殿で準備をして待つと、殿下と黎がやってきた。
殿下とも顔を合わせるのは久しぶりだ。二人並んで、黎から施される説明を聞いた。
「まずはこちらの衣服に着替えていただきます。それから上にこちらを羽織ってください」
そう言われて渡されたのは、麻と木綿でできた庶民の服だった。そして上に重ねて着るようにと、この後宮の奴婢の衣装も与えられた。
「この2つの服を着て、二人で台車で肥桶を運べばいいのね? 菖李元師団長のところへ行く、ということよね」
「そうです。彼のいる門を抜けたら、上の服は脱いで、その桶にでも入れておいてください。次の門では、出入りの汲み取り業者のふりをして出ていき、帰りもそのように」
黎は私に対し、出入り業者に与えられる通行証を渡した。
また、菖李師団長へは、既に話を通しているということで、行けば手筈通り進めてくれるとのことであった。
(黎は、人事権を持っていないと言っていたけどーーここの近くの通用門に、こちらの味方に引き込めそうな立場の彼が配置されるなんて、本当にたまたまなのかしら?)
「そ、その桶に服入れるのか?」
私の思案を遮るように、殿下が不安そうに声を上げた。
「ご安心ください、殿下。ちゃんと新品ですから。まさかそんな不浄なものを殿下のお手に触れさせるわけがないじゃないですか!」
「あ、あぁ……なら良かった」
まったく、この男の殿下への溺愛?っぷりは一体なんなのだろうか。過保護なようで、殿下も私と共に外へ出たいという要望に関しては反対することもなく、こうして諸々を整えてくれたりして、殿下の意向に逆らう気持ちは一切持ち合わせていないようであるし、掴めない人だ。
「ところで、黎は一緒には行かないの? 貴方なら殿下から離れたりしないと思ったのだけど」
「私は、他の仕事がありますので」
「殿下の側についているより、大事な仕事?」
これだけベッタリなのに、心配ではないのだろうか。私が突っ込むと、黎はふぅと息ををついてから決め顔を作り、こう言った。
「だって、私が街へ出たら、目立っちゃうじゃないですか」
その髪をふぁさっとかき上げる、しなやかな指先が憎い。
突っ込みどころ満載の発言ではあるが、確かに、と思わざるを得ない説得力が彼にはあった。
人より頭一つは抜き出た身長に、すらりと細長い手足。そして手入れを入念に施した女性のもののような、さらさらで艶々の髪。端正で非の打ち所のない目鼻立ち、生まれながらの高貴さを漂わせた仕草――そして謎の色気。
三十七歳と言えば私よりも二十も年上で"おじさん"と思える年齢に近いはずだが、とてもそれを感じさせない美しさを惜しげもなく振りまいていた。
街へ出れば通りを行く人々が彼を振り返り、行動しにくくなってしまうだろうことは明白であった。
黎の発言には誰も異を唱えようもなく、ただただ沈黙だけがこの場を支配した。
「まぁ、私は行けませんが、こちらの者がお供しますのでご安心を」
黎のすぐ後ろから、ひょっこりと人が顔を覗かせた。
「え、いつからいたの?」
身長も低く、おじさんなのかおばさんなのかもよくわからないその人は、僅かな笑みをたたえて一礼した。
一見普通っぽい顔立ちをしているが、特徴を言えといわれても何も上げられないような、そんな不思議さをもっていた。ずっとこの部屋にいたということだったが、まったく気づかなかった。その存在感のなさが、逆に気になった。
「彼は後ろから着いていきますが、気にしなくて結構です。まずはお二人で自由に行動してみてください」
意外にも放任のような形で自由が与えられた。
一応お付き?の人が一人いるとはいえ、二人で街へ出られるということが、ただ単純に楽しみになってきている自分に気がついた。
この国に来てから、後宮の外へ出るのは初めてなのだ。
それに、側で行動を制限されることもなく、自分の思うように動ける。わくわくしないはずがない。
本来の目的を忘れて羽目を外さぬよう、注意せねばと自分に言い聞かせた。




