40 とまどい
「もう菖蒲、どうして武大臣と知り合いなこと黙ってたのよ?」
帰りの馬車の中で、私は今さらながら頬を膨らませた。
「すみません、青妃。向こうは私のことなど覚えていないだろうと思っていたので……それに、私から名乗り出てしまうと、責めにきたように捉えられてしまうかと」
「それは、そうね、まぁ。でも、ありがとう。おかげで大臣はすんなり協力してくださったのだと思うわ。菖蒲がいてくれて良かった」
彼女がいなかったら、大臣は気を許してくれなかったかもしれない。いきなり訪ねて来て情報を教えてくれ、と言われても、私たちが国王の手先とも思われかねないところだった。
「それにしても、阿銅鑼教が人口の流出に関わっているかどうか、というのは想像の域を出なかったわね」
「そうですね。他に詳しそうな人間を探しますか?」
黎の提案に、私は首を横に振った。
「いいえ、だからこそ街へ出て直接確かめなくては。ねぇ黎、協力してくれる?」
あまり色々な人に接触するのも得策ではない。誰がどこでどう繋がっているか、わからないからだ。何かあった時のためにも、私たちの動きを知る人は限定されている方が良いと思われた。
舗装された道を、馬車はわざと迂回しながら後宮へ向かっていく。小窓から見える街を行く人々はいたって普通で、大きな問題を抱えているようには見えない。
「あのですね青妃。私は王太子殿下の部下であって、貴女様の部下ではないんですよ。そのことをお忘れなく」
黎はやれやれといった様子で、ふぅっと大き目に息を吐いた。
「あ……ご、ごめんなさい。調子に乗りすぎてしまったわね」
確かに、黎の言う通りだ。いつのまにか、彼が力を貸してくれるのはどこか当たり前のように思っていた。
黎が協力してくれないとなると、途端に何をしてよいかわからなくなる。自分一人でどう後宮を抜け出そうか、そもそも実現できるのか……本当に私は無力だ。
「黎、香香の頼みは俺からの頼みだと思って聞いてくれ。俺も一緒に街へ行きたいし」
「殿下も?」
「だって一人で行かせるわけにいかないだろ。危険じゃないか」
カタカタと、車輪の廻る音だけが響く。
少しの間、誰も言葉を発しなかった。そこにいる全員が、不思議そうに晃殿下の顔を眺めた。
きっと皆、同じことを考えているのだろう。
今日の殿下は、いつもとは別人のようだ。
「殿下がそうおっしゃるなら。しかし、少しお時間をいただけますか」
「構わん。ありがとう、黎」
馬車はいつの間にか門をくぐり抜け、私の住処である登龍殿へ寄せていた。
既に夕刻に差し掛かり、日も落ちかけている。
だが、もう少し殿下と話してみたい、と――今日の様子の変化のことなども聞いてみたいと思い、こちらに寄って行かないかと誘ってみたが、あっさりと断られてしまった。
「悪い、疲れてるから」
ぶっきらぼうなその言葉が、少し胸にチクリと刺さった。
いつもオドオドして消極的だった彼に、一体どういう心境の変化があったのだろうか。
私のことを気遣ってくれたようにも見えたが、黎に指摘された通り出しゃばりすぎて不快にさせてしまったのだろうか。
そんなことを考えながら、静かに馬車を降りた。




