37 武大臣
「いないなら 訪ねてみよう ホトトギス」
「……?」
「黎、なにそれ? ホトトギスって?」
「……鳥です」
なんとも言えない空気が流れる。
彼が発言で滑ったのを見たのは、初めてかもしれない。
ともあれ、そういうことで私達は武大臣の自宅へ向かうことになった。武大臣の自宅は、王城を出てから比較的近くにある立派な邸宅であった。大きな屋敷であるが、出入りする人や物は少ないのか、少し寒々とした雰囲気を感じた。
最初は居留守を使われてしまったが、黎が「王太子が来た」と伝えるように言うと、すんなりと中へ通された。
膝を床に着いて拱手の礼で待つ武大臣に、殿下が声をかける。
「よい。面を上げよ」
「はっ」
「余は王太子の晃栄である。武大臣、いきなり訪ねてすまない」
この場で、一番驚いていたのは私かもしれない。
(普通に、しかもちゃんと王太子っぽく喋れるんじゃない)
今だけは、稚牛とは言えなかった。言葉遣いや姿勢だけで、随分と見違えるものだ。
心の中でだけそう思って、彼らのやりとりを眺めた。
「王太子殿下が、どういったご用向きで……」
「公務には、復帰しないのか?」
「……罪としては免れたとはいえ、あれだけのことをしでかして皆々にどうして顔向けできましょう。街を歩くこともままならず、来客もほとんど断っている状態です」
そりゃそうだ、と思わざるを得なかった。
同罪だったにも関わらず、仲間を公衆の面前で処刑したのだ。
由貴妃は「自らの保身のため、そして褒美を貰いたいがために」と大勢に向って表現していたが、つまり家族の命と天秤にかけられてそうしたということだ。
責められてもつらいが、腫物のように遠巻きにされてもつらい立場であろうことは、想像に難くない。
「今日は、教えて貰いたいことがあって来たのだ。……香香」
殿下は私の方を見て、発言を促した。
「初めまして、武大臣。王太子妃の青香香と申します」
「王太子妃殿下、はじめまして……妃殿下、申し訳ございません。そちらの侍女は、貴女様のお付きで?」
私の方へ目を向けた武大臣が、少し後ろを見て目を見開いた。
少し離れた位置にいた、菖蒲を指し、そう訊いた。
「はい、私の宮の、菖蒲にございます」
「か、彼女と先に話をさせていただいても、よろしいでしょうか」
少し狼狽えた様子の大臣に面食らって、頷く。菖蒲にこちらに来るように言うと、彼女もためらいがちに歩を進めてきた。
菖蒲が私の隣まで来ると、武大臣は床に手を着いて嗚咽し始めた。
「菖蒲様……申し訳、ありません……! 許しを請うつもりもございませんが、ただただ心よりお詫びを申し上げたく」
武大臣の着いた手の近くに、ぽたぽたと水跡ができていく。
私や殿下は事態についていけないまま、その様子を息をのんで見守った。




