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傾国のブス  作者: 佐伯 鮪
37/50

37 武大臣

「いないなら 訪ねてみよう ホトトギス」


「……?」

「黎、なにそれ? ホトトギスって?」

「……鳥です」


 なんとも言えない空気が流れる。

 彼が発言で滑ったのを見たのは、初めてかもしれない。


 ともあれ、そういうことで私達は武大臣の自宅へ向かうことになった。武大臣の自宅は、王城を出てから比較的近くにある立派な邸宅であった。大きな屋敷であるが、出入りする人や物は少ないのか、少し寒々とした雰囲気を感じた。


 最初は居留守を使われてしまったが、黎が「王太子が来た」と伝えるように言うと、すんなりと中へ通された。

 膝を床に着いて拱手の礼で待つ武大臣に、殿下が声をかける。


「よい。面を上げよ」

「はっ」

「余は王太子の晃栄(コウエイ)である。武大臣、いきなり訪ねてすまない」


 この場で、一番驚いていたのは私かもしれない。


(普通に、しかもちゃんと王太子っぽく喋れるんじゃない)


 今だけは、稚牛(チーぎゅう)とは言えなかった。言葉遣いや姿勢だけで、随分と見違えるものだ。

 心の中でだけそう思って、彼らのやりとりを眺めた。


「王太子殿下が、どういったご用向きで……」

「公務には、復帰しないのか?」

「……罪としては免れたとはいえ、あれだけのことをしでかして皆々にどうして顔向けできましょう。街を歩くこともままならず、来客もほとんど断っている状態です」


 そりゃそうだ、と思わざるを得なかった。

 同罪だったにも関わらず、仲間を公衆の面前で処刑したのだ。

 由貴妃は「自らの保身のため、そして褒美を貰いたいがために」と大勢に向って表現していたが、つまり家族の命と天秤にかけられてそうしたということだ。

 責められてもつらいが、腫物のように遠巻きにされてもつらい立場であろうことは、想像に難くない。


「今日は、教えて貰いたいことがあって来たのだ。……香香(シャンシャン)


 殿下は私の方を見て、発言を促した。


「初めまして、武大臣。王太子妃の(セイ)香香(シャンシャン)と申します」

「王太子妃殿下、はじめまして……妃殿下、申し訳ございません。そちらの侍女は、貴女様のお付きで?」


 私の方へ目を向けた武大臣が、少し後ろを見て目を見開いた。

 少し離れた位置にいた、菖蒲(しょうぶ)を指し、そう訊いた。


「はい、私の宮の、菖蒲にございます」

「か、彼女と先に話をさせていただいても、よろしいでしょうか」


 少し狼狽(うろた)えた様子の大臣に面食らって、頷く。菖蒲にこちらに来るように言うと、彼女もためらいがちに歩を進めてきた。

 菖蒲が私の隣まで来ると、武大臣は床に手を着いて嗚咽し始めた。


「菖蒲様……申し訳、ありません……! 許しを請うつもりもございませんが、ただただ心よりお詫びを申し上げたく」


 武大臣の着いた手の近くに、ぽたぽたと水跡ができていく。

 私や殿下は事態についていけないまま、その様子を息をのんで見守った。

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